地名の楽しみ

本の概要

  • 地名の楽しみ(ちくまプリマー新書)
  • 著者 今尾恵介
  • 出版 筑摩書房
  • 発売 2016/1/10

由来を辿ればその土地の歴史や地形が見えてくる地名。古いものは古代から、人々の生活の近くにありその数、数千万から億単位ともいえる地名の多彩で豊かな世界を楽しもう。

「BOOK」データベース


 「ちくまプリマー新書」は2005年1月に創刊されたシリーズ。大人の学び直しや学生の学びに役立つテーマで,原稿用紙150枚程度のコンパクトな分量で読める。


著者

 著者は地図研究家で,日本地図センター客員研究員・日本地図学会「地図と地名」専門部会主査を務める。著書は下記のほか多数。

  • 『地図マニア 空想の旅』(第2回斎藤茂太賞受賞)
  • 『今尾恵介責任編集 地図と鉄道』(第43回交通図書賞受賞)
  • 『日本200年地図』(監修・日本地図学会2019年学会賞受賞)
  • 『地図帳の深読み』
  • 『地形図でたどる日本の風景』
  • 『地名崩壊』
  • 『ゆかいな珍名踏切』

地名は過去への道標

 本書は,日本土地家屋調査士会連合会の機関誌『土地家屋調査士』に2012年から3年半ほど連載した内容を,近代以降の日本の地名の扱われ方,地名の構造などに重点を置いて加筆修正されたものだ。


 たとえば,河岸段丘は「ハケ」や「ママ」と呼ばれた。
 「タ」は「○○のある所」の意,「ハバ」は段差。
 このような古来からの呼び方を地形の成り立ちと共に解説し,その後,漢字の伝来と共に漢字があてられ,場合によってはぴったり表せる「国字」が作られ定着したことが説明される。

 よく知られる地形を表す国字に「峠」がある。
 「トウゲ」の言葉は,峠の神に手向ける「タムケ」が転じたもの。
 あるいは峠が稜線の鞍部であることから,撓んだところを超える「タワゴエ」が 転訛したという説があるそうだ。


 土地の記憶を伝えてきた地名だが,地名は明治以降数回行われた市町村大合併により多くが失われ,新たにされてきた。
 合併による新しい地名の命名法は様々で,代表例が数多く紹介されている。人々は農村らしさを嫌い。縁起の良い地名を求め,高くない「丘」や「台」も次々に誕生した。

 しかし,地名の命名はあくまで「相対的な価値判断」なのだ。狭い範囲での段差や窪みなどが基準になっていることもある。
 東日本大震災以降,地名と安全性を結びつけるメディア企画を見かけるが,安易に地名から決めつけるのは,非科学的かつ無責任なもので,不当に資産価値を落とすことに繋がりかねないということだ。
 安全性の確認には,地理的地学的理解が必須なのである。


 馴染みのない地名や言葉が多く取っつきにくい部分もあるかもしれないが,本書により今まで注意を払ったことがなかった地名や住所表示に意味を見いだす機会が増えたと思う。


 ところで,地名を「過去への道標」(Signposts to the Past)と呼んだのは英国の地名学者だそうだ。
 調べてみると,マーガレット・ジョイ・ゲリング(Margaret Joy Gelling,1924-11-29 ~ 2009-04-24)がその人で,イングランドの地名についての著書があった。この本も面白そうである。

Signposts to the Past: Place Names and the History of England (Everyman Paperbacks) ペーパーバック – 1981/5/1

謎解き 聖書物語

本の概要

  • 謎解き 聖書物語(ちくまプリマー新書)
  • 著者 長谷川修一
  • 出版 筑摩書房
  • 発売 2018/12/10

ノアの方舟、バベルの塔、出エジプト…旧約聖書の有名な物語の数々。それは本当に起こったことなのか?それともたんなるフィクションに過ぎないのか?最新の考古学的知見を用いながらひとつひとつ明らかにする。旧約聖書の物語がこれ一冊でわかる!

「BOOK」データベース

 「ちくまプリマー新書」は2005年1月に創刊されたシリーズ。大人の学び直しや学生の学びに役立つテーマで,原稿用紙150枚程度のコンパクトな分量で読める。


著者

 この本の著者は,オリエント史・旧約学・西アジア考古学が専門。
 ハイデルベルク大学神学部博士課程で学び,テルアビブ大学ユダヤ史学科博士課程を修めているとのこと。
 本書のほか下記のような著書がある。

  • 『聖書考古学 – 遺跡が語る史実』(中公新書)
  • 『旧約聖書の謎 – 隠されたメッセージ』(中公新書)
  • 『ヴィジュアルBOOK 旧約聖書の世界と時代』(日本キリスト教団出版局)

歴史と神学ふたつの視点

 中高生向けのちくまプリマー文庫なので,聖書の知識がなくても分かるように丁寧に書かれている。しかし,既知の知識が多いとその分だけ全体的に冗長に感じることは否めない。

 とはいえ,オリエント史・旧約学・西アジア考古学の専門家であり,神学の知識も豊富な著者であるゆえ,多方面からの視点で西アジアの古代史と各地に点在する伝承,『ギルガメシュ叙事詩』やメソポタミアの洪水,バビロン捕囚などと,ノアの箱舟やバベルの塔,出エジプトなどの旧約聖書の逸話を関連付けた考察は興味深い。

紀元前八世紀後半以降、西アジア一帯では、標準版の『ギルガメシュ叙事詩』を教材のひとつとしてアッカド語を学ぶ人びとがいたらしい、ということになります。また、バビロニアにつれてこられた南ユダの人びとは、アッカド語を話すバビロニア人たちと接することにより、メソポタミアに伝わる伝承について学ぶ機会がさらに増えたことでしょう。

『謎解き 聖書物語』

 聖書の文章をよく知る人なら,本書の中の聖書からの引用文を読んで「あれ?」とひっかかるのではと思うが,然り,全て著者が自分で翻訳した文章だった。
 この本に書かれていることは,ヘブライ語やギリシャ語の文献を著者自ら解読して導き出した考察なのだった。

 また,キリスト教国ではない日本では注意が払われていないが,「旧約聖書」という呼び方は一方的なキリスト教視点の名称だということだ。言われてみればその通りなのに,本書の指摘を読むまで気づいていなかった。

欧米では、『旧約聖書』という呼び名が、キリスト教にかたよった呼び方である、という考え方が、とくに近年つよくなっています。そのため、最近では書物が書かれた言語に注目した、『ヘブライ語聖書』という呼び方も定着してきました。

『謎解き 聖書物語』

 「イエス・キリスト」という呼び名についても,一般教養としてもっと認識されるべきだろう。

「キリスト」はイエスの苗字ではありません。キリスト教徒がイエスのことを救い主である、と表明するときに「イエス・キリスト」と呼ぶのです。たまに教科書などで「イエス・キリストがうまれた年を紀元元年とした」という説明がありますが、「キリスト教が」という主語がない場合、その執筆者がイエスを救い主と考えている、と解釈されかねません。

『謎解き 聖書物語』

 歴史・神学どちらの視点も持ち合わせている本書は,キリスト教には縁がなくても世界史的に大きな影響を持つ聖書という書物自体に興味を持てる内容になっていると思う。