三体

三体

  • 出版社 ‏ : ‎ 早川書房
  • 発売日 ‏ : ‎ 2019/7/4
  • 著者 ‏ : ‎ 劉 慈欣(りゅう じきん / リウ・ツーシン)
    大森 望 (翻訳)・光吉 さくら (翻訳)・ワン チャイ (翻訳)・立原 透耶 (監修)
  • 本の長さ ‏ : ‎ 516ページ

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪森(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪森が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?本書に始まる“三体”三部作は、本国版が合計2100万部、英訳版が100万部以上の売上を記録。翻訳書として、またアジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作。

「BOOK」データベース

 アジア人初のヒューゴー賞受賞で,大変話題となった中国発のSF作品。
 表題になっている「三体問題」は古典力学において有名な問題で,三重星系のように互いに重力相互作用する三つの質点系の運動軌道がどうなるかを問うている。もしも三重星系の惑星に生物がいたらどのようなことになるだろうかという想像を一つの軸に,物語は文化革命時代の中国に始まり現代に,そして宇宙規模に広がっていく。

 世の中で絶賛されているほど引き込まれはしなかったが,古典的分野を扱いつつ,次元展開する陽子やナノマテリアルなど現代的要素や新しい視点を取り入れたしっかりとしたSF作品であり,面白かったと思う。
 ただ,中国人の名前を読み仮名なしに読むのは少々辛く,ネットで登場人物紹介のサイトを探し参照しながら読んだ。


三体 II 黒暗森林

  • 出版社 ‏ : ‎ 早川書房
  • 発売日 ‏ : ‎ 2020/6/18
  • 著者 ‏ : ‎ 劉 慈欣(りゅう じきん / リウ・ツーシン)
    大森 望 (翻訳)・立原 透耶 (翻訳)・上原 かおり (翻訳)・泊 功 (翻訳)
  • 本の長さ ‏ : ‎ 388ページ

人類に絶望した天体物理学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)が宇宙に向けて発信したメッセージは、三つの太陽を持つ異星文明・三体世界に届いた。新天地を求める三体文明は、千隻を超える侵略艦隊を組織し、地球へと送り出す。太陽系到達は四百数十年後。人類よりはるかに進んだ技術力を持つ三体艦隊との対決という未曾有の危機に直面した人類は、国連惑星防衛理事会(PDC)を設立し、防衛計画の柱となる宇宙軍を創設する。だが、人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)に監視されていた! このままでは三体艦隊との“終末決戦”に敗北することは必定。絶望的な状況を打開するため、前代未聞の「面壁計画(ウォールフェイサー・プロジェクト)」が発動。人類の命運は、四人の面壁者に託される。そして、葉文潔から“宇宙社会学の公理”を託された羅輯(ルオ・ジー)の決断とは? 中国で三部作合計2100万部を突破。日本でも第一部だけで13万部を売り上げた超話題作〈三体〉の第二部、ついに刊行!

「BOOK」データベース

  • 出版社 ‏ : ‎ 早川書房
  • 発売日 ‏ : ‎ 2020/6/18
  • 著者 ‏ : ‎ 劉 慈欣(りゅう じきん / リウ・ツーシン)
    大森 望 (翻訳)・立原 透耶 (翻訳)・上原 かおり (翻訳)・泊 功 (翻訳)
  • 本の長さ ‏ : ‎ 402ページ

三体世界の巨大艦隊は、刻一刻と太陽系に迫りつつあった。地球文明をはるかに超える技術力を持つ侵略者に対抗する最後の希望は、四人の面壁者(ウォールフェイサー)。人類を救うための秘策は、智子(ソフォン)にも覗き見ることができない、彼らの頭の中だけにある。面壁者の中でただひとり無名の男、羅輯(ルオ・ジー)が考え出した起死回生の“呪文”とは? 二百年後、人工冬眠から蘇生した羅輯は、かつて自分の警護を担当していた史強(シー・チアン)と再会し、激変した未来社会に驚嘆する。二千隻余から成る太陽系艦隊に、いよいよ出撃の時が近づいていた。一方、かつて宇宙軍創設に関わった章北海(ジャン・ベイハイ)も、同じく人工冬眠から目醒め、ある決意を胸に、最新鋭の宇宙戦艦に乗り組むが……。アジアで初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた現代中国最大のヒット作『三体』待望の第二部、衝撃の終幕!

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 「II」の物語は三体世界との対決が必須になった時代から始まり,主人公は天体物理学者の葉文潔(イエ・ウェンジエ)とナノマテリアル研究者の汪淼(​ワン・ミャオ)から宇宙社会学者の羅輯(ルオ・ジー)と中国海軍軍人の章北海(ジャン・ベイハイ)に変わり,他の登場人物もかなり入れ替わる。物語を構成するアイディアは斬新で,ストーリーはテンポ良く進み,どんどん面白くなっていく印象だった。

 登場人物たちは冬眠により時代を飛び越える。下巻になると時が流れ,先の時代の人々の多くは逝ってしまう。
 羅輯は冬眠で185年間の時を飛び越え,2世紀後の世界で警察官でボディーガードの史強(シー・チアン)と再会。もう一人の主人公である章北海も,冬眠から目覚めて西暦時代の技術にはなかった宇宙艦「自然選択」に乗艦する。
 『三体』から登場している理論物理学者の丁儀(ディン・イー)も冬眠から目覚め,三体世界からやってきた探査機「水滴」の調査へ赴く。

 物語は面白かったが,羅輯や章北海が目覚めた未来の世界で社会を満たしている根拠不明な楽観主義が謎すぎた。突然訪れた絶望の世界で,冬眠から醒めた西暦時代の人々が危機と対峙していく。物語の構成や結末も面白かったし,時代による人間の違いの描写が興味深かった。

 いきなり物資が限られ支援も受けられない孤独な宇宙空間に放り込まれたら,その段階で人間は変わってしまう描写には真実味があった。それを自分たちの倫理観のみで裁こうとする地球の人間達。何も知らずに外から批判するのは簡単だ。そしてそれを人間は歴史の中で延々と繰り返しているわけだが,これもまたその姿そのものに思えた。

 ところで。
 もし宇宙が黒暗世界だとしたら,人間は既に人類の存在と地球の位置を示す金属板をパイオニア10号・11号に乗せ,地球の生命や文化に関する音や映像を刻んだゴールデンレコードをボイジャー1号・2号に乗せ,外宇宙に飛ばしてるわけだが…。


殲滅こそ、ひとつの文明に対する最大のリスペクトなんだ。ほんとうに尊敬している文明が相手でないかぎり、脅威を感じることはない

三体Ⅱ 黒暗森林(上) / 劉慈欣

「黒暗森林」はとてもわかりやすい理論である。宇宙じゅうの文明と文明は、文化的な違いと非常に遠い距離に隔てられているために、おたがいに理解することも信頼することもほぼ不可能である。また、どんな文明も、突然技術が飛躍的に発展する可能性がある。この二つの条件によって、もし宇宙の中に他の文明を見つけたら、たったひとつの賢明なやり方はすぐに相手を消滅させることである。この宇宙は暗い森、全ての文明は森の中に生きている狩人のような存在。一が暴かれる瞬間に他の狩人に銃撃されて、消滅させられる。

三体Ⅱ 黒暗森林(下) / 劉慈欣

三体 III 死神永生

  • 出版社 ‏ : ‎ 早川書房
  • 発売日 ‏ : ‎ 2021/5/25
  • 著者 ‏ : ‎ 劉 慈欣(りゅう じきん / リウ・ツーシン)
    大森 望 (翻訳)・ワン チャイ (翻訳)・光吉 さくら (翻訳)・泊 功 (翻訳)
  • 本の長さ ‏ : ‎ 490ページ

三体文明の地球侵略に対抗する「面壁計画」の裏で、若き女性エンジニア程心(チェン・シン)が発案した極秘の「階梯計画」が進行していた。目的は三体艦隊に人類のスパイを送り込むこと。程心の決断が人類の命運を揺るがす。シリーズ34万部以上を売り上げた衝撃の三部作完結!

「BOOK」データベース
  • 出版社 ‏ : ‎ 早川書房
  • 発売日 ‏ : ‎ 2021/5/25
  • 著者 ‏ : ‎ 劉 慈欣(りゅう じきん / リウ・ツーシン)
    大森 望 (翻訳)・ワン チャイ (翻訳)・光吉 さくら (翻訳)・泊 功 (翻訳)
  • 本の長さ ‏ : ‎ 496ページ

帰還命令にそむいて逃亡した地球連邦艦隊の宇宙戦艦〈藍色空間〉は、それを追う新造艦の〈万有引力〉とともに太陽系から離脱。茫漠たる宇宙空間で、高次元空間の名残りとおぼしき“四次元のかけら”に遭遇する。〈万有引力〉に乗り組む宇宙論研究者の関一帆は、その体験から、この宇宙の“巨大で暗い秘密”を看破する……。
一方、程心(チェン・シン)は、雲天明(ユン・ティエンミン)にプレゼントされた星から巨額の資産を得ることに。補佐役に志願した艾AA(アイ・エイエイ)のすすめで設立した新会社は、数年のうちに宇宙建設業界の巨大企業に成長。人工冬眠から目覚めた程心は、羅輯(ルオ・ジー)にかわる二代目の執剣者(ソードホルダー)に選出される。それは、地球文明と三体文明、二つの世界の命運をその手に握る立場だった……。

SF最大の賞ヒューゴー賞をアジア圏で初めて受賞した『三体』に始まり、全世界に旋風を巻き起こした壮大な三部作、ついに完結。

「BOOK」データベース

 「III」の物語は,『三体』が終わった頃,『三体 II』と同じ時代から始まる。
 新たな主人公は,航空宇宙エンジニアの女性,程心(チェン・シン)。彼女も「II」の羅輯(ルオ・ジー)と同じく冬眠をし,未来へ飛ぶ。そこで100歳になった羅輯と会う…。

 性懲りも無く楽観的になりすぎたり,あっというまに考え方が変わったりする人類がアホすぎる描かれ方という気がする。「II」で「水滴」をプレゼントだと思う神経に呆れたが,その経験をした後に「紙切れ」を手紙と思うのはもうバカとしか言いようがない気がする。
 だが,人間とはそんなもの,「世間」とか「空気」に流され常に右往左往して変貌しまくるものなのかもしれない。

 異星人を相手に宇宙レベルで人類が展開する物語なのに,活躍するのが中国人ばかりすぎるのは違和感だが,中国発の物語なのでそこは目をつぶるべきなのだろう。

 程心はテンプレート的な女性っぽい女性で,読んでいてイライラしたし好きになれなかった。程心が未来で知り合い行動を共にした艾AA(アイ・エイエイ)の存在意義もよくわからなかった。だが,色々思うところはあるものの,物語は面白かった。前作と違いない豊富なアイディアにも感心させられた。

 程心の大学時代の友人でキーパーソンである雲天明(ユン・ティエンミン)が書いたお伽話は,お伽話として単体で面白い上に謎解き要素が含まれ,SFとして大変斬新だと思う。

 宇宙に息づく様々な高度な文明,次元の利用や物理法則の改竄,人工ブラックホールに異なる宇宙,宇宙の熱的死。
 古典的SFの概念でありながら最新のSFらしいアイディアが犇めいており,時間的にも空間的にもスケールは壮大だ。

 それにしても,最後まで読み終わって思ったことは,文化大革命などという一国の事情で全人類に絶望し地球外文明に勝手なメッセージを送った葉文潔,ひどすぎのでは。
 あと,シリーズ全体を通して煙草を吸う登場人物がやたら多い。中国では喫煙者が多いのか?と思って調べてみた。2018年の中国の喫煙率は,男性47.7%、女性1.8%。2022年25.6%。なるほど,中国人の男性の半数は喫煙者ということか。


 日本人はネタバレに厳しいとかで,最終巻の巻末に書いてあった紀元と西暦の対応を引用しておく。ネタバレ全く気にしない私は,これが分かっていた方が読みやすかったと思う。

各紀元対照表 [右は共通紀元(西暦)]
危機紀元   201X年〜2208年
抑止紀元   2208年〜2270年
抑止紀元後  2270年〜2272年
送信紀元   2272年〜2332年
掩体紀元   2333年〜2400年
銀河紀元   2273年〜不明

DX3906星系
暗黒領域紀元   2687年〜18906416年
宇宙#647時間線  18906416年〜

-出典:三体Ⅲ 死神永生 下 / 劉慈欣

方丈記 (光文社古典新訳文庫)

  • 出版社:光文社
  • 発売日:2018年09月20日
  • 著 者:鴨長明 著 蜂飼耳 訳

災厄の数々、生のはかなさ……。人間と、人間が暮らす建物を一つの軸として綴られた、日本中世を代表する随筆。京都郊外の日野に作られた一丈四方の草庵で、何ものにも縛られない生活を見出した鴨長明の息遣いが聞こえる瑞々しい新訳! 和歌十首と、訳者のオリジナルエッセイ付き。

「BOOK」データベースより

本の構成

  • 訳者まえがき
  • 方丈記(現代語訳)
  • エッセイ(移動の可能性と鴨長明)
  • 方丈記(原典)
  • 『新古今和歌集』所収の鴨長明の短歌
  • 『発心集』巻五、一三「貧男,差図を好む事」訳と原文
  • 図版
  • 解説
  • 年譜
  • 訳者あとがき

 訳者の蜂飼耳氏による解説と現代語訳があるため,作品および鴨長明自身の背景がわかって身近に感じられるため,たいへん理解しやすい書籍に仕上がっている。


方丈記の時代

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし。

鴨長明『方丈記』

 この有名な『方丈記』の冒頭は,高校の古文で誰もが一度は聞いたことがあるだろうと思う。だが,まず鴨長明が生きた時代について学び,彼がどんな経験をした後にこれを書いたかを知れば,高校生の時点でもっと『方丈記』に引き込まれたのではないだろうか。

 本書に書かれた解説や訳者の蜂飼耳さんのエッセイを読んで,強くそう思った。

 鴨長明は,20代〜30代にかけて,大変な災厄の時代を経験し生き抜いているのである。
 大火事に竜巻,飢饉に遷都に大地震。
 どれをとっても今の時代ですら大変な災害だが,当時の民衆の苦しみは現代とは比較にならないほど悲惨極まるものなのだ。

  • 1177年 安元の大火(平安京で発生した大火事) 鴨長明 23歳
  • 1180年 治承の辻風(中御門京極で発生した竜巻)・福原遷都 鴨長明 26歳
  • 1181〜1182年 養和の飢饉 鴨長明 27〜28歳
  • 1185年 元暦の大地震 鴨長明 31歳

 『方丈記』には,これら五大災厄の被害について具体的に記述されている。

 どれだけの家が焼けたりつぶれたりし,人々はどのような状況で怪我をしたり死んだりしたか。どの災害でどんな人々が財を失い路頭に迷ったか。
 2年続いた飢饉では,五穀実らず身分の高い者までが物乞いをして歩き回らねばならず,賀茂川の河原には餓死者の死体がいっぱいで馬車も通れないほどになり,街には死臭が溢れていた。

 平家の怨念とも言われた元暦の大地震。
 これも並大抵の地震ではなかった。山が崩れて川を埋め,海が傾いて陸地が浸水し,地面が裂けて水が噴き出したという。『方丈記』には余震の回数や期間まで書かれている。

 正確で詳細な記述から,『方丈記』は災害のルポルタージュとも呼ばれているとのことだ。
 鴨長明は,昔の賢帝の御代では民を大切にしていたが,今の世の中はどうだろうと嘆く。

 『方丈記』では触れられていないが,鴨長明が5歳の年には保元の乱や平治の乱が起こり,飢饉の年には平清盛の死,大地震の時には壇の浦の戦いで平家が滅亡するとう社会的な大事件も起こっている。
 正に激動の時代で,次々に起こる社会情勢の変化や自然災害で,民の生活は風前の灯火のように厳しく儚いものだったことは容易に想像できる。


すべて世中のありにくく、わが身と栖との、はかなくあだなるさま、又かくのごとし。いはむや、所により身のほどにしたがひつつ、心をなやます事は、あげて不可計(かぞふべからず)。 

鴨長明『方丈記』

 こんな大きな災厄に次々と襲われて,世の中というものは生きにくく,人の命もその住処も儚く,誰もが各々の身の上において数知れず心悩ましている…。

 『方丈記』に流れる人の命とその住処の虚しさ儚さは,こんな時代を背景としているのだ。
 冒頭の有名な文章も,この背景を知るのと知らないのとでは大きく印象が変わってくるのではないだろうか。


方丈の庵

 後半には,長明自身の生い立ちや住処の変遷,最後に辿り着いた方丈の庵について詳しく書かれている。

 最初に住んでいた祖母の家を出て,30歳で祖母の家の十分の一ほどの大きさの草庵 に移ったこと。50歳の春に出家し,大原で5年ほどひっそりと暮らしたこと。
 そして60歳で広さ一丈四方(方丈)の庵を作った。

 土台と簡単な屋根,掛け金で留めただけの柱と壁,何かあったら簡単に引っ越せるように考えた家だった。
 『方丈記』は,日野山の奥に作ったこの簡素な広さ一丈四方(方丈)の庵で書かれており,この家の広さが作品の名前の由来になっている。

 作中に家の中の様子も詳細に描かれている。
 東に三尺の庇と竈,南に竹すのこを敷いて,すのこの西側に仏具を備える閼伽棚,北に障子と衝立を設けて仏間を作り,阿弥陀と菩薩の絵を飾って『法華経』を置いた。東の端に夜の寝所。
 西南に竹の吊り棚を設け,その上には皮籠を3つ。中には和歌や管弦の書物を入れ,そのそばに琵琶と琴を立てかけた。

 方丈の庵の中はそんな感じだった。
 林が近く薪集めの苦労も要らず,人が通っても生い茂る植物ですぐに見えなくなる。


春はふぢなみをみる、紫雲のごとくして西方ににほふ。夏は郭公(ほととぎす)を聞く、かたらふごとに、死出の山ぢをちぎる。あきはひぐらしのこゑみみに満り。うつせみの世をかなしむほどきこゆ。冬は雪をあはれぶ。つもり消ゆるさま、罪障にたとへつべし。

鴨長明『方丈記』

 春は阿弥陀来迎の紫雲のような藤の花が咲き,夏には冥土の案内人とされるホトトギスの声が聞こえるので,死出の時はよろしくねと思う。
 秋はこの世を哀しむようなヒグラシの声が辺りを見たし,冬は雪を見てその消えゆく様子から人の罪障を考える。

 人の目もないから失敗を気にすることもないし,怠けたいときに怠けることを禁じる人もいないし,それを恥じる必要も無い。

 鴨長明は,時々遊びに来る10歳の男の子と山歩きをし,芹を摘んだり梨をもいだり落ち穂を拾ったりを楽しんでいた。
 純粋に自分のための生活を楽しんでいる様子が潔い。


『方丈記』以外で見る鴨長明

 本書の特徴として,著者による現代語訳及びエッセイ,鴨長明が『新古今和歌集』に残した歌の紹介,鴨長明が書いた仏教説話集『発心集(ほっしんしゅう)』巻五の紹介がある。
 鴨長明といえば『方丈記』で,それ以外何も知らず聞いたこともなかったので大変興味深かった。

 『発心集』には家の設計図を書いて家の建築計画を楽しむ男について書かれていて,この物語が面白い。当時の決して生きやすくない世界でも,人々は工夫して各々の世界を持って楽しんでいた様子が垣間見られる。

 どんなに趣向を凝らし一生懸命に建てた素晴らしい家も災害であっというまにダメになるかもしれないし,儚い人の命のことだから,実際に住める時間も長くない。
 だが,その男が楽しんでいる家は,たった紙一枚あれば作ることができ,災害でなくす心配もなく,それでいて心が住むには十分だ。


 龍樹菩薩のたまひけることあり。「富めりといへども、願ふ心やまねば、貧しき人とす。貧しけれども、求むることなければ、富めりとす」と侍り。

鴨長明『発心集』巻五

 鴨長明が歌人としても名を馳せていたことも,本書にて初めて知った。
 一首だけ抜粋し記しておく。


秋風のいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露の夕暮

秋風はだれの袖にだって吹き寄せるものだろう。それなのに、私の袖にばかり、こうして(涙の)露ができるのは、ただ私のこの心のせいだ。秋の夕暮れだな。

『新古今和歌集』