作品データ
- 表題 裏世界ピクニック
- 著者 宮澤伊織(みやざわいおり)
- ジャンル SF・ホラー
- 出版社 早川書房(ハヤカワ文庫JA)
- 初出 「くねくねハンティング」『S-Fマガジン』2016年8月号
- コミカライズ 月刊少年ガンガン(ガンガンコミックス)
裏世界ピクニック | ガンガンONLINE | SQUARE ENIX - アニメ 2021年1月~3月(全12話)
既刊(2020-07)
- 裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)
- 裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト (ハヤカワ文庫JA)
- 裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ (ハヤカワ文庫JA)
- 裏世界ピクニック4 裏世界夜行 (ハヤカワ文庫JA)
- 裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル (ハヤカワ文庫JA)
- 裏世界ピクニック6 Tは寺生まれのT (ハヤカワ文庫JA)
- 裏世界ピクニック7 月の葬送 (ハヤカワ文庫JA)
あらすじ&感想
『裏世界ピクニック』を一言で言うなら「二人の女子大学生が怪異の世界で恐怖と向き合う物語」だと思う。
この物語を何かのカテゴリーに分類するのは難しい。ハヤカワ文庫だし…ということで無理矢理SFに分類しているが,本当のところSFではない。日本十進分類法の文学(9類)であることは間違いないが,SFでなければファンタジーでもないしラノベでもない。
ネット版オカルト説話集。よく知っている本で一番似ていると思ったのは柳田国男の『遠野物語』だ。
「ネットロア」という言葉を知っているだろうか。
インターネット・フォークロア(都市伝説)が略された語だ。
従来なら口承で広まっていた伝説や噂話などで,ネットに起源が求められ,主にネットで流布されているものがそう呼ばれる。
「くねくね」「八尺様」「時空のおっさん」「きさらぎ駅」「姦姦蛇螺」「ヤマノケ」「コトリバコ」…。
そういう誰かにとっては確かに存在するが,見ない者,見ようとしない者にとっては存在しない何か。
誰かが認識し語ることによって存在を与えられる現象。
ネットロアからすくいだされたそれらの現象が,二人の女子大学生によって具現化されていく物語が『裏世界ピクニック』だ。
遠野物語が怖いように,裏世界ピクニックも怖い。怖い話は最後まで聞かないと怖くて止められないように,裏世界ピクニックも止められない。怖い物見たさに思わずページをめくり続ける。
そしてサブカル物語の皮を被って考察された,恐怖というものの実態と向き合うことになる。
そう,人間の恐怖耐性はセロトニントランスポーター遺伝子により遺伝で決まっているらしい。知らなかった。
ともかく怖さの耐性は、人によってけっこう違う。これは純粋に肉体的な問題で、脳の奥深くにある扁桃体から出る恐怖の信号を、前頭葉がどれだけ抑制するかに左右される。その人が怖がりかそうでないかを決定づけるのは遺伝子だ。セロトニントランスポーター遺伝子の活性化配列が長いと、神経細胞で生成されるセロトニンが多くなり、不安傾向が低くなる。つまり、あまり怖がらない
裏世界ピクニック
現在インターネット怪談は瀕死に近い状況らしい。
「インターネット怪談の死」によると,インターネット怪談の傑作が生まれるには「その場限りの付き合いが作れる匿名性があって、嘘だと思いつつもノれる雰囲気があって、そこそこの人数が活発に活動している場所」が必要だが,現在のSNS中心のネットにそんな場所はなく,従って新しい物語も生まれないという。
そんな時代にネットロアを語り聞かせてくれる『裏世界ピクニック』は,とても貴重な作品ではないだろうか。
裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル
ネットロアおたくの主人公,大学2年生の紙越空魚(かみこしそらを)は,裏世界で銃を使いこなす金髪美人,仁科鳥子(にしなとりこ)に出会う。
鳥子は裏世界で行方知れずになった,鳥子の家庭教師でもあった女性,閏間冴月(うるまさつき)を捜して裏世界を探検していた。空魚は鳥子を通じて裏世界研究者である小桜(こざくら)と知り合い,裏世界探検でお金を稼げることを知る。
裏世界の存在との格闘の末に得た空魚の「裏世界の存在を見る目」と鳥子の「裏世界の存在に触れる手」を武器に,二人は裏世界の探検を繰り返していく。
くねくね・八尺様・きさらぎ駅など,裏世界の存在は人間に語られてきた文脈に則って現れること,裏世界に行くと認知のプロセスが変わり文字が読めなくなること,空魚はネットロアの知識を生かし考察し,急場を切り抜けてゆく。
裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト
再びの「きさらぎ駅」で米軍の皆様を救出し,流れで沖縄でリゾートをすることになった二人。
「リゾートバイト」の怪談をなぞり,腕が6本下半身は蛇の女「姦姦蛇螺(かんかんだら)」と遭遇し,表世界でも「二本足の猫の忍者」や島根県の実話怪談「コトリバコ」に遭遇。
冴月が所属していたDS(ダークサイエンス)研究奨励会を訪れるが,ここでは裏世界のことを,UBL=ウルトラブルー・ランドスケープと呼んでおり,巻末の参考文献によると,この「青」にも意味があり,「玄関のドアスコープの向こうが青かった」という『FKB怪幽録 奇奇耳草紙』の体験談と,ネット怪談の「青い服の男は危険」というが基になっているとのことだ。
裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ
裏世界での乗り物を手に入れた二人は,行動範囲を広げていく。ぐるぐる回りながら時空を移動する展望台でのことや,空魚の後輩カラテカちゃんこと瀬戸茜理(せとあかり)の友人の市川夏妃(いちかわなつき)の前に現れた猿のような怪異。
山手線の駅でいきなり現れた鳥子を探し回っていた中年女性に,閏間冴月を崇拝し声で人を操る少女,閏巳るな。この二人が現れ,物語は動いて行く。
サンヌキカノの伝説では,猿に似た生き物に「サンヌキカノというのが来るからこれを見せろ。自分で取ったと言えば向こうもくれるから,後は庭に埋めてしまえ」と言われるそうだ。
また,「自己責任系の怪談」とは「読めば感染する怪談」とのことだ。
裏世界ピクニック4 裏世界夜行
裏世界のターゲットが空魚になり,百合色が強くなった巻。
閏巳るなカルト組織の施設の後片付けでの「くだん」との出会いを皮切りに,裏世界は空魚に干渉し始める。「くだん」は人の顔と牛の体を持つ怪異で,西日本で多く伝えられネットロアは少ないらしい。
空魚は行く先々で面倒事に巻き込まれ,部屋に帰れなくなったり,温泉で逃げ回ったり大変そう。
サンヌキカノ解決の報酬として市川夏妃に依頼していた AP-1改造が終わり,二人は裏世界の夜を初体験する。行動範囲を広げるためには夜を過ごすことは必須だった。予行練習の日に現れた「テントの周りを回る足音」を,よくある山岳怪談と斬り捨てられる空魚は筋金入りだ。
本番の夜行決行はクリスマスイブからクリスマスにかけての夜。空魚はここで因縁の「赤い人」と対峙する。「クリスマス街道」の誕生と,二人のマークと素敵なナイフ。物語の行く先はまだ見えない。
怪奇現象というのは悪意を持った人間と同じで、こちらが受け身に回った途端にかさにかかってくる傾向がある。それに振り回されないためには、こっちから攻めていかなければならない。相手の出方を待っていてはあちらの思う壺だ。イニシアチブを取らないとだめなの
裏世界ピクニック4 裏世界夜行 (ハヤカワ文庫JA)
裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル
読む私も怖い話になれてしまったのか,今まで読んだ話に比べると怖さを感じなかった。残念!
ファイル16『ポンティアナック・ホテル』はラブホ女子会(世の中にはそんなものがあるのか?)に現れた現象のこと。
ファイル17『斜め鏡に過去を視る』は,中間領域に入り込んだ空魚が表世界の鳥子と行動しながら出口をさがす。他人の目で自分を見たらどう見えるのだろうかと考えさせられる物語だった。
ファイル18『マヨイガにふたりきり』は,『遠野物語』に出てくるマヨイガが裏世界にもあったという物語。このシリーズを読みながら『遠野物語』を思い出して読み返した直後だったのでマヨイガについてよく覚えていて面白かった。
ファイル19『八尺様リバイバル』は,表題作でもあるせいか,この巻の中心的ストーリーだったと思えた。以前,ファイル2で出会い,八尺様との遭遇で見失った肋戸に絡む物語。ブルーの世界や八尺様の精神干渉,謎の子供に謎の葉書。肋戸が無事にみつかることを願っているのだが?
物語はまだまだ続いていくようだ。
裏世界ピクニック6 Tは寺生まれのT
著者あとがきによると,この6巻は「一冊丸ごとひとつのファイルとなる「劇場版」」だそうで,「「有名人」であるTさんに登場してもらうことで、いつもと少し毛色の違うお祭り感を出したかったので、あえて原則に背い」て,「作り話と明言された話は原則として取り扱わないことにしているが、(略)初めての例外となった」とのこと。
読み応えもありあまり百合百合していないのもよかったが,回収されずに終わったことが幾つか気になっている。あと,1巻~3巻あたりまであった怖さがだんだん薄れているようで残念。
裏世界ピクニック7 月の葬送
「月」とは冴月。いよいよヤバイ感じで目の前に現れる彼女をついに排除する決意を固めた空魚。彼女の大学のゼミ(文化人類学)の話は面白かった。登場する阿部川教授は著者の恩師である阿部年晴先生だとのこと。るなの声と鳥子の手,空魚の目と知識を駆使して葬送が行われた。
物語のキーパーソンだった冴月がいなくなった世界で物語の方向性はどうなっていくのか?
「大人ってのはな、ガキのいる前じゃ泣かないんだよ」
怖がりだが小桜はカッコイイ。
裏世界ピクニック8
副題『共犯者の終り』から察することができるように,この巻は丸々全巻が空魚と鳥子の関係についての物語になる。途中少しばかり空魚が1人でDS研に行って汀と話したり,新キャラの辻とお茶したりするが,あとは空魚が友人と恋人の違いに悩んで考え,鳥子との今後を考える。途中の空魚の考察,特に紅森との会話はとても面白かった。紅森は人の恋バナを食べて生きていそうな子だが意外と理屈っぽくしっかり物事を見て考えるタイプだとわかった。
結婚とか、同棲とか、出産とかもそうじゃん。自動的にひと繋がりのものだと思い込んでるけど、実はそう思い込んでいるものっていっぱいあるんだろうなって。同一視しておいた方が便利なこともいっぱいあるけど、切り離せないと思い込んでることですごく苦しむ人も多いんだと思ったの。
P.31 紅森
辻の裏世界への考察も興味深かった。
UBLでは、人間と人間じゃなくて、人間とUBLの向こう側の何かとの〝合意〟が行われている気がするんだよ。その合意現実が、UBLという形を取ってるんじゃないかと思うんだよね……
P.57 辻
怖い話があまり出てこないのが残念だった。この巻はムジナくらい。
最後の鳥子とのいちゃいちゃは正直とても退屈で後半は読み飛ばした。2人の関係が落ち着くところに落ち着いてしまったのも,正直つまらないと思った。
メディアミックス
逞しい二人の女子大学生が,今後どのように裏世界を歩き,どういう結末へ向かってゆくのか楽しみだ。
コミック版も読んでいるが,原作の雰囲気が損なわれることなく視覚で世界を知ることができ,原作から入った私も楽しみに読んでいる。