高瀬舟と高瀬舟縁起

『高瀬舟』概要

  • 著者 森鴎外(1862-1922)
  • 発表 1916年(大正5年)1月『中央公論』

『高瀬舟縁起』概要

  • 著者 森鴎外(1862-1922)
  • 発表 1916年(大正5年)1月『心の花 第二十巻第一号』

あらすじ

 舞台は江戸時代。
 松平定信が政権を取っていた寛政(1789-1801年)の頃で,知恩院の桜が散る頃の春の夕べだった。

 京都の罪人が流刑を申し渡されると,まず高瀬舟で大阪へ護送されることになっていた。
 護送を行う役人であった庄兵衛は多くの流刑人を見送ってきたが,この日護送することになった喜助に心を引かれる。庄兵衛が今まで護送してきた罪人たちが総じて悲しがっていたのと異なり,付添の親戚もなく一人で舟に乗った彼は晴れ晴れとした顔をしていた。
 喜助は弟を殺した罪人だったが,殺人を犯した悪人にも見えない。
 庄兵衛は喜助に流刑になった理由を訊ね,喜助が果たして本当に罪人なのか,幸福とは何であろうかと考え込むのだった。

 喜助の身の上話はこうだった。

 幼い頃に両親を亡くした喜助は弟と二人暮らしをしていたが,弟は病で倒れ,喜助は懸命に働いて弟を養ってギリギリの生活をしていた。だが,ある日帰宅すると,弟が喉を剃刀で刺して血を流し倒れていた。弟は兄に楽をさせてやりたいと思い,また自分に未来がないことも知って自害しようとしたが,失敗し,喜助に「剃刀を抜いてくれ,そうすれば自分は死ねる」と懇願した。
 喜助は迷っていたが,苦しそうな弟の必死の頼みを受け入れて剃刀を抜いてやった。
 結果,弟は亡くなり,喜助は弟殺しの殺人者という判決を受けたのだ。

 だが喜助は,命を助けられて島に行かせてもらえる。その島だって鬼が住む場所でもない。今までいていい場所が無かったので,居場所を与えられてありがたいと言うのだった。

 青空文庫になっているため,Kindleで無料で読める。


足るを知る

 庄兵衛は「不思議なのは喜助の欲のないこと、足ることを知っていること」と考える。
 流刑の地へ向かおうとしながら喜助は幸福そうなのに,自分はどうであろうかと。

 日々の生活の出納は合っているが手一杯で満足というほどではない。仕事を首になったらどうしよう,病になったらどうしよう等と常に不安がつきまとっている。


庄兵衛はただ漠然と、人の一生というような事を思ってみた。人は身に病があると、この病がなかったらと思う。その日その日の食がないと、食ってゆかれたらと思う。万一の時に備えるたくわえがないと、少しでもたくわえがあったらと思う。たくわえがあっても、またそのたくわえがもっと多かったらと思う。かくのごとくに先から先へと考えてみれば、人はどこまで行って踏み止まることができるものやらわからない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だ

『高瀬舟』森鴎外

 物語は,朧月夜の黒い水の面を,沈黙した二人を乗せて舟がすべっていく描写で終わっている。喜助のやったことをどう考えるか,庄兵衛の想いをどう受け止めるかは読者に委ねられている。

 「足るを知る」ことが必ずしも良いこととは限らない。
 誰もが喜助のように自分の境遇に満足し幸福を感じていたら,おそらく世の中は停滞し発展は望めないであろう。もっと良くなろう,これでは足りない,そう思ってあがく人たちがいるから科学は進歩し社会は便利になってゆく。
 だが進歩し便利になることも,必ずしも良いとは限らない。それには際限が無い不安と努力がつきまとい,際限無いが故に時に人は疲れてしまうのだ。


安楽死

 森鴎外は,江戸時代の随筆集『翁草』の「流人の話」を元に,「罪人の財産に対する態度」「安楽死問題」の2点に興味を抱いてこの物語を書いたとのことだ。
 鴎外がこれを書いて100年以上が経過したが,日本では未だ安楽死や尊厳死についての法整備はなされておらず,人は自分の死を選ぶ権利を持たないし,他人の心からの死への願いを助ける権利も持っていない。

 江戸時代,おそらくそれ以前からあったのではと思われる安楽死の是非は令和の時代になっても冷静な議論すら難しい印象だが,多様性だのダイバーシティーだの言うのであれば,安楽死についても,もっと逃げない議論がなされても良いのではないかと思う。


年を取ると過去が近くなる

 『高瀬舟』は,たぶん小学校6年生の国語の教科書で読んだと思う。
 短い物語であるし『舞姫』のような雅文体でもない。子どもでもすぐに読み終わる物語ではあったが,小学生の私には,未だこの物語の機微を感じ取る感性が育っていなかった。

 小学生の私にとって,『高瀬舟』の舞台である江戸時代は大昔。自分とは無関係な世界の辛気くさい物語だとしか思えなかった。しかも夜の暗い川面を下っていく弟殺しの罪人の話だと思うと,おどろおどろしい気がして,積極的に物語の中へ入っていく気にはなれなかった。

 小学生の頃と言えば,祖父母どころか両親が子どもだった時代でさえ大昔に思えたのだ。両親なんてたった四半世紀しか年齢が違わないのに。
 年を取るとは不思議なもので,過去を把握する奥行きが広がる。
 それから何十年もの年月が過ぎ去り,その分だけ明治も江戸も更に遠く離れてしまったはずなのに,今では子どもの頃ほど大昔とは思わないし,親しみが持てる近い時代であるとすら感じられる。そこで生きていた人々も現代を生きる人々も,何も変わらぬ人間であり別世界などではないことを人生経験によって知ったからなのかもしれない。

 過去の時代に書かれた過去の物語も,今なら自分の世界の物語として血肉にすることができる。それを嬉しく思う。


 わかりやすい文体だし短い物語なのに現代語訳が必要なのか不思議だが,下記のような本は解説付きなので理解は深まるかもしれない。


高瀬舟縁起

 『高瀬舟縁起』は森鴎外が『高瀬舟』を書いた理由を記した随筆。

 『高瀬舟』は,江戸時代の随筆集『翁草』から題材を得て書かれている。
 鴎外はこの話に二つの問題を見出した。

 一つは財産について。もう一つは安楽死について。
 罪人として高瀬舟に乗った男が二百文を喜んだことをおもしろいと思い,また死にかかっていて死なれずに苦しんでいる人を死なせてやるということの是非が問われているところをおもしろいと考え,『高瀬舟』を書いたとのことだ。

 京都の高瀬川の歴史や曳舟についても書かれている。
 元来「たかせ」は舟の名なので,その舟の通う川を高瀬川と呼び,同名の川は諸国にあるとのことだ。

 短くすぐに読み終わる随筆なので,『高瀬舟』と合わせて読めば理解が深まり良いと思う。

高瀬舟縁起
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源氏物語 —与謝野晶子と大和和紀

源氏物語の概要

  • 著者 紫式部(973?〜1031?/本名:藤原香子(かおるこ/たかこ/こうし/よしこ)
  • 文献初出 1008年(寛弘五年)
  • 巻 全54帖

 『源氏物語』が日本の古典中の古典であるということは自明であり日本人なら誰でも知っていることであろう。大和和紀氏による『あさきゆめみし』により少女漫画になっているため,一読したことがある人も多いと思う。
 私も若い頃に『あさきゆめみし』を2回ほど通読した。

 しかし,若い頃の感性では,『源氏物語』は光る君という色好みのプレイボーイと何故か彼に逆らえない女性達のメロドラマくらいにしか思えなかった。1000年もの間,数々の著名な国文学者たちを魅了してきた作品だというのに私には魅力が全くわからなかったのだ。

 だが,『源氏物語』には人生の全てが詰まっていると聞く。
 また,百人一首の選者である藤原定家の父親であり,定家と共に歌の家,御子左家の絶頂期を築いた藤原俊成が断言したそうだ。「源氏見ざる歌詠みは、遺恨のことなり」(『六百番歌合』の判詞)と。
 『源氏物語』を通り一遍な恋愛物語として読み捨てていてはダメだ。
 そして日本人に生まれながら『源氏物語』を知らないなんて,もったいなすぎることではないか?

 文学に疎く,恋愛にも興味が無い私が『源氏物語』の中に折り込まれた人生の機微を感じ取るには,何度も様々なアプローチをしていくほかないであろう。

 そう考えて,まずは『あさきゆめみし』を通して再読し,『与謝野晶子の源氏物語』を通読し,もう一度『あさきゆめみし』を読んでいる。このあと瀬戸内寂静『すらすら読める源氏物語』で原文にふれつつ解説を読んでみようと思っている。


源氏物語 あさきゆめみし 完全版 (全10巻) Kindle版

与謝野晶子の源氏物語

 源氏物語を現代語訳で通読するならこの本が良いとたまたまSNSでどなたかが書いているのを見かけたので,本書を読むことにした。


与謝野晶子の源氏物語 (全3巻) Kindle版

 序文で上田敏と森林太郎(鴎外)が源氏物語の現代語訳を書くに相応しい人物として与謝野晶子ほどの適任はいないと断じ,大成功の翻訳であると評している。古典に通じている明治時代の大文学者たる彼等がこう書くのだから,間違いない現代語訳と思われた(その上田敏の序文の文体が非常に流麗であることにも大変感動した)。

 本文に入るとまず桐壺更衣を愛した帝が二十歳そこそこであったことを知り,そうだったのかと思った。ものの数ページで桐壺更衣は亡くなり,更衣の母君も亡くなってしまう。
 空蝉と六条の人と夕顔との恋の頃は,源氏の君はまだ十六歳。若くて見境が無くても仕方がなかったのかもしれない。夕顔は十九歳,六条は二十四歳だ。

 瑠璃様(玉鬘の君)の素性を内大臣に話し,瑠璃様の裳着の儀を行う29帖,行幸(みゆき:源氏36歳冬-37歳春)までが上巻に収められている。
 尚侍を目指していた近江の君は,新しく見つかった姫君の方が有利と気がつきがっかり。近江の君をからかって楽しんでいる内大臣…という場面でこの巻は終了。

 古典の雰囲気を損なわず,しかも大変分かりやすい現代語訳であった。


 中巻は,30帖 藤袴(ふじばかま/源氏37歳秋)〜 47帖 総角(あげまき/薫24歳秋冬)まで。

 藤袴(30帖)では葵の君の母親である大宮が亡くなる。真木柱(31)で瑠璃様は右大将と結婚。梅枝(32)で明石の姫君の裳着。藤裏葉(33)で夕霧と雲居の雁が結婚し明石の姫君が入内,源氏の君は准太上天皇へ昇格する。

 若菜(34)は『源氏物語』最長の巻とのことで,盛りだくさんだ。
 朱雀院の出家と女三の宮の降嫁,明石の女御の出産,冷泉帝の譲位。紫の上は出家を願いはじめ,37歳の厄年で病に倒れる。紫の上の看病で源氏が留守の六条院では柏木が女三の宮と密通。柏木は心痛のあまり病に伏し,一条の実家へ戻る。

 柏木(35)で,宇治十帖の主人公となる薰が誕生。女三の宮は出家し,柏木は絶望して世を去る。横笛(36)では夕霧が柏木の未亡人である落ち葉の宮を訪ね恋に落ちていく。落葉の宮の母一条御息所より柏木の横笛を贈られた夕霧は,源氏の君にそれを見せ柏木の遺言を果たす。

 鈴虫(37)は女三の宮を手放せずにいる源氏の君や母の死霊に心を痛める秋好中宮のこと。夕霧(38)では落葉の宮の母が亡くなり,朝帰りの夕霧と雲居雁が険悪に。

 御法(39)で紫の上の法華経千部の供養。幻(40)で源氏の君は52歳。紫の上の一周忌を済ませ出家の準備をする。雲隠(41)は無言の章ということだ。


 そして物語は,源氏の君の時代の人々が世を去って,明石の姫君が中宮であられる時代。

 匂宮(42)で,光源氏亡きあとの夕霧・冷泉院・匂宮・薰・花散里・女三の宮(尼宮)の消息が語られる。紅梅(43)は,故致仕大臣(頭中将)の次男である按察大納言と真木柱の君の一家の事情。
 竹河(44)は,髭黒太政大臣の亡き後,二人の姫君の処遇に悩む瑠璃様のこと。冷泉院のもとへ行った大君は苦労し,今上帝に出仕した中の君は幸せに。


 橋姫(45)は薫の君が20〜22歳で,「宇治十帖」物語の始まり。宇治で俗聖として暮らす桐壺院の八の宮を慕わしく思い訪問し始める薰は,老女房の弁と知り合い自らの出生の秘密を知る。また,薰から宇治の姫君の話を聞いて匂宮も宇治の姫君に興味を示す。

 椎本(46)は,宇治の夕霧の別荘(平等院がモデルらしい)で弦楽の夜を楽しむ匂宮や薰。宇治の姫君へ文を書く匂宮。八の宮の死。薰と匂宮それぞれの恋の始まり。
 総角(あげまき 47)は八の宮の一周忌。大姫(あげまきの君)を想う薰,小姫と薰を結ばせたい大姫,小姫に恋い焦がれる匂宮。各々の感情のすれ違いがもどかしい巻。匂宮は身分柄身動きが取れず,あげまきの君は妹を心配したまま息を引き取る。


 下巻は,第48帖の早蕨(さわらび)〜宇治十帖の最終帖,第54帖の夢浮橋(ゆめのうきはし)まで。

 匂宮は実に好きになれず読んでいてストレスがたまるほどだった。まさか源氏の君以上の好色鬼畜がいたとは!? 紫の上を慕っていた子供の頃は可愛かったのに…。
 穏やかですぎる薰にもどうにかしたらと思うことはあるものの,薰は匂宮の百倍くらい好感が持てるし,『源氏物語』の男性登場人物の中では最も堅実で好感が持てる人物のように思う。

 早蕨(さわらび 48)では宇治の中君が匂宮の二条院へ迎えられる。
 宿木(やどりぎ 49)では薰の君と女二の宮,匂宮と夕霧の六の君が結婚。あげまきの君を忘れられない薰は中君に想いを寄せるようになり,困った中君は浮舟の話をし,薰はあげまきの君に似ている浮舟を妻に迎えたいと思い始める。

 東屋(50)は,主に浮舟の実家の話。浮舟(51)では宇治に住まわされていた浮舟が匂宮に見つかって結ばれてしまい,薰の知るところとなる。
 蜻蛉(52)では浮舟を失った人々が悲しみに暮れ,手習(53)で浮舟は僧都の母尼と妹尼の一行に救われる。浮舟は比叡山の小野の庵で暮らすようになり,やがて明石の中宮の知るところとなり,薰の君にも伝わってしまう。夢浮橋(54)で浮舟は薰の君からの文に返事できずただひたすら泣き続け,薰は恨めしく悲しく思う。

 実に中途半端と思える場面で唐突に『源氏物語』は幕を閉じる。
 歴代の注釈者は,これに一体どのような解釈を施したのだろうか。


 後書きで与謝野晶子は,『源氏物語』は日本の古典の中で彼女が最も愛した書であり,この本を味解することに多大な自信を持っていると記している。
 また従来の注釈本の全てに敬意を持ってはいないし,『湖月抄』(北村季吟)のことを「杜撰の書」となどと書いている。有名な『湖月抄』を杜撰と断じていることに少々驚いた。

 桐壺以下の数帖は全訳の必要を認めなかったため多少の抄訳を試みたが,中巻以降はほとんど全訳したとのことだ。


 与謝野晶子の後書きの後ろに,更に神野藤昭夫(かんのとうあきお)氏による解説があり,ここで紫式部や彼女が使えた中宮彰子について,またこの本の出版についてなど様々な情報が書かれている。

 各々の帖に挿絵が挟まれていたが,これについての解説もあった。
 この角川ソフィア文庫の『与謝野晶子の源氏物語』の挿絵は,本書が最初に出版されたときの中沢浩光による絵ではなく,日本画家の梶田半古(かじたはんこ 1870〜1917)による彩色版画ということだ。大変美しい挿絵で毎回,帖の最初のページを開くのがたのしみだった。


 『与謝野晶子の源氏物語』を読み終わってから,もう一度『あさきゆめみし』を読み返すと,匂宮が素敵すぎることに驚いた。奴はもっと鬼畜である!
 大和和紀さんがどれほど原作をきっちり確実に読み込んで消化し,少女漫画にふさわしい解釈を施して『あさきゆめみし』という作品を紡ぎ出されたのかを感じ,凄いなと思ったのだった。

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