花岡ちゃんの夏休み

本の概要

  • 花岡ちゃんの夏休み (ハヤカワ文庫JA) 
  • 著者 清原なつの
  • 出版 ハヤカワ文庫
  • 発売 2006/3/15

才女の誉れ高いメガネ女子大生、花岡数子が恋を知る夏を描いた表題作、恋のライバル出現の「早春物語」、花岡ちゃんが脇役の「アップルグリーンのカラーインクで」、花岡ちゃんによく似た宮嶋桃子登場の「青葉若葉のにおう中」、みやもり坂事件の「なだれのイエス」で、花岡ちゃんシリーズはコンプリート。他「胸さわぎの草むら」「グッド・バイバイ」と初期作品7篇を収録した傑作名作集。描き下ろしあとがきマンガ「みやもり坂の頃の事」

本の裏表紙紹介文

個別作品紹介

 表題作ほか,デビュー作の『グッド・バイバイ』を含む1976年~1981年『りぼん』掲載作品集。
 当時清原なつの氏は金沢大学薬学部在学中で,舞台は主に北陸地方だ。
 70年代後半の,まだ女性はさっさと結婚するのが当然で家庭には黒電話があった時代を背景に,我が道をゆく少々変わった人たちが登場する。
 登場人物たちはいずれも20歳前後。
 少女漫画っぽくないけれどやっぱり少女漫画な味わい深い世界。


花岡ちゃんの夏休み

 『りぼん』1977年8月号
 花岡ちゃんこと花岡数子さんは,知性を探究する大学生だ。嫁に行くことには興味が無いが母親が悲しむので結婚はしてやろうと思っている。面倒なので最初の見合い相手と…。
 しかし,本屋で同じ本に手を伸ばした簑島さんと知り合って…。
 本屋で同じ本に手を伸ばすというのは古典的な出会いで,メリル・ストリープ主演の『恋におちて』(1984)を思い出すが,こちらの方が先(1977)だ。

 なお,花岡ちゃんと簑島さんが手を伸ばした本,『ロバートブラウン物語』は実在する。
 昭和51年=1976年,奇しくも『花岡ちゃんの夏休み』の前年に発行されている。

 『ロバートブラウン物語』キリン・シーグラム株式会社著/昭和51年2月14日発行/限定版/A5判/150ページ/企画制作:博報堂

 偶然だったようで,枠外に下記のように記されていた。

『ロバートブラウン物語』を某ビール会社がS51年に限定版で出しておりました…。

p.179

早春物語

 『りぼん』1978年3月号
 花岡ちゃんと簑島さんが出会った夏から季節は移り早春。
 北陸の早春はまだ雪景色だ。
 美人のクラスメイト笹川華子さんが簑島さんの前に現れ,動揺する花岡ちゃん。
 自分の気持ちに苦悩する花岡ちゃん。

私の偉大なテーマはどこへいった
哲学はどこへいった
私はこのように低俗なジェラシーなんぞに
かかかずらわっている時間などないのじゃ

p.58

 随分と微笑ましい悩みだが,花岡ちゃんと似たようなタイプの少女だった私は,このようなジレンマには大変共感できる。


アップルグリーンのカラーインクで

 『りぼん』1977年お正月増刊号
 一浪して芸大に入った花岡ちゃんのお友達の美登利ちゃんと,美登利の幼なじみで花岡ちゃんと同じ大学に通う荻原くんの物語。
 花岡ちゃんが煙草を吸ってるのを見かけ,時代を感じた。
 そんな感じで,よく見るとあちこちに昭和が描かれている。


青葉若葉のにおう中

 『りぼん』1977年5月号
 花岡ちゃんにそっくりな宮嶋桃子さんと同級生の金之助くん,遠くから同じ大学へやってきた金之助の後輩聖子ちゃん。聖子ちゃんを愛している宮田くん。
 積み木の城はいつか壊さなければならないという物語。


なだれのイエス

 『りぼん』1981年3月号
 大学内のみやもり坂で雪崩に遭った簑島さんの話。騙されて花岡ちゃん…。
 この物語は苦手。黙っているなんてあんまりではないか?
 それは黙っていていいことではない…。


胸さわぎの草むら

 『りぼん』1979年7月号
 学生結婚でもうすぐ赤ちゃんが生まれる牧野三四郎&栄美夫妻とセイタカアワダチソウの精の物語。
 牧野富太郎夫妻がモデルという話を某所で見かけたが,モデルなのは名前と植物好きなところ?

 私にとっては清原なつの氏の最高峰。
 この作品が忘れられず,少女時代の記憶を頼りに大人になって再び清原なつの氏の漫画を探しだして読もうと思った。

 また,帰化植物について興味を抱いたきっかけが,この作品とユーミンの《ハルジョオン・ヒメジョオン》(1978)だった。

セイタカアワダチソウもそうなんだよ
生命をつなげていきたいんだ

p.217

もっと…
植物を愛してほしいんだ…
おねがいだから
ぼくたち…
こうでもしないと
生きてゆけない 

p.220

グッド・バイバイ

 『りぼん』1976年10月増刊号
 清原なつの氏デビュー作品。
 幼なじみのさとこさんと朗くん,そして病院の息子の江戸川くんの物語。さとこさんは優秀で朗くんは…。何もかも夢だったのか?
 朗くんのお母様が着物+割烹着なところに,思いっきり時代を感じる。読み終わってもいつまでも江戸川くんの笑顔が脳裏から離れない,どこか切ないハッピーエンドの物語。


みやもり坂の頃の事

 巻末おまけ描き下ろし。
 清原なつの氏が通った大学にあった「みやもり坂」の思い出話。
 『なだれのイエス』は私には好きになれない作品だが,著者にとってはとても思い入れのある作品であるようだ。
 科学者たる著者の素顔に,そして作品の背景にちょっと近づけて,この文庫を買うことに新しい価値が加わる描き下ろしだと思う。

イネという不思議な植物

本の概要

  • イネという不思議な植物 (ちくまプリマー新書)
  • 著者 稲垣栄洋
  • 出版 筑摩書房
  • 発売 2019/4/10

植物の常識に照らすと、生態が少し奇妙なイネ。だがそれゆえに、人に深くかかわりその生活や歴史までも動かしてきた。イネとは何か、なぜ人を魅了してやまないのだろう。その秘密にせまる。

「BOOK」データベース


 「ちくまプリマー新書」は2005年1月に創刊されたシリーズ。大人の学び直しや学生の学びに役立つテーマで,原稿用紙150枚程度のコンパクトな分量で読める。


著者

 この本の著者は雑草生態学専攻の農学博士で,本書以外に『生き物の死にざま』『面白くて眠れなくなる植物学』『植物はなぜ動かないのか』『雑草はなぜそこに生えているのか』ほか多数の著書がある。


イネとお米と日本文化!

米って?

 言うまでもなく,お米はイネの種子である。
 そして,種子まるごと胚芽と胚乳が玄米。
 白米は胚乳の部分だけを言う。
 イネは単子葉植物で,茎を伸ばさず葉を増やしていく。

 「煎餅とあられ」「お団子と餅」違いは何だろう。
 そう,原料となる米の種類が異なるのだ。
 煎餅とお団子は粳(うるち)米,あられと餅は糯(もち)米。
 粳に含まれるデンプンはアミロースとアミロペクチン。
 糯はアミロペクチンのみ。
 アミロペクチンは粘るので糯米を使った食べ物は粘るのだ。

 米は生では食べられない。
 アミロースやアミロペクチンの結合が緩んで柔らかくなって初めて食べられる。
 加熱し食べられる状態=糊化(こか)することをデンプンのα化と言う。
 保存食やアウトドア食に活用される「α米」はこの状態のお米だ。

 食文化と米を結びつけた話は,生活に密着していてすんなり頭に入る。

稲作と日本人

 イネ科植物が繁栄し始めたのは約3400万年前の新生代第三期。
 自然環境の厳しい土地でのことだった。
 イネ科植物は,茎や葉をケイ素で固め,成長点を地面の際の低い位置に持っていき,栄養価の少ない厳しい環境を逆手にとって,栄養の少ない葉を創り出して動物の食害から身を守った。

 稲作は,種子が地面に落ちない非脱粒性の突然変異の発見から始まった。
 何故なら,稲穂からパラパラと地面に落ちてしまった種籾を,拾って集めるなんて大変すぎるから。
 日本に伝わってきた稲作は,徐々に文化の中央に浸透し,日本の歴史のそこかしこに影響を及ぼしていった。
 水を引いて行う稲作は非常な重労働で,多くの人が力を合わせて行う必要があったのだ。

 例えば五節句。元々は稲作作業の節目に体に気を配り労る日だった。
 1月7日の人日に食べる七草は,冬から春に田んぼや畦に見られる植物だ。
 3月3日の上巳には,本格的な稲作作業が始まる前に薬湯を飲んで体力を付けた。
 5月5日の端午は田植えの季節。虫に刺されたり皮膚炎になりやすい田んぼの作業のため,抗菌作用のある菖蒲の薬湯を飲んで菖蒲湯に浸かって体を休めた。
 また7日7日の七夕は,別名ほおずきの節句。ほおずきの根は中絶薬で,この季節の妊娠は秋の稲刈りに障るため,ほおずきの根を服用したのだ。
 9月9日の重陽は,旧暦では10月。稲刈りの季節だ。強壮作用のある菊の花の酒を飲んだ。


 初歩的な生物学の知識を織り交ぜながら一般教養としてイネや稲作,米,さらには米にまつわる日本文化について詳しくなれる1冊だ。
 正直言うと,大学で生物系だった私には少々物足りなかったが。