玉川上水を歩く (22) 玉川上水第二公園

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index

   *****

1日目の2019年2月18日、四谷大木戸を出発し、
玉川上水暗渠の上の緑道を笹塚まで歩いた。

2回目2019年3月20日は前回の終点、
笹塚「南ドンドン橋」を出発。

まず南西方向へ歩き、
環七横断地下道を通り抜けた後、北西へ。
代田橋駅前から甲州街道に入って西へ向かい、
災害時給水拠点の巨大タンク前で井の頭通りの西へ。
その後、玉川上水暗渠の上をひたすら歩いた。

この記事で歩いた場所を地図上に赤く示す。

杉並区内の玉川上水暗渠の上には
3つの公園と1つの緑地が作られている。
下流から玉川上水公園・玉川上水永泉寺緑地、
そして玉川上水第三公園・玉川上水第二公園。
全長約2,000メートルの散歩道だ。

荒玉水道道路が500m以上続く玉川上水第三公園の西端で、
荒玉水道道路の西へ渡ると玉川上水第二公園が始まる。

玉川上水第二公園の東端
玉川上水第二公園の東端

第三公園と同じく、
公園内には動物のオブジェが設置されている。
そして人影がなく閑散としている。

玉川上水第二公園の動物のオブジェ
玉川上水第二公園の銘板

もちろん禁止看板には暇がない。

玉川上水第二公園の禁止看板

公園内の遊歩道は川の流れのようで、
地面の下の玉川上水を思い起こさせる。

玉川上水第二公園

共に遊ぶ子供もいない動物たちは
異様でもあり寂しそうでもあり、何だかシュールだ。

玉川上水第二公園の動物のオブジェ

猫を抱いた少女の彫像が立っていたが、説明もなかった。

玉川上水第二公園の猫を抱いた少女の像

禁止看板ばかりてんこ盛りに立てているくらいなら
公園に佇む彫像に説明の一つでも設置してあげればいいのに。
名無しの女の子の像が可愛そうに思えた。

玉川上水第二公園の野鳥の説明版

野鳥の説明版もやる気ないことこの上なし。
植物の名前も消えていて読めやしない。
やる気があるのは「禁止」だけ?

玉川上水第二公園の植物の説明版

禁止看板には暇がない。

玉川上水第二公園の禁止看板
玉川上水第二公園の様々な禁止事項

公園に入る度に禁止ばかりでうんざりだ。
禁止ばかり主張するより
公園を愛する心を育てた方が花を摘む人もいなくなるのでは。
…と、『北風と太陽』を思い出して思ったのだった。

玉川上水第二公園の禁止看板

こんなところにまで書かねばならいほど
公園の花が摘まれてしまうのだろうか。
日本人の民度も地に落ちたものだ…。

「花をとらないで」

動物のオブジェは園内に点在している。

玉川上水第二公園の動物のオブジェ
玉川上水第二公園の動物のオブジェ

玉川上水第二公園には、
水を流して玉川上水を偲ぶための設備があった。
3月は水が流れていなかったが、
季節によっては流れているのだろう。

玉川上水第二公園に残された上水の面影
玉川上水第二公園
玉川上水第二公園

玉川上水に興味がなければ気づかないかもしれないが
公園内には所々に水道局の敷地らしい設備があった。

玉川上水第二公園の東京都水道局テレメータ送信局

玉川上水についての説明版があり、
園内にあった上水を偲ぶ流れについても書かれていた。

玉川上水第二公園の玉川上水についての説明版

   玉川上水の変遷
 ここは玉川上水の跡地です
 玉川上水は 江戸の人びとに飲料水を供給するため 今から三百年前 当時で六千五百両の経費と一年間の歳月をかけて承応三年に完成したもので 西多摩郡羽村で多摩川の水を分流し 四谷大木戸の水門まで十里三十町(約四十二キロメートル)をはこぶ上水路でした
 その流れは清く 水に映す桜の花の姿は美しく 長いあいだ江戸の人びとに親しまれ愛されてきましたが 昭和四十一年 水不足の東京へ利根川から水をひく送水管を埋設するため 区内ではその姿を消しました
 杉並区では 往時を偲び 園内にて 上水の面影をここに残しました
   昭和四十九年五月   杉並区

玉川上水第二公園の説明版
玉川上水第二公園の西端

玉川上水第二公園は西の端で甲州街道にぶつかって終わる。
公園を出るとまたしばらく、甲州街道を歩くことになる。

玉川上水第二公園と甲州街道の合流点

玉川上水を歩く (21) 玉川上水第三公園

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index

   *****

1日目の2019年2月18日は四谷大木戸を出発し、
玉川上水暗渠の上の緑道を笹塚まで歩いた。

2回目2019年3月20日は前回の終点、
笹塚「南ドンドン橋」を出発。

まず環七通りまで南西方向へ歩き、
環七横断地下道を通り抜け北西へ。
代田橋駅前から甲州街道に入って西へ向かい、
災害時給水拠点の巨大タンク(和泉水圧調整所)前で
井の頭通りの西へ。
玉川上水暗渠の上に作られた玉川上水公園を通り、
京王井の頭線を越えて再び甲州街道へ出た。

杉並区内の玉川上水暗渠の上は
東京都水道局から借地して3つの公園と1つの緑地が作られている。
下流から玉川上水公園・玉川上水永泉寺緑地、
そして玉川上水第三公園・玉川上水第二公園。
全長約2,000メートルの散歩道だ。

この記事で歩いた場所を地図上に赤く示す。

永泉寺緑地と第三公園の間に架かる
下高井戸橋から玉川上水第三公園を見下ろす。
東端のサーキットはローラースケート場らしい。

下高井戸橋から見下ろした玉川上水第三公園

第三公園のすぐ北に龍泉寺という寺があり,
説明版に玉川上水と橋について記されていた。

龍泉寺についての説明版

   龍泉寺
 当寺は、嶺玉山と号する曹洞宗寺院で、本尊は釈迦如来坐像です。
 開創年代は、元禄・享保の二度の火災により記録を消失したため明らかではありません。寺伝によれば、慶長八年(一六〇三)八月、江戸麹町(現千代田区紀尾井町)に開創されたと伝えられています。
 開山は、当時の本寺であった江戸四ツ谷北寺町(現新宿区舟町)の雄峰山全勝寺二世普庵瑞迪(しんあんずいてき)大和尚で、元和七(一六二一)年三月に亡くなっています。
 寛永年間(一六二四~一六四四)に、江戸麹町から四ツ谷南寺町(現新宿区須賀町)に移転し、更に明治四十二(一九〇九)年,同地の区画整理に伴い当地へ移転しました。
 この門前を流れていた玉川上水には、木造の龍泉寺橋が架かっていて、春は桜が清流に映え、六月は河岸を蛍が飛び交い、杉並でも指折りの景勝地でした。
 また、当寺には「六地蔵」と共に、「北向地蔵」と呼ばれる高さ一メートルの石造の地蔵菩薩像があり、江戸時代から額に北風を受けることから、熱病などに大変霊験あらたかと、篤い信仰を集めていたと伝えられています。
   平成三十一年二月 杉並区教育委員会

杉並区教育委員会の説明版

ここに記される龍泉寺橋は道路整備で取り壊され
代わりに架けられたのが下高井戸橋であるらしい。

龍泉寺

恒例の禁止看板。
一つの公園内の同じ看板は1枚だけ撮ったので、
当然たったこれだけだったわけではない。

この公園の遊具の特徴は、
玉川上水を思い起こさせるためなのか船のジャングルジム。
それから数々の動物のオブジェだ。

玉川上水第三公園
玉川上水第三公園の遊具
玉川上水第三公園の船のジャングルジム
玉川上水第三公園の動物のオブジェ
玉川上水第三公園の動物のオブジェ
玉川上水第三公園の動物のオブジェ
玉川上水第三公園

玉川上水第三公園は全長500mを越える。
その中程には暗渠に架かる小菊橋があった。

小菊橋
小菊橋

橋を横切り公園の西半分へ差し掛かる。
やはり沢山の動物のオブジェが並び、
人っ子一人見当たらない園内は
少々不気味に見えた。

玉川上水第三公園
玉川上水第三公園の動物のオブジェ
玉川上水第三公園の禁止看板

この公園の開園は昭和46年7月。
団塊ジュニア世代に向けて整備されたのだろうか。

玉川上水第三公園
玉川上水第三公園

この日は一部工事中で立ち入り禁止だった。
あまりにも閑散としていたので、
工事が終わった公園に人が集い賑わうことを
思わず心から願ったのだった。

玉川上水第三公園
玉川上水第三公園

玉川上水第三公園の側道から周辺の住宅地へ下りる階段があり
玉川上水が尾根筋の高い部分を流れていることがよくわかった。

玉川上水第三公園側道から住宅地方面へ下りる階段
玉川上水第三公園の西端

都道428号線、荒玉水道道路が
玉川上水第三公園の西端。
道路を横切ると玉川上水第二公園となる。

ちなみに荒玉水道(あらたますいどう)は
東京の人口が増加した大正から昭和中期に、
多摩川の水を
世田谷から中野・板橋方面へ送った地下水道管。
中野区には今も野方配水塔が残っているらしい。