水と原生林のはざまで

本の概要

  • 出版社:岩波書店
  • 著者:シュヴァイツェル 翻訳:野村 實
  • 発売日:1957/12/5
  • メディア:岩波文庫 青812-3(187ページ)

教職とオルガンを捨て,医師としてアフリカの仏領ガボンに渡り,水と原生林のあいだに初めて小さな病院を建てたのは,シュヴァイツェル(1875 – 1965)が37歳の時であった。妻とともに原住民の医療に従事すること4年半,第1次アフリカ滞在の記録である。全篇にあふれる人間愛は,今日なお多くの人々の共感をよばずにはいない。

『水と原生林のはざまで』表紙

アルベルト・シュヴァイツアーについて

生い立ち

 著者シュヴァイツェル(1875-01-14~1965-09-04)は,「密林の聖者」の異名を持ち,一般には,ノーベル平和賞を受賞したアルベルト・シュヴァイツァー(Albert Schweitzer)として知られていると思う。

 生まれはドイツとフランスの国境にあるアルザス地方で,その頃アルザスはドイツ領だったため,彼はドイツ人だった。(アルザスは第二次大戦以降フランス領になっている。)
 仏領のガボンで活動をしていた彼は,ドイツ人だったため第一次世界大戦中フランスの捕虜となり本国へ送還されている。

 牧師の息子に生まれ比較的裕福な環境で育ち,子どもの頃からピアノやパイプオルガンを習っていた。奏楽の腕前は,パリのバッハ協会でオルガニストを勤めるほど。演奏会で得た収入はアフリカでの活動資金に充てられた。
 また,ストラスブール大学で神学博士と哲学博士の学位を取得し,カントやゲーテに造詣が深く,ストラスブール大学では神学科の講師だった。

 21歳のときに「30歳まで学問と芸術に専念,30歳から世のために尽くす」と決めたとのこと。予定どおり30歳でストラスブール大学の医学部で学び始め,38歳で医学博士を取得。
 事前に看護学を修めていた妻と共に,医師を必要としていたガボン(当時は仏領赤道アフリカの一部)へ出発した。


わたしは、三〇歳に達してから医学を修め、海外でこの理想を実地に試みようと決心した。一九一三年のはじめ、わたしはドクトルの学位を得て、同年春、これよりさきに看護学を学んだ妻を伴い、赤道アフリカのオゴウェ河畔でわたしの活動をはじめようと旅立った。

『水と原生林のはざまで』14ページ

 なお,シュヴァイツアーは実存主義で知られるフランスの哲学者,ジャン=ポール・サルトル(1905-06-21~1980-04-15)とは,遠い親戚にあたる。
 シュヴァイツアーの従姉妹の息子がサルトルなのだそうだ。


ガボン共和国

 『水と原生林のはざまで』の舞台は,アフリカ西海岸のガボン。
 日本から遠く馴染みも薄い国なので,位置や特徴を確認しておこう。

 右下地図の中程にある「ランバレネ」がシュヴァイツアーが活躍した場所。
 他の本の中の頻出地名は,リーブルビルとカプ・ロペス。
(地図はクリックで拡大できる。)

 正式国名はガボネーズ(Gabonese Republic)。
 国名の由来はポルトガル語の「ガバオ」で,船の乗組員が着ていたオーバーコートのこと。オゴウェ川の河口にある丘が,このコートを広げたような形をしていることからポルトガル人が名付け,国名になったとのことだ。

 アフリカ西海岸で大西洋に面し,首都のリーブルビルは人口70万人で,赤道直下に位置する。国土は本州と四国をたしたくらいで,人口210万人。
 海岸部はマングローブの沼地,南部はサヴァナで北部と東部は山岳地帯。海岸近くまで標高が高いため,川は河口付近では急流になっている。

 気候は熱帯雨林気候とサヴァナ気候,一部ステップ気候。
 年に2回の乾季があって,5月~9月,12月~1月がこれにあたる。
 リーブルビルの平均気温は,1月26.9℃,7月24.4℃。年降水量は2510mm。

 産油国で石油が経済の柱となっており,レアメタルのウラニウム・マンガン,それから鉄鉱石も採れる。また,林業国でもあり,木材やベニヤ板も主要な輸出品目になっている。

 人口密度が非常に小さく,8.1人/m^2。北部にはピグミー族(身長が低く狩猟採集を生業とする民族)が住んでいる。
 13の国立公園が国土面積の11%を占め,今でも手つかずの自然が残る。ゾウやゴリラなどの大型野生動物も多く棲息している。『水と原生林のはざまで』にもカバやゾウについて書かれている。

 15世紀にポルトガル人がやってきて以降,象牙と奴隷の貿易が行われ,その後フランスの保護領を経て仏領赤道アフリカへ編入され,1960年に独立した。

ガボン国旗とシュヴァイツアー

 独立を機に制定されたガボンの国旗は緑・黄・青の三色で,「緑=森林」「黄=太陽と赤道」「青=船乗り」を表している。
 これはシュヴァイツアーの『水と原生林』から着想を得たと言われているそうだ。シュヴァイツアーは度々カヌーや船について,また原生林と木材,太陽の光について書いている。


参考:
宮路秀作の「やっぱり地理が好き」
【地誌編】171カ国:ガボン🇬🇦 – 宮路秀作(代ゼミ地理講師&コラムニスト) https://voicy.jp/channel/803/91519


過酷を極める赤道アフリカでの医療の記録

所感

 この本は,高校一年生の時に一度読んだ。
 薄い文庫本だが内容は濃く,病名など難しい漢字が使われ読むのに苦労し,図書館の貸出期限が来て2回も更新した。結局,読破するのに3週間かかったが,不思議と放り出す気持ちにはならない本だった。

 今改めて読み返してみると,昔と違って本の中に出てくる病気や動物,土地など,ネットで確認しながら読むことができ,理解も以前より遙かに楽だった。今回はゆっくりじっくり読んだにもかかわらず,3日で読み終えた。

 1行1行に重みがあり,迫力があり,感じ入るところがある。そんな本だ。
 生涯手元において,たまに読み返してみるべき書物のように思えた。


表記と差別のこと

 1世紀も昔のことなので,考え方や言葉遣いに違和感を覚える方もあるかもしれない。
 たとえば,現地の黒人のことを「原始人」とか「土人」と表現されている。また,白人は兄で黒人は弟であるとか,黒人達に白人と同じ教育が必要だとは思わない等々。

 しかし,現代の感覚で読んではならない。
 シュヴァイツアーは決して差別的な心を持った人ではない。それは読めば文章の端々から感じることができる。


水平線上に帯のように見える森が、もし傍観してきた恐ろしい事実を残らず語る口をもっているならば、と思う。奴隷商はここに上陸して、生きた商品をアメリカへ運ぶために船に積んだ。ある大商会の店員で今度三度目にコンゴの任地へ行く人がわたしに言った、「今日でもまだ万事片づいたわけではない。黒人に火酒や彼らの知らない病気を運びながら、その代りに財宝を与えたとて、それでこの不幸をつぐなうことができるか」と。

『水と原生林のはざまで』 28ページ

 彼はヨーロッパ人がアフリカで犯した多くの罪を自覚し,つぐなうために自分ができることを実行すべく赤道の地へやってきた。彼は,ヨーロッパ人にはつぐなうか否かを選択する権利はない。つぐなわなければならないと考えていた。
 そして決して揺るがぬ心で,90年の長い生涯に渡りつぐないを実行し続けた。

 彼は現実に当時その場所の空気を吸って,水と原生林の狭間で日々苦労を重ね,黒人達の現状を把握し,自ら見聞きし経験したあらゆる要素を考慮に入れて熟考し,それに基づいて考察し書いているのだ。


わたしは、年寄った土人と病院で人生の最後の問題について語りあい深い感銘をおぼえた。原生林人と、自己、人類、世界、永遠との関係について疑問を語りあうならば、白人と黒人、教養の有無の差別は消えてしまう。「黒人らは白人より深みがある。それは新聞などを読まないからだ」と、このごろある白人がわたしに言った。この逆理の中になにか真理が含まれている。

『水と原生林のはざまで』150ページ

原生林の地で開く哲学の目

 本書は現地での医療と伝道の記録でありながら,また哲学者の一面を持つシュヴァイツアーの哲学の書でもあると思う。


わたしはいちじるしい倦怠と貧血とにもかかわらず驚くばかりの精神のはつらつさを保っている。昼間、あまり緊張しなかった日は、夕食後二時間、人類思想史における倫理と文化に関するわたしの研究をすることができる。 

『水と原生林のはざまで』 144ページ

昼食から、病院の仕事をはじめるまでのあいだと、日曜日の午後とは、わたしの音楽の時間である。そのときにも、世をはなれた仕事の幸福を知る。わたしは、バッハの多数の楽譜を、以前よりもよほど単純に、また内面的に理解することを学ぶ。 

『水と原生林のはざまで』145ページ

アフリカにいて自分を正しく持するには、精神的労作をなさねばならない。不思議に聞こえるかもしれないが、教養ある者は、ない者にくらべて、原生林の生活に堪えやすい。なぜならば前者は後者の知らない慰めをもつからである。 

『水と原生林のはざまで』145ページ

 帽子を被らずに陽光の下を数歩歩いただけで,ヨーロッパ人は命を危険にさらすほどの酷い日射病になり寝込んでしまわねばならないほどの赤道の国。
 そこで日々肉体労働で忙しく働きながら,シュヴァイツアーは哲学や音楽を忘れることは無かった。その生活の中でこそ開く目というものがあったようだ。


その日、わたしが帽子なしで夕日を眺めていると、古参のアフリカ通がわたしを戒めて、「今日から先は、たとえ暑くなくとも、また太陽が昇るときでも日中でも、日が沈むときでも、あるいは晴天でも曇天でも、太陽を第一の仇と思わなければいけない。その作用の理由は説明できないが、赤道の近くにいくまえにすでに恐ろしい日射病が現われ、見たところはおだやかな朝日や夕日が中天に輝く太陽よりも恐ろしいことはわたしの言を信じていい」と語った。 

『水と原生林のはざまで』25ページ

そこでわたしは患者と付添の人たちに話しはじめる、「ドクトル夫妻がここオゴウェに来るようになったのは主イエス様のお示しである。そして病むあなたたちのためにここではたらけるように、ヨーロッパの白人たちが資金を出してくれるからである」と。それからわたしは問われるままに、その人たちは誰で、どこに住まい、どこから彼らの病苦を聞き知るかなどを答えねばならない。コーヒー樹のしげみを通して、アフリカの日が暗い小屋の中に射してくる。わたしたち黒人も白人もそこに膝をつきあわせて「あなたがたはみな兄弟なのだ」ということを経験する。ああ、ヨーロッパで後援してくれる友人たちが、このようなひとときそばにいてくれたならば!……

『水と原生林のはざまで』97ページ

 遠い時代の遠い国での出来事だ。
 けれど,本書はきっと,読んだ者の心に何かの痕跡を残すだろう。私自身,きっとまたいつの日か手に取って,本の中に感じた何かを再びすくい取るために読む日が来ることと思う。


ローズ・ワイルダーの物語

小さな家シリーズの前日譚と後日譚

 『大草原の小さな家』シリーズの後日譚,ローラの娘のローズの物語。
 このシリーズは,ローズ・ワイルダー・レインの養子で,ローズから直接子供時代の話を詳しく聞いたロジャー・リー・マクブライドによって書かれている。

 ローラ・インガルス・ワイルダー自身が出版した本は8冊だけだった。
 ローラシリーズの『はじめの四年間』及び『わが家への道』も,ローラの死後,このシリーズの著者であるマクブライド氏によって出版された。
 『はじめの四年間』は草稿のまま,『わが家への道』はローラの日記にローズの捕捉を追加した形での出版。よく知られるように,ローラのシリーズは,既に作家として活動していたローズの渾身の指導があってできあがった物語なのだ。

 小さな家シリーズ前日譚,キャロラインや更にその祖先にあたるシャーロットやマーサのシリーズは,ローズシリーズとは作者が異なっており,読んでいても世界を見る視点が異なっていることを感じる。
 これらの前日譚・後日譚はどちらも本の出版に本人が関わっていないため,物語上の事実とは異なる脚色は,ローラシリーズ以上に増えているのかもしれない。

 しかし,それでもこれらのシリーズはできる限り事実に忠実に物語を構成しようと努力された本であり,出版の経緯を踏まえた上で読むことに違和感は感じなかった。子どもの頃から好きだった物語を見届けさせてもらえてよかったと思う。

 ローズシリーズは,残念ながら最後の2冊が邦訳されていない。日本では未出版なのだ。
 日本での最終巻,『ロッキーリッジの新しい夜明け』の翻訳本が出版されて約20年が経過したことを思えば,今後出版される希望もなさそうで残念だ。
 できればマーサやシャーロットの物語も含め,全てが邦訳され,入手しやすい電子書籍になってくれればと願ってやまない。 


ロッキーリッジの小さな家 (新大草原の小さな家 1)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(絵) 谷口由美子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1994/09/26
  • メディア: 単行本

 前半は,1894年の夏,サウス・ダコタ州デ・スメットからミズーリ州マンスフィールドまでの移住の旅。『わが家への道―ローラの旅日記』の内容を,ローズを主人公として語り直している感じになっている。
 ローラの旅日記と同じことも出てくるし,同じ場面がもっと詳しく書かれていたり,ローズ視点の異なるエピソードがあったりする。

 後半は農場を手に入れ最初の冬を迎える準備ができるまで。
 農場はローラによってロッキーリッジ(岩尾根農場)と名付けられ,近所の人たちとも知り合いになる。

 ローラ・インガルス・ワイルダー作の小さな家シリーズと比べると文調が異なり,自然描写が今ひとつ詩的でない気がするし,服や食べ物の描写も乏しく少し物足りない気がする。ローラのシリーズを通して20回は読んでいる私には別のシリーズだという感じは否めないが,別のシリーズだと思って読めば問題ない。
 開拓少女として育ったローラが母となり,その後をどうやって過ごしたかがわかって興味深い。ローズはまだ幼いが,とても意志がはっきりした少女である事がわかる。

ローズ 7歳。
インガルスの親戚と最後の別れをし,クーリーさん一家と共にワイルダー家は新天地へ向かう。

デ・スメットからマンスフィールドまで幌馬車の旅の間にローラが綴った日記。

オウザークの小さな農場 (新大草原の小さな家 2)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド著 デービッド・ギリース絵 こだまともこ・渡辺南都子訳
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1995/04/14
  • メディア: 単行本

 物語の最後でローズは8歳。
 オウザーク丘陵で,ワイルダー家の新しい生活が始まった。引っ越した直後から,引っ越して来て1年後の秋の収穫月が高々と照る季節まで。1894年~1895年,最初の1年の物語だ。

 新しい家のお祝いにアルマンゾがローラのために買った新しい料理用ストーブの話が印象的だった。立派な料理用ストーブを贅沢品と断じ,内緒でそれを買ったアルマンゾを非難し,頑固に拒否するローラ。
 ローラが苦労するところを見たくない,ローラに喜んで欲しい,ローラが楽に働けるようになって欲しいというアルマンゾの心遣いなど完全無視だ。そして,そんなローラの怒りをのらりくらりとかわし「まぁ見ててごらん」とローズに話すアルマンゾ。
 『大草原の小さな家』シリーズでもローラの頑固な性格が前面に出るエピソードは幾つもあった。『大草原の小さな町』で,ワイルダー先生に反抗して学校から帰された逸話などが即座に思い浮かぶ。あのローラがそのまま大人になって,大人になった分だけ面倒さに磨きがかかった感じだ。穏やかなアルマンゾは,そんなローラをよく理解しサポートし良い夫婦なのだと感じさせられた。

 ただ,2冊目を読んでもローズがどんな人なのか今ひとつわからない。ローラシリーズはもちろん,キャロラインシリーズでもキャロラインがどんな人物なのか生き生きとわかったのだが。
 学校に行きたくないローズの様子から,ローズがマンスフィールドの人々に馴染んでいないことはわかる。ローズが学校の文庫から最初に選んだ本『革脚絆物語』※を読んでみたいと思った。

※『革脚絆物語』(かわきゃはんものがたり, Leatherstocking tales)
 著者:ジェイムズ・フェニモア・クーパー(James Fenimore Cooper, 1789~1851)

ローズ 8歳。
ローズは町の学校に通い始める。

大きな赤いリンゴの地 (新大草原の小さな家 3)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(イラスト) 谷口由美子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1995/11/20
  • メディア: 単行本

 1895年,ローズ9歳の秋に始まり,1896年,ユタ州が45番目の州として合衆国の仲間入りをした年の夏の終わりまでの物語。

 1896年,アルマンゾはロッキーリッジに新しい農家の建築を開始した。まず台所と玄関の間,そして屋根裏の寝室で,ローズも自分だけの部屋を手に入れる。

 「恋仲」という大人の世界に興味を抱く年頃になったローズ。自分のロバを手に入れ,また嘘をつく恐ろしさも知る。クリスマスの時期が近づくと,家族のクリスマスプレゼントの準備で忙しく過ごすが,そんな中で,プレゼントをもらったことがない近所の子供に心を砕いたりもする。
 大人に向かって成長していくローズにとって,人生も仕事も新しいことだらけなのだった。

 夏の日差しから樹皮を守るために,リンゴの幹の地面から最初の枝までにしっくいを塗るのだそうだ。開拓者の娘だったローラの物語には果樹についての話は全く書かれていなかったので初めて知った。

 また,暖かい日に激しい仕事をした日には「スウィッチェル」を飲んでいたそうだ。これはリンゴ酢と蜂蜜と生姜で作る飲み物で,身体に良さそう。ネットで調べると簡単なレシピが幾つも見つかった。

 蜂蜜を利用するために,発見した蜂の巣を,蜂の群れを導きながら引っ越しさせる話が面白かった。
 一人一人が頭を使って創意工夫して様々な問題を日々解決しながら暮らしていく生活だ。個人の資質が生活に直結しそうだ。

ローズ  9歳。
ロッキーリッジは順調に大きく豊かになっていく。

丘のむこうの小さな町へ (新大草原の小さな家 4)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(イラスト) こだまともこ・渡辺南都子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1996/05/24
  • メディア: 単行本

 ロッキーリッジへ越してきて2年後,ローズは11歳。
 物語は,ワイルダー家が懇意にしている隣人,エイブとエフィーの結婚式の夜から始まる。エイブとエフィーには双子が誕生し,ロッキーリッジは豊かになり穏やかな日々が過ぎて行く。
 しかし,ワイルダー家には転換期が訪れようとしていた。

 この頃になると,ローズは線路の続く地平線の向こうへ思いを馳せるようになっている。将来町を出て世界を駆け回るローズの片鱗が現れているのかもしれない。

 近所で助け合う豚の解体,流行のタモシャンター帽,それから学校のクロウ先生。願いのかなう本に,学友のブランチの誕生日パーティ。
 だがその後,農場に天災が続く。竜巻に襲われ,雨の春のあとにやってきた日照り続きの日々,夏の山火事。ロッキーリッジに苦難の時が訪れた。
 また,ワイルダー家と一緒にデ・スメットから移住してきたクーリー家にも列車の転覆事故という悲劇が起こる。

 1898年,ワイルダー一家は農場を人に貸し,丘のむこうの町へ引っ越すことになったのだった。アルマンゾの両親が,ルイジアナ州へ移住する途中でマンスフィールドに立ち寄ったのもこの年。
 少女時代を終え,少しずつ大人になってゆくローズの物語だ。

ローズ 11歳~12歳。
ロッキーリッジには平穏な日々が続いていたが,それも束の間,次々と天災が訪れる。

オウザークの小さな町 (新大草原の小さな家 5)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(イラスト) 谷口由美子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1997/05/26
  • メディア: 単行本

 ローズは12歳。
 ロッキーリッジからオウザークの町へ引っ越し,新しい隣人たちとの関係の中で町の生活に慣れてゆく。
 町で暮らし始めて,ローズの友人関係は少しずつ変わっていった。学友のロイスとネイト,幼なじみのポール。また汽車を見ながらの暮らしをローズは少しずつ楽しむようになっていく。
 ワイルダー家には下宿人が住むようになり,町では流れ者に出会ったり,ローズの世界は広がっていく。またこの年ローズは重い病に罹り,生死を彷徨うことにもなった。
 こういった経験の何もかもがローズを大人にしてゆく。

ローズ 12歳。
オウザークの町で暮らし始め生活や交友関係が変わってゆく。

ロッキーリッジの新しい夜明け (新大草原の小さな家 6)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(イラスト) こだまともこ・渡辺南都子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1998/05/25
  • メディア: 単行本

 十九世紀最後の日,ローズは13歳だ。

 幼なじみのポールは電信技師となって遠くの町へ旅立っていった。
 親友のブランチも,マウンテングローブ・アカデミーへ進学してマンスフィールドを去った。

 ローズは忙しく過ごしながらも年頃の娘としての好奇心を抑えられず,ロイスの妹のエルサと一緒にこそこそと遊ぶ計画を立てて両親を心配させたり,お金のかかる進学のことで悩んだりするのだった。

 ローズが進学のことで悩んでいたちょうどその時,デ・スメットから便りが届く。インガルスのおじいちゃんが重篤だというのだ。進学で悩むローズを残し,ローラは汽車に乗ってデ・スメットへ出発してしまう。懐かしくも悲しいローラの帰省の旅だった。
 「飲みかけのリンゴ酒の小びんちゃん」は「一ガロン入りのリンゴ酒の大びん。だれもまだ口をつけていないくらいの重いびん」になって,とうさんの枕元に座る。
 チャールズ・インガルスは,1902年6月8日にこの世を去った。
 デ・スメットで,ローラは懐かしい人たちの消息を知る。ボーストさんにメリー・パオワー,キャップ・ガーランドのその後が語られる。

 物語の最後,ローズは16歳になっている。
 将来についての相談相手であるブランチは甚だしく精神的成長を遂げていて,教育と環境はここまで人を作り替えるのかと驚いた。

 進学の望みを失い失望するローズだったが,彼女の前に,相変わらず我が儘と類い希なる魅力を併せ持った伯母,イライザ・ジェーンが登場した。ローラやアルマンゾとは反りが合わないイライザ・ジェーンだが,ローズにとっては良き理解者である素敵な伯母なのだった。


 ローズの物語は,この後『On the Banks of the Bayou』と『Bachelor Girl』の2冊が出版されているが,日本語訳はこの『ロッキーリッジの新しい夜明け』でお終いだ。
 残念だが,本書が出版されて20年以上が経過していることを思えば続きの邦訳が出版されることは期待できないだろう。
 ローズ自身が書いた自伝的小説『わかれ道』は谷口 由美子訳で出版されている。

ローズ 13歳~16歳。
親しい友人達がマンスフィールドを旅立ち各々の道を歩み始める中,進学について悩む。

結婚の失敗やポールとのその後などを基に書かれたローズの自伝的小説。

On the Banks of the Bayou (Little House Sequel)

  • 作者: Roger Lea MacBride(著) Dan Andreasen (イラスト)
  • 発売日: 1998/9/19
  • 出版社: HarperCollins; Illustrated版 (1998/9/19)
  • メディア: ハードカバー/ペーパーバック

 『バイユーの土手で』と訳せば良いのだろうか?
 バイユーとはミシシッピ川の三角州地帯などでゆっくりと流れる小川のことで,ルイジアナ州からテキサス州あたりに広がっているらしい。

 平易な英語で書かれている。高校生程度の英語力があれば,わからない単語を読み飛ばしても全体の意味は十分わかると思う。ローズのロッキーリッジからの旅立ちの物語なので,ローズのその後に興味がある方にはお勧めの本だ。


あらすじ

 1903年。16歳になったローズは,ローラに見送られ,マンスフィールドの駅から旅立つ。行く先は伯母のイライザ・ジェーンが住むルイジアナ州クラウリーだ。
 この本ではクラウリーの高校に通うローズの1年が描かれる。ローズは学んだことがなかったラテン語も克服し懸命に勉学に励みつつ,女性の権利のために活動をするイライザ・ジェーンの影響を大きく受けながら伯母の家での生活を楽しむ。
 そして,17歳で高校を卒業したローズは,大好きな伯母に別れを告げてマンスフィールドへ帰る列車に乗るのだった。

 ローズを呼び寄せたイライザ・ジェイン(E.J.)が住むルイジアナ州クラウリーはマンスフィールドに比べると大都会で,電話や電気があり,レストランやアイスクリームのパーラーもあり刺激的だ。ローズは生まれて初めて食べるアイスクリームに夢中になる。
 ルイ14世の名前に由来するルイジアナ州にはフランス語を話す人が多く住み,カナダからやってきたフランス系の移民や黒人も多く暮らす。まるで音楽のように聞こえるフランス語の響はローズを刺激する。
 また,母親のローラと違い,婦人参政権を目指す先進的な女性であるイライザ・ジェーンの活動を手伝いながら,ローズは今まで知らなかった世界の人々と知り合い,考えを深めてゆく。

 キャロラインが家族から離れてミルウォーキーの大学に行った時のことを思い出したが,キャロラインが家庭的な少女だったのに対し,ローズはE.J.に似て独立心と冒険心を多く持つ少女だ。E.Jと暮らしたこの1年がローズの生涯に与えた影響は計り知れない。

 かつてローラの「ワイルダー先生」だったE.J.のことを,アルマンゾもローラもいつまでも苦手としているようだったが,ローズの目を通して見るとまるで別人になったのが印象的だ。E.J.は類い希なる才能と実行力を持った魅力的な女性で,ローズにとって素晴らしい伯母だったようだ。
 イライザ・ジェーンはローズが未来を切り開く切っ掛けを与えた大きな存在なのだった。

ローズ 16歳~17歳。
伯母イライザ・ジェーンの家からルイジアナ州クラウリーの高校に通う。

Bachelor Girl (Little House Sequel) 

  • 作者: Roger Lea MacBride(著) Dan Andreasen (イラスト)
  • 発売日: 1999/9/1
  • 出版社: HarperCollins; Illustrated版 (1998/9/19)
  • メディア: ハードカバー/ペーパーバック

 タイトルは,『バチェラー・ガール』『独身婦人』『職業婦人』という感じだろうか。
 ローズの養子でローズから直接話を聞いたロジャー・リー・マクブライド氏によるローズシリーズの最終巻だ。


あらすじ

 1904年。
 ローズは伯母イライザ・ジェーンの家から通ったルイジアナ州クラウリーの高校を卒業し,マンスフィールドへ帰った。
 しかし,すぐに田舎暮らしに退屈し飽き飽きしてしまう。マンスフィールドの同世代の少女達はくだらなく見えるし,彼女が電信技師の学校に問い合わせる郵便を送っただけで近所の人を通じて母親が知ってしまうようなところも嫌いだった。

 ローズは両親に50ドルの借金をしてカンザスシティの学校へ進学する。カンザスシティはミズーリ州最大の都市だ。1900年の人口が163,752人,1910年で248,381人だから,当時,急成長を遂げていた都市だろう。ちなみに2010年には459,787人になっている。

 学校を卒業したら仕事を紹介してもらえるという話だったのにそんな話はなく,ローズは直談判でどうにかカンザスシティで電信技師の仕事を手に入れる。しかし,ローズは下宿先の家族から冷たくあしらわれ,給金も安く苦しい生活だった。そんな中,幼なじみで恋人のポールが1日だけ訪ねてくる。
 ドレスを新調し浮かれていたローズだが,出先で帰りの船がやって来ないというトラブルに見舞われ朝帰りとなってしまう。おかげで下宿先の夫人からとうとう引導を渡されたも同然となり,サンフランシスコの仕事に応募した。

 破れかぶれでサンフランシスコへ向かい懸命に仕事に取り組み,両親への借金を返したが,ローズは仕事一辺倒の日々を暗い気持ちで暮らしていた。
 海の景色を眺めて散歩することが,そんなローズの大いなる慰めの一つだった。海の向こうの知らない国々のことを考えるとローズはワクワクするのだった。初めて食べる海の魚も美味しい!

 そんなある日,ローズはひょんな事から仕事先でルイーズという少女と知り合う。ローズは,ルイーズやルイーズの母親と一緒に出歩くようになり,やがて彼女らの家に同居するようになる。ルイーズたちの生活は,ダンスにお酒,きらびやかな化粧,深夜のドライブなど,今までのローズの暮らしとはかけ離れたものだった。

 彼女らの派手な交友関係につきあって出かけた先で,ローズは未来の結婚相手となるジレット・レイン(ジル)と知り合う。
 ローズは,ポールを愛していたが,昔ながらの価値観に頑固に固執するポールに不満も抱いており,愛していないと思いつつもジルに惹かれていった。

 カリフォルニア州での不動産業に成功したジルは,土地を売る仕事をしないかとローズに提案する。土地を売るなど男の仕事だと思っていたローズは,自分にもそれができるかもしれないと思うとワクワクした。
 同時に,両親やイライザ・ジェーンから聞いた彼らが若い頃の物語,新しい土地の開墾の物語を思い出し,血が騒いだ。今度は自分の番なのだ! 新しい仕事に挑戦するため,ローズはジルと共にサンフランシスコを発つのだった。ローズは19歳になっていた。

ローズ 17歳~19歳。
高校を卒業し,マンスフィールドの実家を去り,都会で電信技師として働く。

小さな家シリーズの Index