大砲とスタンプ

兵站を描く希有なコミック

  • 大砲とスタンプ(全9巻)
  • 著者: 速水螺旋人(はやみ らせんじん)
  • 出版社: 講談社
  • 掲載: 『月刊モーニングtwo』2011年~2020年

 『大砲とスタンプ』は,講談社『月刊モーニングtwo』にて2011年~2020年に連載されたミリタリー漫画。全83話,9巻で完結している。
 架空の国,「大公国(この世界のウクライナからロシア西部あたり)」と「帝国(同ポーランドあたり)」の連合軍(同トルコあたり)が「共和国」と戦っており,舞台は連合軍が占領している共和国領土アゲゾコ。
 アゲゾコはこの世界の黒海北部,ウクライナあたりに位置している。

 主役は「紙の兵隊」と呼ばれる大公国兵站軍の新米女性将校マルチナ。
 武力による戦いではなく,武力を行使する人々を物資から支えることにより軍を機能させ勝利に導くのが兵站軍の戦い。兵站が機能していなければどんな軍隊にも勝ち目はないのだ。兵站という,戦闘ではない軍の生活を詳細に描く希有なコミックだ。

 各話の終わりには,その話に出てきた独創的な兵器の説明が事細かく解説されており,ミリタリー設定マニアの想像を膨らませてくれる。
 大公国はキリル文字を使いウォトカを好んで飲む土地柄なので,ロシア文化が好きな方にも楽しいエピソードが満載だと思う。

 ソフトな絵柄でコミカルに物語は進んでいき,ミリタリーに詳しくなかったり馴染みがなかったりでも読みやすいのだが,戦争の暗部はしっかり折り込まれている。
 主な舞台になるアゲゾコは連合軍が占領した土地で,地元のゲリラまで活動している混沌な状態,いわば最前線。それゆえ容赦なく見事に人がどんどん死んでしまうのだ。これだけ死体が度々登場し人がどんどん死んでいく漫画も少ないかもしれない。

 出てくる登場人物の数は多いが,みな個性豊かで魅力的。生き生き描かれているので覚えられずに困ることもなかった。大好きな登場人物達が願わくばみな生き残って欲しいのだが…それも叶うまいか? そう思いながら読み進んだのだった。

 以下,大まかな各巻の紹介や感想。
 物語の内容に触れるので多少のネタバレはあるが,根幹に関わるネタバレはしないよう自分の備忘録をかねて書いた。


大砲とスタンプ(1)

 士官学校を卒業し初めての任地へ赴く,大公国兵站軍のマルチナ・M・マヤコフスカヤ少尉。彼女が配属されたのはアゲゾコ要塞の兵站軍,管理第二中隊だった。

 輸送や補給が任務の兵站軍は「紙の兵隊」などと嘲笑われているが,マルチナはお仕事大好き書類大好き。キッチリと事務仕事をこなすことに生きがいを感じている。
 兵站の仕事に関しては有能な彼女だが,安全装置を外さず銃を使おうとしたり,軍人としてどうよ?という側面も。

 基地での現実を知らない新米少尉としてバカにされたりしながらも,やる気と気合いと正義感で仕事に突進するマルチナには,ほどなく「突撃タイプライター」という渾名がつく。
 赴任の時から彼女に懐いて周りをチョロチョロ動きまわるイタチモドキの名前がスタンプだ。まるでスタンプを押したかのように書類に足跡をつけたのが名前の由来。マルチナにつきまとう姿は,ちょっと魔法少女に付属する小動物を思わせる。

 彼女を中心に軍の内情が色々と描かれていくわけだが,軍用メカの解説は非常にマニアック。次々に起こる事件は現実にありそうなことばかり。登場人物も一々個性的で面白い。
 マルチナの直属上官のキリール・K・キリュシキン大尉は,軍人名門一家の出身だが,軍の仕事にそれほど興味がなく,SF小説を書くのが趣味。おっとりしていてマルチナと対照的。一見あまり仕事をしていないようだが,周りをよく見ている。マルチナとは良いコンビニなれそうだ。


大砲とスタンプ(2)

 第二中隊にキリールの異母弟コースチャが配属される。マルチナは中尉に昇進。
 コースチャは武勲を立てたがっているが空回りばかり。マルチナを姉のように慕うようになる。

 底知れぬ悪役っぽい雰囲気を漂わせる陸軍憲兵スィナン・カライブラヒム中尉が登場。
 イイダコ高地に出張したマルチナは,そこで戦闘に巻き込まれ唯一の将校として指揮をとることに。波瀾万丈な日常の巻。


大砲とスタンプ(3)

 共和国美人なボイコ曹長の奥さんの話に,ある日突然降ってきたジュウキェフスキ十字勲章。勲章が羨ましそうなコースチャ君が超かわいいのだ。
 仕事やる気ないキリールさんだが,人を見る目は持っていて人の動かし方も知っている。スィナンの胡散臭さもすぐさま調べ,マルチナに接近する彼を警戒するが,そもそも人の良いマルチナはのほほんとしていて,読者の方もやきもきさせられる。

 アカベコ村の共和国軍補給基地の争奪作戦は,マルチナ,コースチャ,アーネチカの3人。マルチナは初めて飛行機に乗る! なかなかハードな任務だが,それを知りつつ「まあお前なら大丈夫だろ」と送り出すキリール。部下の能力と運を信頼しているのか何なのか。

 麻薬騒動を調査するマルチナは,明らかに怪しいスィナンに何の疑いも持たず,事務仕事は一級品で正義感も強いのに,とんでもないお人好しさを発揮する。マルチナの救助に向かうのは第二中隊でも手練れの二人,ボイコ曹長とアーネチカ。マジ頼りになる二人だ!

 そして,そんなアーネチカの過去のこと。
 字の読み書きができないアーネチカに,かつて字を教えてくれようとしたリーザンカという人物がおり,彼女たちがいた場所は北極圏の女子監獄船。そこでアーネチカは「野良猫アーネチカ」と呼ばれていたのだった。

 アーネチカはスラム出身,威勢の良い下品な言葉で啖呵を切ったり,ナイフ一本で荒事を解決する。しかも美人だ。『大砲とスタンプ』きっての魅力的なキャラだと思う。

 後半は新年の帰省の物語。
 キリールに促されて休暇をとって実家へ帰ることにしたマルチナ。だが本心では苦労して帰るより仕事をしていた方が楽だなんて思っている。そんな彼女に声をかけたのは帝国のラドワンスカ大佐だった。

おのれルーチンを 圧迫する 年中行事め~
新年なんて 来なきゃ いいのに!

p.137 マルチナ

将校とは考えることが任務だ
単に命令を遂行するだけでは良い将校とはいえん
頭を日課から切り離して考える余裕を取り戻す
余裕のない将校に指揮される兵は不幸だよ
休暇も任務のうちと考えるといい

p.147 ラドワンスカ大佐

 マルチナが帰省している間,キリールとスィナンは雰囲気が悪い会談を行う。
 また,スィナン自宅に訪れる抵抗運動家(1巻から最終話まで登場するのに最後まで名前がわからない男)とスィナンの間でも物騒な会話。
 アゲゾコでは幾つもの勢力が蠢いているのだった。

 スィナンの企みによって土俵に引きずり出される第二中隊だが,キリールはふにゃふにゃしているように見えても頭の良い男。「兵站軍には兵站軍のやり方があるってことさ」とマルチナを呼び戻し「手を抜かず存分にやれ存分にだ!」と言い渡す。
 存分に仕事をするマルチナの恐ろしさが非常に面白い。

決まりは決まりです!
大きな間違いは小さなミスから!

p.41 マルチナ

大砲とスタンプ(4)

 計算機こわれるの件。
 根回しや交渉で不可能を可能にしていくキリールは,マルチナとは異なった方向から兵站軍の戦い方を心得ているという感じで,次は彼がどんな作戦でこれを乗り切るのかと,何か起こるたびにワクワクする。電子頭脳室火事というかなり詰んだ災難も何とかしてしまった。
 ついでに,キリールのSFが,実は国際的に(一部に)人気らしいとマルチナにわかってもらうことまで成功。

 大公国と帝国の合同上級者作戦会議で,初めて帝国へ行くマルチナとお供のアーネチカ。
 帝国といえばラドワンスカ大佐だ。彼女は国へ帰れば「ガブリエラお嬢様」なのだった。若き日のラドワンスカ大佐の物語は見逃せない。

 帝国によくいる鳥,ニセネココウ。幸運を呼ぶ鳥と呼ばれているらしいが大活躍。
 命令書のカバン事件が起こるが,アーネチカが一々逞しく,マルチナと反対方面で有能で感心する。
 第29話「中尉時代が夢なんて後からほのぼの思うもの」などというパロディは,最近の若い人には通じないと思うが私には受けた。

 キリールやコースチャのおじいさん,クリム・M・キリュシキン元帥閣下のユキンコ行きのお伴をすることになったマルチナ。
 護衛にはいつもの胡散臭い憲兵中尉がいるのだった。スィナンがいるところでは常に何か物騒なことが起こるのだ。


大砲とスタンプ(5)

 ちょっと都合が悪いとさっさと人を殺してしまうスィナン。だが,ユースフのことは意外と本気で可愛がっているっぽい。「兵站軍は不公平を許しません!」で,マルチナも本気で気に入られたかもしれない? だがスィナンは気に入っても不都合になったら気軽に殺す男なのだ。

 マルチナは持ち前の書類フェチを活かし,キリュキシン元帥を救う。紙は大切なのである。しかし相変わらず武器を取って闘うことだけは本当に士官学校を卒業できたのだろうかと疑うほどダメダメすぎて,どこぞのヤン・ウェンリーを思い出させる。

 日記が大切な眼鏡の新人補充兵ディーマ。偶然彼を助けるアーネチカ。アーネチカが現れた時点でもう大丈夫と思えるのだから,アーネチカはマジ頼りになるカッコイイ奴だ。

 国債割り当てノルマの話。
 マルチナは二日酔い街へアーネチカを探しに行くが,そもそもそこは,マルチナ向きではないいかがわしい場所だ。アーネチカに保護されなければどうなっていたことか。なんだかんだとマルチナはいつもとても運が良い。
 「ウンコな今日は雌犬に…」(言えないどころか書けやしない!)などという下品な言葉で堂々と啖呵を切れるアーネチカには,ある種の憧れさえ感じる。是非マルチナの横にいて守ってやってほしい。

 アゲゾコスペシャル醸造所探し。
 謎の美味しい酒の出所を探し回る物語。遺跡のようなアゲゾコ要塞には謎が空間がいっぱいなのだった。

 資金工面のために中立国を作っちゃうキリールは,さすが想像の世界で生きている人だ。しかし,せっかくSF(ファンタスチカ)趣味で繋がり仲良くなった共和国のデュラン少佐は…?

 ルールーちゃんの赤紙ラジオでは,どこぞのリリー・マルレーンのことなどをちょっと思い出した。最後にまたスィナンの怖い影。


大砲とスタンプ(6)

 赤紙ラジオと放送事故と暗号解読。辞書と文法書を片手に頑張るマルチナは勉強家だ。だが関係者を増やしたくないと言いつつ最も怪しいスィナンを頼るお間抜けなのだった。この回もアーネチカがラジオ放送でぶちかました下品な啖呵が冴えていた。おかげでアーネチカは人気パーソナリティに?

 親大公国感情醸成のための軍と市民の交流イベント,要塞まつり。
 映画好きな「抵抗運動家」(名前不明)氏と共和国工作員のエミーネ中尉が要塞まつりにやってくる。自分の中の筋を通す抵抗運動家君が小気味よかった。最初はただの怖いテロリストな印象だった彼の人間味が少しずつ描かれてゆく。
 まつり屋台(兵站軍カフェ「メガネちゃん」)のためのマルチナの料理教室や,当日のバニーなマルチナなどがレアな見所。マルチナは任務とあらばバニーガールの格好も意外とこなすのだった。要塞まつりのコースチャは必見。非常に可愛い上に有能だ。

 新人補充兵のディーマ君と抵抗運動家氏,二人でアゲゾコ巡り。抵抗運動家氏は地元愛ゆえの抵抗運動家なのだとよくわかる話だった。

 カタクリコ鉄橋破壊による一連の事件が始まる。
 進路を断たれてマルチナたちが立ち寄ったミエシュコ村での,村長の娘メルテムとの出会い。マルチナの将来に大きく関わる出会いとなる。

 今まで見たことがなかった管理第二中隊の中隊長,エロフェーエフ少佐が登場。時を同じくしてキリールの本が賞をとる。キリールの留守中にマルチナはメルテムと再会。
 そして,匪賊対策「羊飼い作戦」が始まる。匪賊と住民を切り離し後方の治安を回復する作戦で,マルチナは支援任務につく。作戦を指揮するのは「黒死病連隊」のグロム中佐。
 しかし,共和国軍も大公国軍も通る,メルテムのミエシュコ村は疑われてしまう。
 泣き崩れるマルチナを,一緒にいたトイチロヴスキイ兵長が連れ帰る。

 頑張り屋で有能だけど世間知らずなマルチナを,キリールもアーネチカもボイコも影ながら心配して守っているところが好きだ。


大砲とスタンプ(7)

これは呪いのしるしだよ マヤコフスカヤ中尉
祖国の人びとのかわりに 無辜の者を殺し街を焼き孤児をつくる
その代わり 格好良い制服と勲章がもらえる
それが将校だ 君も呪われているのだよ

p.15 ラドワンスカ大佐

 一般人虐殺を目の前にし,PTSDになってしまったマルチナ。
 過去の戦争犯罪ファイルから,エロフェーエフ少佐にも辛い過去があったことを知る。
 仕事ができず,キリールの勧めで休暇を取って故郷へ帰ることにする。「戻ってこい!」というキリールの力強い声に見送られ,マルチナは故郷へ向かった。

故郷ではぼーっとするな
家の手伝いでも散歩でもいい
人と会え 話をしろ
仕事以外で忙しくするんだ
なにか得るものがあるさ

p.24 キリール

てめえの地獄に
てめえ一人で行きやがれ!

p.25 エロフェーエフ少佐 

 マルチナがいない管理第二中隊でコースチャが頑張っている。キリールがコースチャに語るのは,ボイコ曹長の過去の物語。ボイコと奥さんの出会いのことも!

 第57話「戦場は遠くにありて思ふもの」
 各話の題名が一々読み解くべきコンテンツになっているのがこの作品の楽しさの一つ。これは室生犀星だ。

 というわけで,故郷に帰ったマルチナの物語。
 PTSDは,軍人が通らねばならない苦しみの一つなのかもしれない。
 兄は召集されて軍曹に。故郷の映画館の館主であるドプチンスキイ神父が孫がいるほどの年齢なのに招集されていることに驚くマルチナ。
 どうにもならない不条理が存在する。両親はそんなマーリャに昔話を聞かせるのだった。

ハンコ押すだけなら機械でいい
ハンコの向こうに何があるかを想像するんだ
そうやってるとな いつかわかるんだよ
正念場ってのが来たときな
このために自分はいたんだという
その正念場を逃がさないことだ

p.123 マルチナ父

 一方,アゲゾコではキリールが楽しそうだ。
 軍には招集された漫画家や小説家など,多くの専門家がいる。キリールは彼らを集めて楽しく軍の新聞『熊騎士』作りに励んでいたのだった。しかし,マルチナがいないため兵站の仕事が滞り…。スィナンも,たまには悪事以外のことをやるらしい。

 ラドワンスカさんは少将に昇進し帝国参謀本部へ栄転。

 とうとうマルチナがアゲゾコに帰ってくる。たくさんの懐中汁粉を携えて!
 帰ってきたマルチナは,気象隊観測所との打ち合わせのため,アーネチカと一緒にステテコ島へ出かける。ステテコ島は温泉島なのだった。
 中尉さんはけっこう偉いので,何か起こると最先任になって大変。そして野生の勘を持ったアーネチカは今回も大活躍なのだった。


大砲とスタンプ(8)

 冒頭は第64話「地獄の沙汰も会議次第」。ポクロフスキー師にリハチョフ師,初めて軍の聖職者,従軍司祭が登場する。当然ながら兵站軍は聖職者たちにも物資を提供している。
 大公国の国難を救ってきた至玉「聖戦の女神像」がアゲゾコ戦線へやってくることになり一騒動。

 また,兵站軍にはいつのまにか「タイプライターギャング」という渾名がついていた。物資横流しギャングとタイプライターギャングの戦いが始まる。

 第68話「胸に痛みがあります」は勲章の商売の物語。
 勲章をつけていれば女にもてる(と信じている兵が多い)し,家族に送る写真で勲章をつけていると格好がつくのだ。

人はな 本物の敵より
敵の服着た身内が憎いもんや

p.134 アゲゾコ軍団ユルドゥズ大尉

ドン臭いのは罪やな
誰かが赦してやらんと
あんまりにもみじめやないか

p.136 アゲゾコ軍団ユルドゥズ大尉

正義もまあ 厄介なもんやで
人間自分が正義や思うたらどんなえげつないことでもやるもんや

p.140 スィナン

 義勇アゲゾコ軍団の蜂起によりアゲゾコは一気にきな臭くなっていく。
 そんな中のマルチナとコースチャの昇進,大公殿下の誕生日パレード,そして転属命令。いつか戦争が終わったらと語る彼らに,物語が最終巻に向けて動き出すのを感じつつ終わる巻。


大砲とスタンプ(9)

 大公国に火花党による革命が…! まさかのアーネチカと監獄仲間の再会。

 大公国は共和国と停戦。必然的に今まで一緒にアゲゾコを抑えていた帝国と敵対することになってしまう。アゲゾコ要塞は革命で混乱中の本国とまともに連絡をとることもできず,泥沼の戦後処理が始まる。

 第82話「来ましたよ そのときが」これは7巻で帰省したマーリャに父が話した言葉を受けている。マルチナにその時が来た。
 最前線となったアゲゾコは地獄の様相を呈し,知恵を総動員して生きるために奔走し,撤退作戦を実行。マルチナは戦友達を国へ帰すため殿を務める決心をする。
 混乱の中で,あの人もこの人も負傷し戦死していく…。

戦友のケツを持つのが俺たち兵站軍だ!
紙の兵隊の晴れ舞台だぞ!

p.139 ボイコ曹長

 リューバ軍曹にキリール,アーネチカにコースチャ。マルチナは戦友たちと最後になるかもしれない別れをかわしていく。

逃げるときはフイッと消えちゃいますかラ
今のうちに仁義切っときますネ

アーネチカ


 累累と続いてゆく悲しい別れと死の場面。その中に垣間見える戦友たちの信頼関係。超大作の映画を見終わったような読後感だった。


 惜しむらくは,最終話(83話)「大砲とスタンプ」が長すぎて,ちょっと駆け足だったこと。もう1巻分くらい物語が長ければ良かったなぁと思う。後日談,一人1コマじゃなくて,一人1ページだったら嬉しかったなぁと思う。
 そう思うほど,キャラクター達を愛し楽しめた作品だったのだ。

後悔?後悔ね
ああするだろう夜中に何度でも飛び起きて自分を許せず苦しむことだろう
だが死んじまったら後悔もできん
せいぜい楽しく後悔するさ

p.118  エロフェーエフ少佐

2022年4月6日追記;
 ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに5度目の再読。
 最終話まで読み終わり,何度読んでも面白い,そして切ない作品だと思った。
 アゲゾコに共和党軍がやってきたあとの街の様子は,ここ最近メディアで見かけるマリウポリとそっくりで,どう表現したら良いか分からない気持ちになった。
 戦争が終わり,生き残った者は各々の人生を新たに紡ぐ。その片鱗を過多にならず少しだけ見せてくれるところが読後感を広げてくれていると思う。
 人の世のよくある物語,そして幾ら語っても語り尽くせない物語だ。



ローズ・ワイルダーの物語

小さな家シリーズの前日譚と後日譚

 『大草原の小さな家』シリーズの後日譚,ローラの娘のローズの物語。
 このシリーズは,ローズ・ワイルダー・レインの養子で,ローズから直接子供時代の話を詳しく聞いたロジャー・リー・マクブライドによって書かれている。

 ローラ・インガルス・ワイルダー自身が出版した本は8冊だけだった。
 ローラシリーズの『はじめの四年間』及び『わが家への道』も,ローラの死後,このシリーズの著者であるマクブライド氏によって出版された。
 『はじめの四年間』は草稿のまま,『わが家への道』はローラの日記にローズの捕捉を追加した形での出版。よく知られるように,ローラのシリーズは,既に作家として活動していたローズの渾身の指導があってできあがった物語なのだ。

 小さな家シリーズ前日譚,キャロラインや更にその祖先にあたるシャーロットやマーサのシリーズは,ローズシリーズとは作者が異なっており,読んでいても世界を見る視点が異なっていることを感じる。
 これらの前日譚・後日譚はどちらも本の出版に本人が関わっていないため,物語上の事実とは異なる脚色は,ローラシリーズ以上に増えているのかもしれない。

 しかし,それでもこれらのシリーズはできる限り事実に忠実に物語を構成しようと努力された本であり,出版の経緯を踏まえた上で読むことに違和感は感じなかった。子どもの頃から好きだった物語を見届けさせてもらえてよかったと思う。

 ローズシリーズは,残念ながら最後の2冊が邦訳されていない。日本では未出版なのだ。
 日本での最終巻,『ロッキーリッジの新しい夜明け』の翻訳本が出版されて約20年が経過したことを思えば,今後出版される希望もなさそうで残念だ。
 できればマーサやシャーロットの物語も含め,全てが邦訳され,入手しやすい電子書籍になってくれればと願ってやまない。 


ロッキーリッジの小さな家 (新大草原の小さな家 1)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(絵) 谷口由美子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1994/09/26
  • メディア: 単行本

 前半は,1894年の夏,サウス・ダコタ州デ・スメットからミズーリ州マンスフィールドまでの移住の旅。『わが家への道―ローラの旅日記』の内容を,ローズを主人公として語り直している感じになっている。
 ローラの旅日記と同じことも出てくるし,同じ場面がもっと詳しく書かれていたり,ローズ視点の異なるエピソードがあったりする。

 後半は農場を手に入れ最初の冬を迎える準備ができるまで。
 農場はローラによってロッキーリッジ(岩尾根農場)と名付けられ,近所の人たちとも知り合いになる。

 ローラ・インガルス・ワイルダー作の小さな家シリーズと比べると文調が異なり,自然描写が今ひとつ詩的でない気がするし,服や食べ物の描写も乏しく少し物足りない気がする。ローラのシリーズを通して20回は読んでいる私には別のシリーズだという感じは否めないが,別のシリーズだと思って読めば問題ない。
 開拓少女として育ったローラが母となり,その後をどうやって過ごしたかがわかって興味深い。ローズはまだ幼いが,とても意志がはっきりした少女である事がわかる。

ローズ 7歳。
インガルスの親戚と最後の別れをし,クーリーさん一家と共にワイルダー家は新天地へ向かう。

デ・スメットからマンスフィールドまで幌馬車の旅の間にローラが綴った日記。

オウザークの小さな農場 (新大草原の小さな家 2)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド著 デービッド・ギリース絵 こだまともこ・渡辺南都子訳
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1995/04/14
  • メディア: 単行本

 物語の最後でローズは8歳。
 オウザーク丘陵で,ワイルダー家の新しい生活が始まった。引っ越した直後から,引っ越して来て1年後の秋の収穫月が高々と照る季節まで。1894年~1895年,最初の1年の物語だ。

 新しい家のお祝いにアルマンゾがローラのために買った新しい料理用ストーブの話が印象的だった。立派な料理用ストーブを贅沢品と断じ,内緒でそれを買ったアルマンゾを非難し,頑固に拒否するローラ。
 ローラが苦労するところを見たくない,ローラに喜んで欲しい,ローラが楽に働けるようになって欲しいというアルマンゾの心遣いなど完全無視だ。そして,そんなローラの怒りをのらりくらりとかわし「まぁ見ててごらん」とローズに話すアルマンゾ。
 『大草原の小さな家』シリーズでもローラの頑固な性格が前面に出るエピソードは幾つもあった。『大草原の小さな町』で,ワイルダー先生に反抗して学校から帰された逸話などが即座に思い浮かぶ。あのローラがそのまま大人になって,大人になった分だけ面倒さに磨きがかかった感じだ。穏やかなアルマンゾは,そんなローラをよく理解しサポートし良い夫婦なのだと感じさせられた。

 ただ,2冊目を読んでもローズがどんな人なのか今ひとつわからない。ローラシリーズはもちろん,キャロラインシリーズでもキャロラインがどんな人物なのか生き生きとわかったのだが。
 学校に行きたくないローズの様子から,ローズがマンスフィールドの人々に馴染んでいないことはわかる。ローズが学校の文庫から最初に選んだ本『革脚絆物語』※を読んでみたいと思った。

※『革脚絆物語』(かわきゃはんものがたり, Leatherstocking tales)
 著者:ジェイムズ・フェニモア・クーパー(James Fenimore Cooper, 1789~1851)

ローズ 8歳。
ローズは町の学校に通い始める。

大きな赤いリンゴの地 (新大草原の小さな家 3)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(イラスト) 谷口由美子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1995/11/20
  • メディア: 単行本

 1895年,ローズ9歳の秋に始まり,1896年,ユタ州が45番目の州として合衆国の仲間入りをした年の夏の終わりまでの物語。

 1896年,アルマンゾはロッキーリッジに新しい農家の建築を開始した。まず台所と玄関の間,そして屋根裏の寝室で,ローズも自分だけの部屋を手に入れる。

 「恋仲」という大人の世界に興味を抱く年頃になったローズ。自分のロバを手に入れ,また嘘をつく恐ろしさも知る。クリスマスの時期が近づくと,家族のクリスマスプレゼントの準備で忙しく過ごすが,そんな中で,プレゼントをもらったことがない近所の子供に心を砕いたりもする。
 大人に向かって成長していくローズにとって,人生も仕事も新しいことだらけなのだった。

 夏の日差しから樹皮を守るために,リンゴの幹の地面から最初の枝までにしっくいを塗るのだそうだ。開拓者の娘だったローラの物語には果樹についての話は全く書かれていなかったので初めて知った。

 また,暖かい日に激しい仕事をした日には「スウィッチェル」を飲んでいたそうだ。これはリンゴ酢と蜂蜜と生姜で作る飲み物で,身体に良さそう。ネットで調べると簡単なレシピが幾つも見つかった。

 蜂蜜を利用するために,発見した蜂の巣を,蜂の群れを導きながら引っ越しさせる話が面白かった。
 一人一人が頭を使って創意工夫して様々な問題を日々解決しながら暮らしていく生活だ。個人の資質が生活に直結しそうだ。

ローズ  9歳。
ロッキーリッジは順調に大きく豊かになっていく。

丘のむこうの小さな町へ (新大草原の小さな家 4)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(イラスト) こだまともこ・渡辺南都子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1996/05/24
  • メディア: 単行本

 ロッキーリッジへ越してきて2年後,ローズは11歳。
 物語は,ワイルダー家が懇意にしている隣人,エイブとエフィーの結婚式の夜から始まる。エイブとエフィーには双子が誕生し,ロッキーリッジは豊かになり穏やかな日々が過ぎて行く。
 しかし,ワイルダー家には転換期が訪れようとしていた。

 この頃になると,ローズは線路の続く地平線の向こうへ思いを馳せるようになっている。将来町を出て世界を駆け回るローズの片鱗が現れているのかもしれない。

 近所で助け合う豚の解体,流行のタモシャンター帽,それから学校のクロウ先生。願いのかなう本に,学友のブランチの誕生日パーティ。
 だがその後,農場に天災が続く。竜巻に襲われ,雨の春のあとにやってきた日照り続きの日々,夏の山火事。ロッキーリッジに苦難の時が訪れた。
 また,ワイルダー家と一緒にデ・スメットから移住してきたクーリー家にも列車の転覆事故という悲劇が起こる。

 1898年,ワイルダー一家は農場を人に貸し,丘のむこうの町へ引っ越すことになったのだった。アルマンゾの両親が,ルイジアナ州へ移住する途中でマンスフィールドに立ち寄ったのもこの年。
 少女時代を終え,少しずつ大人になってゆくローズの物語だ。

ローズ 11歳~12歳。
ロッキーリッジには平穏な日々が続いていたが,それも束の間,次々と天災が訪れる。

オウザークの小さな町 (新大草原の小さな家 5)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(イラスト) 谷口由美子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1997/05/26
  • メディア: 単行本

 ローズは12歳。
 ロッキーリッジからオウザークの町へ引っ越し,新しい隣人たちとの関係の中で町の生活に慣れてゆく。
 町で暮らし始めて,ローズの友人関係は少しずつ変わっていった。学友のロイスとネイト,幼なじみのポール。また汽車を見ながらの暮らしをローズは少しずつ楽しむようになっていく。
 ワイルダー家には下宿人が住むようになり,町では流れ者に出会ったり,ローズの世界は広がっていく。またこの年ローズは重い病に罹り,生死を彷徨うことにもなった。
 こういった経験の何もかもがローズを大人にしてゆく。

ローズ 12歳。
オウザークの町で暮らし始め生活や交友関係が変わってゆく。

ロッキーリッジの新しい夜明け (新大草原の小さな家 6)

  • 作者: ロジャー・リー・マクブライド(著) デービッド・ギリース(イラスト) こだまともこ・渡辺南都子(訳)
  • 出版社: 講談社
  • 発売日: 1998/05/25
  • メディア: 単行本

 十九世紀最後の日,ローズは13歳だ。

 幼なじみのポールは電信技師となって遠くの町へ旅立っていった。
 親友のブランチも,マウンテングローブ・アカデミーへ進学してマンスフィールドを去った。

 ローズは忙しく過ごしながらも年頃の娘としての好奇心を抑えられず,ロイスの妹のエルサと一緒にこそこそと遊ぶ計画を立てて両親を心配させたり,お金のかかる進学のことで悩んだりするのだった。

 ローズが進学のことで悩んでいたちょうどその時,デ・スメットから便りが届く。インガルスのおじいちゃんが重篤だというのだ。進学で悩むローズを残し,ローラは汽車に乗ってデ・スメットへ出発してしまう。懐かしくも悲しいローラの帰省の旅だった。
 「飲みかけのリンゴ酒の小びんちゃん」は「一ガロン入りのリンゴ酒の大びん。だれもまだ口をつけていないくらいの重いびん」になって,とうさんの枕元に座る。
 チャールズ・インガルスは,1902年6月8日にこの世を去った。
 デ・スメットで,ローラは懐かしい人たちの消息を知る。ボーストさんにメリー・パオワー,キャップ・ガーランドのその後が語られる。

 物語の最後,ローズは16歳になっている。
 将来についての相談相手であるブランチは甚だしく精神的成長を遂げていて,教育と環境はここまで人を作り替えるのかと驚いた。

 進学の望みを失い失望するローズだったが,彼女の前に,相変わらず我が儘と類い希なる魅力を併せ持った伯母,イライザ・ジェーンが登場した。ローラやアルマンゾとは反りが合わないイライザ・ジェーンだが,ローズにとっては良き理解者である素敵な伯母なのだった。


 ローズの物語は,この後『On the Banks of the Bayou』と『Bachelor Girl』の2冊が出版されているが,日本語訳はこの『ロッキーリッジの新しい夜明け』でお終いだ。
 残念だが,本書が出版されて20年以上が経過していることを思えば続きの邦訳が出版されることは期待できないだろう。
 ローズ自身が書いた自伝的小説『わかれ道』は谷口 由美子訳で出版されている。

ローズ 13歳~16歳。
親しい友人達がマンスフィールドを旅立ち各々の道を歩み始める中,進学について悩む。

結婚の失敗やポールとのその後などを基に書かれたローズの自伝的小説。

On the Banks of the Bayou (Little House Sequel)

  • 作者: Roger Lea MacBride(著) Dan Andreasen (イラスト)
  • 発売日: 1998/9/19
  • 出版社: HarperCollins; Illustrated版 (1998/9/19)
  • メディア: ハードカバー/ペーパーバック

 『バイユーの土手で』と訳せば良いのだろうか?
 バイユーとはミシシッピ川の三角州地帯などでゆっくりと流れる小川のことで,ルイジアナ州からテキサス州あたりに広がっているらしい。

 平易な英語で書かれている。高校生程度の英語力があれば,わからない単語を読み飛ばしても全体の意味は十分わかると思う。ローズのロッキーリッジからの旅立ちの物語なので,ローズのその後に興味がある方にはお勧めの本だ。


あらすじ

 1903年。16歳になったローズは,ローラに見送られ,マンスフィールドの駅から旅立つ。行く先は伯母のイライザ・ジェーンが住むルイジアナ州クラウリーだ。
 この本ではクラウリーの高校に通うローズの1年が描かれる。ローズは学んだことがなかったラテン語も克服し懸命に勉学に励みつつ,女性の権利のために活動をするイライザ・ジェーンの影響を大きく受けながら伯母の家での生活を楽しむ。
 そして,17歳で高校を卒業したローズは,大好きな伯母に別れを告げてマンスフィールドへ帰る列車に乗るのだった。

 ローズを呼び寄せたイライザ・ジェイン(E.J.)が住むルイジアナ州クラウリーはマンスフィールドに比べると大都会で,電話や電気があり,レストランやアイスクリームのパーラーもあり刺激的だ。ローズは生まれて初めて食べるアイスクリームに夢中になる。
 ルイ14世の名前に由来するルイジアナ州にはフランス語を話す人が多く住み,カナダからやってきたフランス系の移民や黒人も多く暮らす。まるで音楽のように聞こえるフランス語の響はローズを刺激する。
 また,母親のローラと違い,婦人参政権を目指す先進的な女性であるイライザ・ジェーンの活動を手伝いながら,ローズは今まで知らなかった世界の人々と知り合い,考えを深めてゆく。

 キャロラインが家族から離れてミルウォーキーの大学に行った時のことを思い出したが,キャロラインが家庭的な少女だったのに対し,ローズはE.J.に似て独立心と冒険心を多く持つ少女だ。E.Jと暮らしたこの1年がローズの生涯に与えた影響は計り知れない。

 かつてローラの「ワイルダー先生」だったE.J.のことを,アルマンゾもローラもいつまでも苦手としているようだったが,ローズの目を通して見るとまるで別人になったのが印象的だ。E.J.は類い希なる才能と実行力を持った魅力的な女性で,ローズにとって素晴らしい伯母だったようだ。
 イライザ・ジェーンはローズが未来を切り開く切っ掛けを与えた大きな存在なのだった。

ローズ 16歳~17歳。
伯母イライザ・ジェーンの家からルイジアナ州クラウリーの高校に通う。

Bachelor Girl (Little House Sequel) 

  • 作者: Roger Lea MacBride(著) Dan Andreasen (イラスト)
  • 発売日: 1999/9/1
  • 出版社: HarperCollins; Illustrated版 (1998/9/19)
  • メディア: ハードカバー/ペーパーバック

 タイトルは,『バチェラー・ガール』『独身婦人』『職業婦人』という感じだろうか。
 ローズの養子でローズから直接話を聞いたロジャー・リー・マクブライド氏によるローズシリーズの最終巻だ。


あらすじ

 1904年。
 ローズは伯母イライザ・ジェーンの家から通ったルイジアナ州クラウリーの高校を卒業し,マンスフィールドへ帰った。
 しかし,すぐに田舎暮らしに退屈し飽き飽きしてしまう。マンスフィールドの同世代の少女達はくだらなく見えるし,彼女が電信技師の学校に問い合わせる郵便を送っただけで近所の人を通じて母親が知ってしまうようなところも嫌いだった。

 ローズは両親に50ドルの借金をしてカンザスシティの学校へ進学する。カンザスシティはミズーリ州最大の都市だ。1900年の人口が163,752人,1910年で248,381人だから,当時,急成長を遂げていた都市だろう。ちなみに2010年には459,787人になっている。

 学校を卒業したら仕事を紹介してもらえるという話だったのにそんな話はなく,ローズは直談判でどうにかカンザスシティで電信技師の仕事を手に入れる。しかし,ローズは下宿先の家族から冷たくあしらわれ,給金も安く苦しい生活だった。そんな中,幼なじみで恋人のポールが1日だけ訪ねてくる。
 ドレスを新調し浮かれていたローズだが,出先で帰りの船がやって来ないというトラブルに見舞われ朝帰りとなってしまう。おかげで下宿先の夫人からとうとう引導を渡されたも同然となり,サンフランシスコの仕事に応募した。

 破れかぶれでサンフランシスコへ向かい懸命に仕事に取り組み,両親への借金を返したが,ローズは仕事一辺倒の日々を暗い気持ちで暮らしていた。
 海の景色を眺めて散歩することが,そんなローズの大いなる慰めの一つだった。海の向こうの知らない国々のことを考えるとローズはワクワクするのだった。初めて食べる海の魚も美味しい!

 そんなある日,ローズはひょんな事から仕事先でルイーズという少女と知り合う。ローズは,ルイーズやルイーズの母親と一緒に出歩くようになり,やがて彼女らの家に同居するようになる。ルイーズたちの生活は,ダンスにお酒,きらびやかな化粧,深夜のドライブなど,今までのローズの暮らしとはかけ離れたものだった。

 彼女らの派手な交友関係につきあって出かけた先で,ローズは未来の結婚相手となるジレット・レイン(ジル)と知り合う。
 ローズは,ポールを愛していたが,昔ながらの価値観に頑固に固執するポールに不満も抱いており,愛していないと思いつつもジルに惹かれていった。

 カリフォルニア州での不動産業に成功したジルは,土地を売る仕事をしないかとローズに提案する。土地を売るなど男の仕事だと思っていたローズは,自分にもそれができるかもしれないと思うとワクワクした。
 同時に,両親やイライザ・ジェーンから聞いた彼らが若い頃の物語,新しい土地の開墾の物語を思い出し,血が騒いだ。今度は自分の番なのだ! 新しい仕事に挑戦するため,ローズはジルと共にサンフランシスコを発つのだった。ローズは19歳になっていた。

ローズ 17歳~19歳。
高校を卒業し,マンスフィールドの実家を去り,都会で電信技師として働く。

小さな家シリーズの Index