武蔵野(国木田独歩)

『武蔵野』は国木田独歩による有名な随筆。
青空文庫などで無料で読むことができる。

国木田独歩は1871年(明治4年)生まれ。
千葉県に生まれるが、役人だった父親の転任先を転々とし、
山口県や広島県で少年時代を過ごした。
1887年に上京し、早稲田大学の前身、東京専門学校に入学。

1896年(明治29年)に渋谷村(現在の渋谷区)に住み始め、
『武蔵野』は、その2年後の1898年に、
『今の武蔵野』という表題で発表された。

独歩は『武蔵野』の中で武蔵野の範囲を定義しているが
その定義によると渋谷は武蔵野に位置している。

そこで僕は武蔵野はまず 雑司谷 から起こって線を引いてみると、それから板橋の中仙道の西側を通って川越近傍まで達し、君の一編に示された入間郡を包んで円く甲武線の立川駅に来る。この範囲の間に所沢、田無などいう駅がどんなに趣味が多いか……ことに夏の緑の深いころは。さて立川からは多摩川を限界として上丸辺まで下る。八王子はけっして武蔵野には入れられない。

『武蔵野』国木田独歩

独歩の定義によると、
多摩川が流れていない八王子は武蔵野でなく、
武蔵野台地の上であっても
大名屋敷跡などがある東京中心部も武蔵野に含まれない。

『広辞苑』による武蔵野の定義は
埼玉県の川越と東京都の府中市の間に広がる地域ということで、
独歩の定義とは少し異なっているかもしれない。
「武蔵野」の定義は様々で、正解というものはないのだろう。

山口や広島など中国地方で育った独歩は、
楢の木によって形作られた武蔵野の風景に魅了され、
武蔵野の自然の美しさを事細かに語る。

さまざまの光景を 呈するその妙はちょっと西国地方また東北の者には解しかねるのである。元来日本人はこれまで楢の類いの落葉林の美をあまり知らなかったようである。

『武蔵野』国木田独歩

また、武蔵野を歩く楽しさを情熱的に訴える。

武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも足の向くほうへゆけばかならずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。

『武蔵野』国木田独歩

詩人としても活躍した独歩の観察力と語彙力は、
120年前の武蔵野の風景や人々の生活を、
まるで映像でも見るように生き生きと描き出す。

武蔵野地方を吹き抜ける強風も、
独歩の手にかかると、こんな具合だ。

風が今にも梢から月を吹き落としそうである。

『武蔵野』国木田独歩

小金井市の玉川上水に架かる桜橋には独歩の碑があり、
また、桜橋のすぐ近くには独歩橋なる名を持つ橋もある。
『武蔵野』の中で、
独歩は夏の日の友人との散歩の思い出をこう語っているのだ。

自分はある友と市中の 寓居 を出でて三崎町の停車場から境まで乗り、そこで下りて北へ 真直 に四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、それを渡ると一軒の 掛茶屋 がある、この茶屋の婆さんが自分に向かって、「今時分、何にしに来ただア」と問うたことがあった。

『武蔵野』国木田独歩

なるほど小金井は桜の名所、それで夏の盛りにその堤をのこのこ歩くもよそ目には愚かにみえるだろう、しかしそれはいまだ今の武蔵野の夏の日の光を知らぬ人の話である。

『武蔵野』国木田独歩
桜橋の近くにある国木田独歩の文学碑
『武蔵野』に登場する小金井の桜橋
桜橋にある説明版。独歩の『武蔵野』にも言及されている。
玉川上水にかかる小金井市の独歩橋

独歩がどれほど武蔵野を愛し
武蔵野の自然に溶け込んでいたかが感じられる。

「田舎」とか「都会」という言葉が指し示す状態に
時代の差こそあれ、
独歩の時代も現代も、
武蔵野という地域の魅力は
独歩が下のように書いたそのままなのではないだろうか。

大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とがここで落ちあって、緩やかにうずを巻いているようにも思われる。

『武蔵野』国木田独歩

武蔵野という地域を知っているのなら、
行ったことがあるのなら、
行ってみたいと思うのなら、
国木田独歩の『武蔵野』は
120年経っても一読に値する名著であると思う。

青空文庫を元にしたKindle本なら0円で読むことができる。

最後にして最初のアイドル

『最後にして最初のアイドル 』 (ハヤカワ文庫JA)
 草野原々(くさのげんげん)
 早川書房 / 2018年1月25日発売


・第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞
・第48回星雲賞(日本短編部門)
・第27回暗黒星雲賞(ゲスト部門)
・第16回センス・オブ・ジェンダー賞(未来にはばたけアイドル賞)

デビュー作で星雲賞受賞は
『神狩り』(山田正紀)以来で42年ぶりらしい。


星雲賞とは
前年の優秀なSF作品に贈られる賞のこと。
1970年以降、毎年日本SF大会の投票で選ばれている。
第1回星雲賞は、筒井康隆『霊長類南へ』。

以降の受賞作品を見ても
誰もが知っている作品が目白押しという名高い賞だ。

例えば小松左京『日本沈没』
田中芳樹『銀河英雄伝説』
カート・ヴォネガット・ジュニア『タイタンの妖女』
ダン・シモンズ『ハイペリオン』などなど。

「アイドル」なんて単語に騙されてはいけない。
本書はこれら名作と並ぶSFだと評価されているのだ。

「BOOK」データベースの説明では下記のように書かれている。


“バイバイ、地球―ここでアイドル活動できて楽しかったよ。”SFコンテスト史上初の特別賞&42年ぶりにデビュー作で星雲賞を受賞したの表題作をはじめ、ガチャが得意なフレンズたちが宇宙創世の真理へ驀進する「エヴォリューションがーるず」、書き下ろしの声優スペースオペラ「暗黒声優」の3篇を収録する、驚天動地の草野原々1st作品集!


「BOOK」データベース

確かにこの通りだが、
これを読んでもサッパリ分からないだろう。
表題作はもちろん、
収録されている3作品全てが
「読んで衝撃を受けるしか無い!」作品だと思う。
そう、正真正銘「衝撃のSF」なのだ。

ただ、非常に読者を選ぶ作品でもある。
馴染めない人は
徹底的に好きになれない可能性がある。

百合ありグロあり。
物語スケールはどんでもなく大きく
スコシフシギではなくハードSF。

語りはトントン拍子で、
壮大に広げた風呂敷は最後にキッチリ畳まれる。
爽快だ。
SFとして、物語として、発想として、
見事な手腕にあっけにとられる。

グロ場面に耐性がない方、
オタク文化に馴染めない方、
そんなにはお勧めできないと思う。


最後にして最初のアイドル

『最後にして最初のアイドル』(2016年)

「最初にして最後」ではなく「最後にして最初」。
ここが重要。

アイドルなんて単語に騙されてはいけない。
萌え要素などを期待してはいけない。
『ラブライブ!』の二次創作だからって、
矢澤にこ&西木野真姫の百合物語だなんて思ってはいけない。
ガチSF(褒め言葉)で科学要素でバッチリ固められ、
さらに滅多にないほどグロい!

著者自身の言葉によると、

「オラフ・ステープルドンの『最後にして最初の人類』『スターメイカー』をモチーフにして、宇宙と意識とアイドルの謎を解き明かす作品」
「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」

ということだ。
私はオラフ・ステープルドンを読んだことがなく、
この言葉を理解できないが,
実に「宇宙と意識とアイドルの謎を解き明かす」作品だったと思うし
全くもって想像を絶する方法でそれは解き明かされた。


エヴォリューションがーるず

『エヴォリューションがーるず』(2017年)

テーマは、ガチャ回してなんぼのソシャゲ。
古代生物が「がーるず」という女の子になるゲームだ。
人気アニメ『けものフレンズ』を彷彿とさせる世界観!
……と思いきや、異世界転生モノで、
やっぱりいきなり非常にグロい!
そして百合?!

ソシャゲがテーマは最後まで変わらないのだが、
元が古代生物テーマのソシャゲなだけに
生物学的な側面が色々描かれるのは勿論、
最後は宇宙的哲学にまでたどりつく。
SFでありファンタジーでありスペースオペラ。


ソシャゲ──それは魂の自由意志エネルギーを搾取するために進化が進化して作り出した器官である。承認を 餌にして魂を呼び寄せて自由意志エネルギーを捕食するのだ。

エヴォリューションがーるず

ああとにかく読んで!
そして凄さを分かって!

それくらい想像済みで読み始めたのだが、
やはり凡人の想像など軽くかわしてくれた。


暗黒声優

『暗黒声優』(書き下ろし)

もちろん「声優」という単語に惑わされてはいけない。
昨今よくある声優モノのはずがない。

声優がもはや人間とは別枠生物になっている!?
兎にも角にも物理法則が全く異なる世界の物語だ。
だが「熱川 バナナワニ園」が存在する。

いやバナナワニ園はともかく、
声優が声を出せば死がもたらされる世界なのだ。

最後にはこの世界の物理法則が、
宇宙創成時代の出来事から順を追って解き明かされる。

当然ながら本作品でも
オタク世界のパロディは各所に健在だ。


「もしかして、その骨──スズカさんのカップリング相手、エリエリこと 不知火 エリナさんのものですか!」  サチーはさっきからマタタビにやられた猫のようだ。 「そうだよ。エリナはそのあだ名好きじゃなかったけどね」

暗黒声優

これは『艦これ』の艦娘
「ぬいぬい」が気に入らない不知火のことでは?

オタク文化が大好きでハードSFが大好きで
グロや百合もいとわない!
そんな人に超絶お勧めな1冊だ。