裏世界ピクニック

作品データ

  • 表題   裏世界ピクニック
  • 著者   宮澤伊織(みやざわいおり)
  • ジャンル SF・ホラー
  • 出版社  早川書房(ハヤカワ文庫JA)
  • 初出   「くねくねハンティング」『S-Fマガジン』2016年8月号
  • コミカライズ 月刊少年ガンガン(ガンガンコミックス)
    裏世界ピクニック | ガンガンONLINE | SQUARE ENIX
  • アニメ  アニメ化決定(放映時期未定)

既刊(2020-07)

  1. 裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)
  2. 裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト (ハヤカワ文庫JA)
  3. 裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ (ハヤカワ文庫JA)
  4. 裏世界ピクニック4 裏世界夜行 (ハヤカワ文庫JA)

あらすじ&感想

 『裏世界ピクニック』を一言で言うなら「二人の女子大学生が怪異の世界で恐怖と向き合う物語」だと思う。

 この物語を何かのカテゴリーに分類するのは難しい。ハヤカワ文庫だし…ということで無理矢理SFに分類しているが,本当のところSFではない。日本十進分類法の文学(9類)であることは間違いないが,SFでなければファンタジーでもないしラノベでもない。
 ネット版オカルト説話集。よく知っている本で一番似ていると思ったのは柳田国男の『遠野物語』だ。


 「ネットロア」という言葉を知っているだろうか。
 インターネット・フォークロア(都市伝説)が略された語だ。
 従来なら口承で広まっていた伝説や噂話などで,ネットに起源が求められ,主にネットで流布されているものがそう呼ばれる。

 「くねくね」「八尺様」「時空のおっさん」「きさらぎ駅」「姦姦蛇螺」「ヤマノケ」「コトリバコ」…。
 そういう誰かにとっては確かに存在するが,見ない者,見ようとしない者にとっては存在しない何か。
 誰かが認識し語ることによって存在を与えられる現象。
 ネットロアからすくいだされたそれらの現象が,二人の女子大学生によって具現化されていく物語が『裏世界ピクニック』だ。

 遠野物語が怖いように,裏世界ピクニックも怖い。怖い話は最後まで聞かないと怖くて止められないように,裏世界ピクニックも止められない。怖い物見たさに思わずページをめくり続ける。
 そしてサブカル物語の皮を被って考察された,恐怖というものの実態と向き合うことになる。


 そう,人間の恐怖耐性はセロトニントランスポーター遺伝子により遺伝で決まっているらしい。知らなかった。

ともかく怖さの耐性は、人によってけっこう違う。これは純粋に肉体的な問題で、脳の奥深くにある扁桃体から出る恐怖の信号を、前頭葉がどれだけ抑制するかに左右される。その人が怖がりかそうでないかを決定づけるのは遺伝子だ。セロトニントランスポーター遺伝子の活性化配列が長いと、神経細胞で生成されるセロトニンが多くなり、不安傾向が低くなる。つまり、あまり怖がらない

裏世界ピクニック

 現在インターネット怪談は瀕死に近い状況らしい。
 「インターネット怪談の死」によると,インターネット怪談の傑作が生まれるには「その場限りの付き合いが作れる匿名性があって、嘘をだと思いつつもノれる雰囲気があって、そこそこの人数が活発に活動している場所」が必要だが,現在のSNS中心のネットにそんな場所はなく,従って新しい物語も生まれないという。

インターネット怪談の死 | はてな匿名ダイアリー

 そんな時代にネットロアを語り聞かせてくれる『裏世界ピクニック』は,とても貴重な作品ではないだろうか。


 ネットロアおたくの主人公,大学2年生の紙越空魚(かみこしそらを)は,裏世界で銃を使いこなす金髪美人,仁科鳥子(にしなとりこ)に出会う。
 鳥子は裏世界で行方知れずになった,鳥子の家庭教師でもあった女性,閏間冴月(うるまさつき)を捜して裏世界を探検していた。空魚は鳥子を通じて裏世界研究者である小桜(こざくら)と知り合い,裏世界探検でお金を稼げることを知る。
 裏世界の存在との格闘の末に得た空魚の「裏世界の存在を見る目」と鳥子の「裏世界の存在に触れる手」を武器に,二人は裏世界の探検を繰り返していく。
 くねくね・八尺様・きさらぎ駅など,裏世界の存在は人間に語られてきた文脈に則って現れること,裏世界に行くと認知のプロセスが変わり文字が読めなくなること,空魚はネットロアの知識を生かし考察し,急場を切り抜けてゆく。

 再びの「きさらぎ駅」で米軍の皆様を救出し,流れで沖縄でリゾートをすることになった二人。
 「リゾートバイト」の怪談をなぞり,腕が6本下半身は蛇の女「姦姦蛇螺(かんかんだら)」と遭遇し,表世界でも「二本足の猫の忍者」や島根県の実話怪談「コトリバコ」に遭遇。
 冴月が所属していたDS(ダークサイエンス)研究奨励会を訪れるが,ここでは裏世界のことを,UBL=ウルトラブルー・ランドスケープと呼んでおり,巻末の参考文献によると,この「青」にも意味があり,「玄関のドアスコープの向こうが青かった」という『FKB怪幽録 奇奇耳草紙』の体験談と,ネット怪談の「青い服の男は危険」というが基になっているとのことだ。

 裏世界での乗り物を手に入れた二人は,行動範囲を広げていく。ぐるぐる回りながら時空を移動する展望台でのことや,空魚の後輩カラテカちゃんこと瀬戸茜理(せとあかり)の友人の市川夏妃(いちかわなつき)の前に現れた猿のような怪異。
 山手線の駅でいきなり現れた鳥子を探し回っていた中年女性に,閏間冴月を崇拝し声で人を操る少女,閏巳るな。この二人が現れ,物語は動いて行く。
 サンヌキカノの伝説では,猿に似た生き物に「サンヌキカノというのが来るからこれを見せろ。自分で取ったと言えば向こうもくれるから,後は庭に埋めてしまえ」と言われるそうだ。
 また,「自己責任系の怪談」とは「読めば感染する怪談」とのことだ。

 裏世界のターゲットが空魚になり,百合色が強くなった巻。
 閏巳るなカルト組織の施設の後片付けでの「くだん」との出会いを皮切りに,裏世界は空魚に干渉し始める。「くだん」は人の顔と牛の体を持つ怪異で,西日本で多く伝えられネットロアは少ないらしい。
 空魚は行く先々で面倒事に巻き込まれ,部屋に帰れなくなったり,温泉で逃げ回ったり大変そう。
 サンヌキカノ解決の報酬として市川夏妃に依頼していた AP-1改造が終わり,二人は裏世界の夜を初体験する。行動範囲を広げるためには夜を過ごすことは必須だった。予行練習の日に現れた「テントの周りを回る足音」を,よくある山岳怪談と斬り捨てられる空魚は筋金入りだ。
 本番の夜行決行はクリスマスイブからクリスマスにかけての夜。空魚はここで因縁の「赤い人」と対峙する。「クリスマス街道」の誕生と,二人のマークと素敵なナイフ。物語の行く先はまだ見えない。

怪奇現象というのは悪意を持った人間と同じで、こちらが受け身に回った途端にかさにかかってくる傾向がある。それに振り回されないためには、こっちから攻めていかなければならない。相手の出方を待っていてはあちらの思う壺だ。イニシアチブを取らないとだめなの

裏世界ピクニック4 裏世界夜行 (ハヤカワ文庫JA)

 逞しい二人の女子大学生が,今後どのように裏世界を歩き,どういう結末へ向かってゆくのか楽しみだ。
 コミック版も読んでいるが,原作の雰囲気が損なわれることなく視覚で世界を知ることができ,原作から入った私も楽しみに読んでいる。