玉川上水を歩く (41) 喜平橋から小平桜橋

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index

   *****

1日目は2019年2月18日。四谷大木戸を出発し、
玉川上水暗渠の上の緑道を笹塚まで歩いた。

2日目の2019年3月20日は、前回の終点、
新宿区笹塚「南ドンドン橋」を出発。
杉並区久我山の「岩崎橋」まで。

3日目の2019年3月24日は、
岩崎橋を出発、三鷹駅前の三鷹橋まで。

4日目の2019年3月31日は、
三鷹駅を出発、桜を見ながら小金井橋まで。

5日目の2019年4月6日は、
小金井橋を出発、小平市の鷹の台まで歩いた。

地図:喜平橋から小平桜橋までのマップ
この記事で歩いた部分を青線で示した。地図はクリックすると拡大して見られる。

この記事には、
国分寺街道が玉川上水を渡る喜平橋から、
桜橋が架かる小平桜橋交差点までの写真を載せた。
この交差点では、
西武多摩湖線と市役所西通りが玉川上水を渡る。

この区間は通して
玉川上水の北が山野通り、
南が五日市街道(都道7号)となっている。

山野通り
山野通り

喜平橋から西へ、山野通りを歩く。
歩道に丸いベンチ?

山野通り
山野通り

歩道に埋め込まれた水道用地の基準点も発見。

水道用地基準点
水道用地基準点

玉川上水の堤には水仙の花が咲いていた。

玉川上水堤の水仙の花
玉川上水堤の水仙の花
山野通り
山野通り

最初の橋は、北側の緑道と同じ名前の山野橋(さんやばし)。
昭和52年9月竣功と書かれた可愛らしい木の橋だ。

山野橋
山野橋(さんやばし)
山野橋
山野橋(さんやばし)
山野橋
山野橋(さんやばし)
山野橋と五日市街道
山野橋と五日市街道

山野橋の南、五日市街道側には信号機があり、
小平上水中北交差点という名前がついている。

五日市街道の小平上水中北交差点から山野橋と山野通りを見る
五日市街道の小平上水中北交差点から山野橋と山野通りを見る
山野橋から見た玉川上水上流
山野橋から見た玉川上水上流
山野橋から見た下流方向の山野通り
山野橋から見た下流方向の山野通り
山野橋横の東京都水道局の看板
山野橋横の東京都水道局の看板
山野橋横に埋め込まれた何かの識別票
山野橋横に埋め込まれた何かの識別票
山野通りから見た山野橋と小平上水中北交差点の信号
山野通りから見た山野橋と小平上水中北交差点の信号
小平上水中北交差点から見た下流側の五日市街道
小平上水中北交差点から見た下流側の五日市街道
小平上水中北交差点から見た上流側の五日市街道
小平上水中北交差点から見た上流側の五日市街道
小平上水中北交差点の五日市街道と玉川上水堤
小平上水中北交差点の五日市街道と玉川上水堤

山野通りを更に西へ歩いて行くと庚申塔があり、
横に「震災用井戸」と書かれた札が立っていた。
どれが井戸なのかは分からなかった。

山野通りの庚申塔
山野通りの庚申塔

庚申塔のすぐ近くに架かっているのが
八左衛門橋(はちざえもんばし)という立派な橋。

八左衛門橋(はちざえもんばし)
八左衛門橋(はちざえもんばし)
八左衛門橋の説明板
八左衛門橋の説明板

   八左衛門橋(はちざえもんばし)
 小平市喜平町(旧小川新田)の旧家で、組頭をつとめた滝島八左衛門が架けたので、この名がつけられました。
 滝島家は、明治初年(3~5年)に玉川上水に通船された時、小平の船持5軒のうちの1軒で、物資の輸送に当たるとともに、「八左衛門橋」のたもと(橋の北側)に茶店を設け、上水舟行の船頭たちの休憩場所を提供していました。
 正確な架設年度は不明ですが、上水通船開始の時期に近いころと言われています。
   参考文献 蓑田たかし(みのだたかし)著「玉川上水 橋と碑と」
   平成12年3月 小平市

八左衛門橋の説明板
八左衛門橋(はちざえもんばし)
八左衛門橋(はちざえもんばし)
八左衛門橋と五日市街道
八左衛門橋と五日市街道

八左衛門橋に平行し、下流側に水道管。

八左衛門橋と山野通り
八左衛門橋と山野通り
八左衛門橋横の弁
八左衛門橋横の弁
八左衛門橋から見た玉川上水下流方面
八左衛門橋から見た玉川上水下流方面
八左衛門橋(はちざえもんばし)
八左衛門橋(はちざえもんばし)
八左衛門橋と下流方面の五日市街道
八左衛門橋と下流方面の五日市街道

八左衛門橋の正面の山野通り沿いには神社があった。
上水南町稲荷神社という名の立派な神社だ。

上水南町 稲荷神社
上水南町 稲荷神社

八左衛門橋と隣の桜橋(小平桜橋)はごく近い。

八左衛門橋のたもとから見た小平桜橋方面
八左衛門橋のたもとから見た小平桜橋方面

八左衛門橋を渡り、
桜橋まで玉川上水南側の五日市街道を歩いた。
小平桜橋交差点で、
西部多摩湖線と市役所西通りが玉川上水を渡る。

小平桜橋交差点
小平桜橋交差点
小平市の玉川上水説明板
小平市の玉川上水説明板

 ここは東京における自然の保護と回復に関する条例に基づいて指定された玉川上水歴史環境保護地域です。
 この由緒ある歴史的遺産を武蔵野の自然と地域の方々をともに守り育てることにしています。ごみを捨てて水路を傷めたりしないようご協力ください。
 東京都・小平市

桜橋たもとの小平市看板
小平桜橋交差点
小平桜橋交差点
小平桜橋交差点
小平桜橋交差点
西武多摩湖線の線路と小平小桜橋交差点
西武多摩湖線の線路と小平小桜橋交差点
小平小桜橋踏切を通る西武多摩湖線の列車
小平小桜橋踏切を通る西武多摩湖線の列車
小平桜橋横にある桜橋橋梁の立て札
小平桜橋横にある桜橋橋梁の立て札

西武多摩湖線の線路の横に、
古い桜橋の欄干と、
古い桜橋を記念した小さなスペースが設けられている。

小平桜橋
西武多摩湖線の線路と小平桜橋
小平桜橋から見た玉川上水下流
小平桜橋から見た玉川上水下流
小平桜橋の説明板
小平桜橋の説明板

   桜橋
 この橋は多摩湖線の工事に伴って大正末期にかけられました。当初は「梯子橋」と呼ばれましたが、昭和2年に、橋のすぐ南にできた駅名が玉川上水の桜の名所に因んで「桜堤駅」となったことから橋名が桜橋となりました。今はこの駅はありませんが、昔の欄干や「さくら橋」と彫られた親柱が線路の東側に残されています。交通量の増加などにより、拡幅されて架け替えられています。

小平桜橋の説明板
小平桜橋説明板と古い欄干・親柱
小平桜橋説明板と古い欄干・親柱
小平桜橋の古い欄干と親柱
小平桜橋の古い欄干と親柱
小平桜橋の古い親柱
小平桜橋の古い親柱
桜橋の古い親柱と多摩湖線線路
桜橋の古い親柱と多摩湖線線路

多摩湖線の踏切を渡って玉川上水の上流側へ移動。

小平桜橋の踏切
小平桜橋の踏切
市役所西通りと西武多摩湖線
市役所西通りと西武多摩湖線

踏切の上流側には煉瓦模様の新しい桜橋。

小平桜橋
小平桜橋
小平桜橋
小平桜橋

新しい桜橋のたもとから、
玉川上水の上流へ向かう緑道、
小平グリーンロードが始まる。

小平桜橋から始まる玉川上水緑道
小平桜橋から始まる玉川上水緑道
小平桜橋横の観光案内図
小平桜橋横の観光案内図

玉川上水を歩く (40) 茜屋橋から喜平橋

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index

   *****

1日目は2019年2月18日。四谷大木戸を出発し、
玉川上水暗渠の上の緑道を笹塚まで歩いた。

2日目の2019年3月20日は、前回の終点、
新宿区笹塚「南ドンドン橋」を出発。
杉並区久我山の「岩崎橋」まで。

3日目の2019年3月24日は、
岩崎橋を出発、三鷹駅前の三鷹橋まで。

4日目の2019年3月31日は、
三鷹駅を出発、桜を見ながら小金井橋まで。

5日目の2019年4月6日は、
小金井橋を出発、小平市の鷹の台まで歩いた。

茜屋橋から喜平橋の地図
この記事で歩いた部分を青線で示した。地図はクリックで拡大できる。

この記事では、
新小金井街道が玉川上水を渡る茜屋橋から,
国分寺街道が玉川上水を渡る喜平橋までの写真を載せた。

この区間は上水の南北とも小平市となり,
玉川上水の北を五日市街道が,
南を堀野中通りが走っている。

堀野中通り
堀野中通り
堀野中通り
堀野中通り
堀野中通り
堀野中通り

堀野中通りをしばらく歩くと、
たもとにベンチが置かれた可愛らしい橋に着いた。

小桜橋(こざくらばし)
小桜橋(こざくらばし)

小桜橋は小平第三小学校の前に架かっている。
通学の児童たちが使う橋なのだろう。

小桜橋親柱と堀野中通り
小桜橋親柱と堀野中通り
小桜橋から見た玉川上水上流
小桜橋から見た玉川上水上流

玉川上水に大きな鮒?が泳いでいた。

玉川上水を泳ぐ魚
玉川上水を泳ぐ魚
小桜橋から見た玉川上水下流
小桜橋から見た玉川上水下流

小桜橋を渡って、玉川上水の北へ出た。
ここから西は五日市街道を歩いてみることにする。

小桜橋の前から見た五日市街道
小桜橋の前から見た五日市街道
五日市街道から見た小桜橋
五日市街道から見た小桜橋
小桜橋と玉川上水と五日市街道の歩道
小桜橋と玉川上水と五日市街道の歩道
小桜橋と五日市街道
小桜橋と五日市街道
小桜橋の前にある小平第三小学校の体育館
小桜橋の前にある小平第三小学校の体育館
五日市街道と小平第三小学校
五日市街道と小平第三小学校

緑豊かで桜が花咲き、
五日市街道は相変わらず美しく気持ちの良い散歩道だ。

五日市街道と玉川上水
五日市街道と玉川上水
五日市街道と玉川上水と堀野中通り
五日市街道と玉川上水と堀野中通り

国分寺街道が玉川上水を渡るスポット、
喜平橋交差点に到着した。

喜平橋交差点
喜平橋交差点

喜平橋(きへいばし)には記念プレートが埋め込まれ、
説明板が用意されていたり、
「ポケットパーク」と称する休憩スペースがあったり、
特別な演出が施されていた。

喜平橋(きへいばし)
喜平橋(きへいばし)
喜平橋(きへいばし)
喜平橋(きへいばし) の玉川上水橋梁群整備のプレート
喜平橋の説明板
玉川上水橋梁群整備の説明
玉川上水橋梁群整備の説明

   玉川上水橋梁群整備
 玉川上水橋梁群整備は、玉川上水やその周辺及び橋の特性を生かして、「水と緑と文学の川・橋」を全体のテーマとして、潤いのある魅力的な橋景観を形成するものです。
 個々で見ると特徴の少ない玉川上水の橋を、歴史的原型を生かして、群としてのまとまりを持たせて整備を行いました。
 橋や玉川上水周辺が持つ豊かな自然・歴史・文化にふれながら「橋めぐり」などの活用を願っています。

喜平橋の説明板

   E.桜名所街道ゾーン(喜平橋~境橋 4.4km)
 地域や橋の特性から玉川上水約43kmのうち、羽村堰~甲州街道浅間橋跡までの開渠区間の約30kmを7つのゾーンにわけてとらえています。
 喜平橋を含む「桜名所街道ゾーン」では、玉川上水に沿って桜の名所となっており、桜にまつわるさまざまな碑も置かれています。両側の良好な緑道は、花見、散策、ジョギング、リクリエーション等として活用されています。
 “桜名所のアクセント空間の形成”をテーマに玉川上水橋梁群の整備が行われています。

喜平橋の説明板

境橋というのは
玉川上水が五日市街道と併走を始める地点、
境橋交差点に架かる橋だ。
 →玉川上水を歩く (35) 桜橋から境橋

喜平橋の説明板
喜平橋の説明板

   喜平橋(きへいばし)
 現在の喜平橋は、昭和46年10月に建設されたものです。なお、明治期には、石積1連アーチ橋でありました。
 喜平橋の橋名は、小平の新田開発の1つである堀野中新田の組頭であった喜兵衛さんの家のそばにあった橋ということから、喜兵衛橋という名が付き、現在は喜兵衛を喜平と書き呼ばれています。
 なお、喜平橋から警察学校正門前までの喜平町桜通りは、桜並木として、小平秀景のひとつであります。
 平成3年度に行った、喜平橋修景整備では、かつての石橋のように、親柱、高欄を石の素材感のあるデザインとし、下流側歩道には、案内や休息の場としても機能するポケットパーク的な空間を橋上に整備しました。
   ・橋  長  12.6m
   ・幅  員  25.0m
   ・構造形式  1径間BOT桁
   ・架設年次  昭和46年10月

喜平橋の説明板

これを読んで思い当たるのが、
茜屋橋から喜平橋までの玉川上水の南側の道の名前だ。
「堀野中通り」という名前だった。
小平の新田開発の1つ「堀野中新田」が由来だったのだ。

喜平橋ポケットパーク
喜平橋ポケットパーク
喜平橋から見た玉川上水下流
喜平橋から見た玉川上水下流
ポケットパークのベンチ
ポケットパークのベンチ
喜平橋のポケットパーク
喜平橋のポケットパーク
ポケットパークから見た喜平橋交差点
ポケットパークから見た喜平橋交差点

説明板のあるポケットパークから見て
喜平橋交差点の対角側に、
説明板に書かれた喜平町桜通りが見える。
折しも桜が見頃で、良い時期に訪れたと思う。

喜平町桜通り
喜平町桜通り

玉川上水「桜名所街道ゾーン」は喜平橋までのようだが、
喜平橋から上流の堤も桜が植えられている。

喜平橋から上流の玉川上水側道(山家通り)
喜平橋から上流の玉川上水側道(山家通り)

喜平橋の上流では、玉川上水の南側が五日市街道、
北側は山家通りという名の道になる。

喜平橋北詰の山家通りから南を見る
喜平橋北詰の山家通りから南を見る

久しぶりに禁止看板と玉川上水の説明板も見かけた。

喜平橋たもとの禁止看板
喜平橋たもとの禁止看板
喜平橋たもと山家通りの玉川上水説明板
喜平橋たもと山家通りの玉川上水説明板

 玉川上水は、約300年前(承応2~3年)江戸の飲料水供給のために作られた上水路です。
 この上水は、江戸市中への飲料水の供給という本来の目的を果たす以外に、武蔵野台地の各地に分水させ、飲料水・かんがい用水・水車の動力として武蔵野の開発に大きな役割を果たしました。
 近年まで、この上水路はそのまま淀橋浄水場への導水路として使われていましたが、新宿副都心計画による淀橋浄水場の廃止に伴い、昭和40年以降小平監視所より下流については、水がとだえていました。
 しかし、このたび東京都の清流復活事業により、野火止用水に続き玉川上水にも清流がよみがえりました。
   1986年8月

玉川上水説明板

清流復活事業とは
 東京都では、都民が水辺に親しむことができるように、せせらぎの水音が聞え、周辺のみどりとともに目で楽しむことができるような清流復活をめざしています。
 この玉川上水に流れている清流は、多摩川上流処理場の処理水をさらに砂ろ過したものを利用しています。

玉川上水説明板