講談社文庫の天沢退二郎編(1971年)を2回続けて読んだ直後に,本書,古典名作文庫編集部編(2023年)を読んだ。おかげで内容はほぼ把握しており,また仮名漢字表現が現代文らしくなっていて読みやすかったため,表現に注意を払いながら読むことができた。
ブルカニロ博士とマルソはこの本でも登場しており,現代普通に読まれる『銀河鉄道の夜』は第三次稿が土台なのだろうか。
銀河鉄道の夜,風の又三郎,ポラーノの広場 ほか3編 (講談社文庫) – かわゆら
本の概要
- 出版社 : 千歳出版 (2023/8/25)
- 発売日 : 2023/8/25
- 本の長さ : 86ページ
- ASIN : B0CGDHK9NP
理系ロマンのアラカルト
宮沢賢治は子供時代から鉱物採集に没頭した石好きなので,作中の多くの箇所で石が表現手法に使われている。特に金剛石がお気に入り?
和名で書いてカタカナでルビをふり,こだわりが感じられる。
また元素の表現も目立つ。特に透明感を表す言葉として水素が使われているのが目についたが,他にも硫黄やリチウムが出てきた。炎色反応を理科で学習する以前の小学生には難しい表現だ。
宇宙の色を桔梗色と例えている箇所が散見され気になった。星の形をした桔梗の花は星に例えられることは多々あるが,その花の色を夜空の色だと呼ぶのは独特の表現だと思う。
またあらゆる箇所に登場する三角標は,おそらく星座を作る恒星のことだと思われる。動かず星座を作って夜空の指標となる恒星を,測量に使う三角点で表現するとは! まったくもって理系的な発想で,こんな表現を使われたら理科少年や理科少女(大人になった少年少女も含む)の心は浪漫を感じてワクワクせざるを得ないと思う。
以下,石や元素が登場する箇所を抜粋しておく。
石や鉱物の抜粋
かくしておいた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばらまいたというふうに、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼をこすってしまいました。(P.26)
「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできているねえ」 (P.29)
線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。 (P.32)
金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床の上を、水は声もなくかたちもなく流れ,その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射した一つの島が見えるのでした。 (P.34)
水晶細工のように見える銀杏の木に囲まれた、小さな広場に出ました。(P.38)
「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている」(P.38)
河原の礫は、みんなすきとおって、たしかに水晶や黄玉(トパーズ)や、またくしゃくしゃの皺曲(しゅうきょく)をあらわしたものや、また稜(かど)から霧のような青白い光を出す鋼玉(コランダム)やらでした。(P.40)
左手の渚には、波がやさしい稲妻のように燃え寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻でこさえたようなすすきの穂がゆれたのです。(P.42)
その一つの平屋根の上に、眼もさめるような、青宝玉(サファイア)と黄玉(トパーズ)の大きな二つのすきとおった球(たま)が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました。 (P.57)
その立派なちぢれた葉のさきからは、まるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石のように露がいっぱいについて、赤や緑やきらきら燃えて光っているのでした。(P.84)
右手の低い丘の上に小さな水晶ででもこさえたような二つのお宮がならんで立っていました。(P.92)
その黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしそうでした。ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔ったようになって、その火は燃えているのでした。 (P.94)
※ 金剛石(こんごうせき):ダイヤモンドの和名。最大のモース硬度値を示す炭素のみからなる鉱物で,無色透明。
※ 黒曜石(こくようせき):火山岩の黒曜岩を加工した宝石。ガラス質で少量の斑晶を含む場合もある。外見は黒く,ガラスと似た性質を持つ。
※ 月長石(げっちょうせき):ムーンストーン。外観の美しい長石が宝石に分類されてこのように呼ばれる。
※ 水晶(すいしょう):二酸化ケイ素 (SiO2) が結晶化してできた石英の中で無色透明なもの。不透明であっても自形結晶が六角柱状であれば水晶と呼ばれる。
※ 黄玉(おうぎょく):トパーズの和名。石英(水晶)より少し硬いケイ酸塩鉱物。
※ 鋼玉(こうぎょく):コランダム(英: corundum)の和名。酸化アルミニウム (Al2O3) の結晶からなる宝石鉱物。含まれる不純物イオンにより色がつき,ルビーやサファイア(青宝玉)になる。
元素の抜粋
そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼のかげんか、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、虹のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光の三角標が、うつくしく立っていたのです。(P.31)
それから硫黄のほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになって、まもなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人はちょうど白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。 (P.37)
その黒いけむりは高く桔梗いろのつめたそうな天をも焦がしそうでした。ルビーよりも赤くすきとおり、リチウムよりもうつくしく酔ったようになって、その火は燃えているのでした。 (P.94)
※ 硫黄の炎色反応の色は青。リチウムは赤。
