玉川上水を歩く (62) 平和橋から武蔵野橋

日光橋

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index


1日目は2019年2月18日。四谷大木戸を出発し、
玉川上水暗渠の上の緑道を笹塚まで歩いた。

2日目の2019年3月20日は、前回の終点、
新宿区笹塚「南ドンドン橋」を出発。
杉並区久我山の「岩崎橋」まで。

3日目の2019年3月24日は、
岩崎橋を出発、三鷹駅前の三鷹橋まで。

4日目の2019年3月31日は、
三鷹駅を出発、桜を見ながら小金井橋まで。

5日目の2019年4月6日は、
小金井橋を出発、小平市鷹の台駅近くの鷹の橋まで。

6日目の2019年4月21日は、
鷹の橋を出発、立川市武蔵砂川駅近くの見影橋まで歩いた。

7日目の2019年5月3日は、
見影橋を出発、拝島駅駅前の平和橋まで歩いた。

8日目の2019年5月5日は、
平和橋を出発、玉川上水の起点である
羽村取水口まで歩いた。

この記事で歩いた部分を青線で示した。地図はクリックすると拡大して見られる。

この記事では、
8日目の最初の区間、拝島駅前の平和橋から
国道16号線が玉川上水を渡る武蔵野橋までの写真を載せた。

平和橋
平和橋横の横田基地専用線の鉄橋と玉川上水上流方面

平和橋と横田基地専用線の鉄橋の北から
玉川上水緑道へ入る。

平和橋近くの玉川上水緑道

200mほど歩くと日光橋という橋が架かっていた。

日光橋

日光橋は、
日光脇往還(国道16号)に架けられたことが名の由来。
この道は古くは大山詣の「達者道」としても賑わっていたとのこと。

大山(おおやま)とは、
霊峰と名高い相州(相模国)の大山のことで、
江戸時代には日光へ向かう人々と相州大山参りの人々で、
日光橋は往来がたいへん多く、
維持していた村は、橋の維持管理が大変だったそうだ。

日光橋は明治24年7月に煉瓦橋への架け替えられ、
その後、昭和25年3月に改装された。

国道16号線が整備されて高架となり、
昭和40年に武蔵野橋が完成して以来、
日光橋の交通量はすっかり減った。

今、周辺には日光橋公園の長閑な風景が広がっている。

日光橋の南西角にはアーチがあり、
日光橋公園へ続く緑道の入り口になっていた。

日光橋と緑道の入り口
日光橋公園の案内版

アーチの横に日光橋公園の案内図があり、
公園へ続く緑道となっている。

日光橋たもとのアーチをくぐり、
緑道をしばらく歩くと、
ベンチやモニュメントがある小さな広場。
どんぐり橋が玉川上水に架かっている。

どんぐり橋とモニュメント

「日光橋公園」は、
武蔵野の雑木林と玉川上水を楽しむ公園として作られた。

少し上流の「水喰土公園」内の遊歩道と合わせると、
敷地は約1万6000平方メートル。
敷地の2/3には武蔵野の雑木林が残され、
貴重な植物や野鳥観察の場になっている。

平成7年4月に建設された「どんぐり橋」は、
武蔵野橋のほぼ真下に位置し、周辺は明るく楽しい雰囲気だ。

いぶき 1995 TAKEDA YASUHIRO

いぶき 1995 TAKEDA YASUHIRO
私たちは自然破壊を止める勇気を持とう
“自然と共に生きる” その失われた精神が
ヒトの心に再び甦ることを願って
天高く育つ芽は やがてさまざまな命をまもる
 平成6年度設置 作者名 竹田康宏

日光橋公園 モニュメント説明
どんぐり橋から玉川上水の下流方面、日光橋を眺める。

どんぐり橋のほぼ真横に、国道16号線に架かる武蔵野橋が見える。

車道と歩道が並ぶ武蔵野橋

玉川上水緑道は、武蔵野橋と交差せず、
武蔵野橋の下をくぐる。

武蔵野橋は、
国道16号線東京環状が玉川上水を渡る橋。
車道の両側が歩道になっている高架の橋で、
昭和40年に完成した。

国道16号は通称日光街道で、
かつての日光橋の往来をこの橋が引き継いでいる。

武蔵野橋を潜ると、
日光橋公園は本格的な武蔵野の雑木林の雰囲気になる。

玉川上水緑地 日光橋公園

参考:ふっさの「橋」|東京都福生市公式ホームページ

玉川上水を歩く (61) ふたみ橋から平和橋

つつじ橋

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index


1日目は2019年2月18日。四谷大木戸を出発し、
玉川上水暗渠の上の緑道を笹塚まで歩いた。

2日目の2019年3月20日は、前回の終点、
新宿区笹塚「南ドンドン橋」を出発。
杉並区久我山の「岩崎橋」まで。

3日目の2019年3月24日は、
岩崎橋を出発、三鷹駅前の三鷹橋まで。

4日目の2019年3月31日は、
三鷹駅を出発、桜を見ながら小金井橋まで。

5日目の2019年4月6日は、
小金井橋を出発、小平市鷹の台駅近くの鷹の橋まで。

6日目の2019年4月21日は、
鷹の橋を出発、立川市武蔵砂川駅近くの見影橋まで歩いた。

7日目の2019年5月3日は、
見影橋を出発、拝島駅駅前の平和橋まで歩いた。

この記事で歩いた部分を青線で示した。地図はクリックすると拡大して見られる。

この記事では、
7日目の最後の区間、
ふたみ橋から拝島駅前にある平和橋までの写真を載せた。

玉川上水緑道 西部拝島線の踏切

ふたみ橋からすぐのところに、
西部拝島線の踏切があり、
踏切の横に西部拝島線が玉川上水を渡る橋梁がある。

西部拝島線 玉川上水橋梁
玉川上水緑道の上流側から西部拝島線の踏切(下流側=東方向)を振り返る

踏切を渡って50mほど歩くと、こはけ橋に到着。
こはけ橋は、信号があるT字路になっている。
橋の近くの玉川上水の中で鴨が寛いでいた。

玉川上水緑道は、
こはけ橋の前で信号つき横断歩道になっており、
横断用の旗も設置されていた。
旗入れの脇に地図看板が立っている。

こはけ橋
こはけ橋

こはけ橋の突き当たりには
スリーボンドファインケミカルという会社があり、
こはけ橋から30mほど上流の
美堀町交叉点まで会社の敷地が続いている。
その美堀町交叉点の会社の敷地内に、稲荷神社の鳥居が見えた。

玉川上水の近くでは、
こういった小さな稲荷神社をたびたび見かける。

美堀町交差点

美堀町交差点は、南へ伸びる道と
東西に延びる玉川上水緑道が交わるT字路。
その南からの道の下は、何かの水路の暗渠になっている。

玉川上水から取水しているのか流れ込んでいるのか分からなかったが、
水路と玉川上水を繋ぐ部分に、
つつじ橋という小さな橋が架かっていた。

つつじ橋

つつじ橋がある美堀町交差点も
横断歩道には横断旗が用意されていた。

つつじ橋の横には、玉川上水のフェンスの中に入るための扉。
扉から中へ入ると、つつじ橋脇に玉川上水へ下りる階段がある。

つつじ橋横の扉と玉川上水緑道

玉川上水緑道のフェンスには定期的に禁止看板。

こはけ橋 ― 平和橋 でよく見かけた禁止看板

美堀町交差点から上流へ400mほど歩いたところに、
歴史の散歩道スタンプラリーの看板と、
すっかり風化して真っ白な玉川上水の説明板が立っていた。

   玉川上水
 江戸時代のはじめ、多摩川の水を飲料水として江戸市中に供給する目的で開削された上水路です。羽村の取水口から四ツ谷(新宿区)に至るその開削は、幕府の命によって玉川兄弟が請負い、承応3年(1654年)に完成、以後、今日に至るまで江戸・東京の主要上水として機能しています。一方、この水は、水の乏しい台地上の村々にも多くの分水を通して供給され、人々の農耕生活に重要な役割りを果たしてきました。しかし、その使用に際しては幕府の許可が必要で、また種々の制限も加えられ、人々はこれを自由に使うことはできませんでした。ここより上流の平和橋から、南方の拝島本村域方面に引水される拝島分水もそのひとつで、元文5年(1740年)の開通、毎年冥加金(みょうがきん 使用料)を上納し、生活・農業用水として利用されてきたものです。
   昭和58年3月 昭島市教育委員会

昭島市の玉川上水説明板
玉川上水

スタンプラリー立て看より少し平和橋寄りに、堰のような構造物。
拝島分水取水口は、平和橋のすぐ東にあった。

平和橋近くの緑道にあった玉川上水緑道の石碑

拝島駅前の平和橋。
平行して横田基地専用線の鉄橋が架かる。

拝島駅の利用が増え橋が必要になったとき、
地元の製綿業者の平林寅吉氏と建設会社の武田平氏が
無償で建設した橋であるという。
平和橋という名は、
戦死した二人の息子を偲んで平林氏が名付けたとのことだ。

平和橋前の交差点から見た横田基地専用線の踏切と拝島駅

   平和橋のいわれ
 この橋は地元の建設推進者の御尽力により昭和四十七年四月に完成し、福生市に寄贈された。
 平和橋のいわれは世界の恒久平和を願う趣旨をもって「平和橋」と命名された。
 この度平和橋の改修にあたり当時の橋名板等をここに残すこととする。
   平成十年五月吉日 福生市

平和橋の石碑

こういう石碑の文字って、
何故こんなに読みにくい仕様なのだろう。
せっかく彫るのだから、
もっと読みやすい仕様にすればいいのにと常々思う。

拝島駅側から見た横田基地引込線の線路と玉川上水橋梁
平和橋

平和橋から下流側を見下ろすと、
拝島分水取水口が見える。

平和橋から見た拝島分水取水口

拝島分水は江戸時代から存在する古い用水路で、
現在はほぼ暗渠となってここから南下している。

拝島駅は福生市と昭島市にまたがり、
JR東日本の青梅線と五日市線、八高線、
西武鉄道の拝島線の駅となっている。

玉川上水散歩の7日目は、ここ平和橋と拝島駅が終点。
次回は拝島駅を出発し、
いよいよ羽村取水口へ到着する予定だ。