玉川上水を歩く (10) 西原地区(幡ヶ谷緑道)

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index

玉川上水旧水路緑道(西原地区)

四谷大木戸を出発。
新宿御苑の横を通り過ぎ、新宿駅を通り抜け、
葵橋跡を眺め、西新宿の高層ビル前を通り、
玉川上水を遡る。

新宿から笹塚までの玉川上水は暗渠になっており、
暗渠の上は「玉川上水旧水路緑道」として整備されている。

代々木地区と初台地区を通り過ぎ、
幡ヶ谷駅から先は渋谷区の西原地区となり、
玉川上水旧水路緑道も「幡ヶ谷緑道」と名前を変える。

玉川上水旧水路緑道(西原地区)を示す看板

西原地区になったところに日時計があった。

玉川上水旧水路緑道(西原地区)の日時計

日時計からすぐの所に最初の橋跡、
新台橋(しんだいばし)がある。

新台橋(しんだいばし)
新台橋(しんだいばし)
新台橋(しんだいばし)

新台橋は如何にも新しいモニュメントだが、
周辺に橋のいわれなどを記す案内はなく、
ネットでも特に情報は見つけられなかった。

新台橋(しんだいばし)

幡ヶ谷緑道は脇に駐輪場があったりもせず、
遊具も見当たらず、
静かに散歩するための緑道という雰囲気。

玉川上水旧水路緑道(幡ヶ谷緑道)

たまに東京都水道局の基準点が埋め込まれており
玉川上水の暗渠の上であることを主張している。

東京都水道局の基準点(幡ヶ谷緑道)

その次にあるのが木製の西代々木橋(にしよよぎばし)。
『上水記』には「勘右衛門橋」と記され、
その後の明治3年(1870年)の記録でも「勘右衛門橋」。
そして明治39年(1906年)の記録から
「西代々木橋」になっている橋だそうだ。

西代々木橋(にしよよぎばし)
西代々木橋(にしよよぎばし)

玉川上水を調べていると度々出てくる
『上水記』(1791年/寛政3年)だが、
これは玉川上水開削から137年後の寛政3年(1791年)に、
徳川幕府普請奉行(ふしんぶぎょう)上水方
石野広通(いしの ひろみち)によって作られた、
江戸上水の幕府公式記録。
主に神田上水と玉川上水の建設が記録されており、
天明8年(1788年)から3年がかりで3部作成されている。

西代々木橋(にしよよぎばし)

緑道にはたまに案内板があって、
橋の名前や周辺の施設が示されている。

旧玉川上水ルートの案内板(西原地区)
玉川上水旧水路緑道(西原地区)

西代々木橋の次は、
西原商店街に繋がる二字橋(ふたあざはし)。
比較的新しい橋なのか、
最初の記録は明治39年(1906年)のようだ。
二字橋という名前の由来も不明。

二字橋(ふたあざはし)

代々木4丁目の三字橋(みあざばし)は
新町・初台・山谷という三つの字に架かることが由来だったので
こちらも2つの字の町を繋ぐ橋だったのだろうか。

二字橋(ふたあざはし)
二字橋(ふたあざはし)
二字橋(ふたあざはし)
二字橋(ふたあざはし)から見た緑道
二字橋(ふたあざはし)
二字橋(ふたあざはし)から見た西原商店街

橋を渡った先には昔ながらの商店街と思われる
西原商店街になっている。

NISHIHARA STREET (西原商店街)

玉川上水を歩く (9) 初台緑道と代右衛門橋

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index

四谷大木戸を出発。
新宿御苑の横を通り過ぎ、新宿駅を通り抜け、
葵橋跡を眺め、西新宿の高層ビル前を通り、
玉川上水を遡る。

新宿から笹塚までの玉川上水は暗渠になっており、
暗渠の上は「玉川上水旧水路緑道」として整備されている。

玉川上水旧水路 初台緑道
初台緑道横の商店街

代々木地区を通り過ぎ,
山手通りの首都高中央環状線の高架をくぐって初台地区へ入る。
初台地区はけっこう長く続き、
伊東小橋跡を通り、
初台駅に続く通りを渡る改正橋跡を越えて更に西へのびる。

初台緑道の駐輪場

緑道の横には雰囲気の良い商店が並んでおり、
昔ながらの店もありそうだった。
こんな店で傘を買ってみたくはないだろうか?

初台緑道横の商店街の看板

初台駅から幡ヶ谷駅まで区間には
「玉川上水旧水路 初台緑道」という名前がついていて、
初台駅寄りには公衆トイレや遊具がある。

初台緑道の遊具
初台緑道の遊具

緑道に沿って、
玉川上水を思い起こさせる水路が設けられていた。
水路に水が流れるのは夏場だけ、
7月13日~8月31日の間だけらしい。
2月のこの日は乾いた水路でスズメたちが遊んでいた。

初台緑道の水路
初台緑道の水路
初台緑道の水がない水路で遊ぶスズメたち

水路の横は桜並木となっている。
桜の頃は綺麗だろう。

初台緑道の新水施設の稼働について

玉川上水が流れていたことを思い起こさせる
水道の基準点の柱が水路脇に埋め込まれていた。

水路横の基準点

初台緑道の端には目立つモニュメントが立っていた。

初台緑道のモニュメント

初台緑道の終点、
西原地区との境目、幡ヶ谷駅跡の交差点に
代右衛門橋がある。

代右衛門橋
代右衛門橋

気をつけて見ないと、
道路との境にある単なるガードレールだと思って通り過ぎてしまいそうだ。

代右衛門橋

橋の名前の由来は寛政年間(1789~1801)の大地主、
並木代右衛門。
『上水記』(1791年/寛政3年)に
代右衛門橋の名が書かれているとのこと。

その後の記録では、明治3年(1870年)に代々木橋、
明治39年(1906年)に代右衛門橋と記されているそうだ。
歴史ある橋である。

代右衛門橋のあと短い緑道が続き、
旧水路緑道は初台地区から西原地区へと移り変わる。

玉川上水旧水路緑道

所々に東京都水道局の基準点が埋め込まれている。

東京都水道局 基準点

初台地区と西原地区の境目の道路。
ここには橋の跡は見当たらなかった。

初台地区と西原地区の境目