食べる時間でこんなに変わる

『食べる時間でこんなに変わる 時間栄養学入門 体内時計が左右する肥満、老化、生活習慣病』概要

  • 著者 ‏ : ‎ 柴田 重信
  • 出版社 ‏ : ‎ 講談社(ブルーバックス)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2021/8/19
  • 本の長さ ‏ : ‎ 283ページ

朝たくさん食べるより夜たくさん食べるほうが太りやすいなど、同じものでも食べるタイミングによって、身体への影響が違うことを、私たちはなんとなく感じています。夜の締めのラーメンは、魅力的ですが、罪悪感が伴ったりもします。そのなんとなく感じている、食べる時間による身体へ影響が、科学的に解明されつつあります。つまり、生物学的に言えば、食行動は、生体に朝・昼・夜など時間軸で起こっている種々の生化学的・分子生物学的変化との関係で説明できるということがわかってきたのです。
食事が体調にどう左右するかは、種々の要因が絡みあっていますが、その一つで大きな要因であるのが、体内時計の働きです。「腹時計」がすぐ思い浮かぶかもしれませんが、体内時計にもいくつかの種類があります。さらに時計遺伝子というものが次々に発見されて、体内時計のさまざまな役割などを担っていることも研究されています。
本書では、これらの体内時計や時計遺伝子のしくみをわかりやすく解説します。また、実際の食材や食品が、摂取する時間帯によって、どのように体への影響を及ぼす可能性があるか、いろいろな実験を元に紹介します。食べ物とそれを摂る時間などによって、血糖値や腸内細菌、脳への影響と、さらに肥満や睡眠、病気などとの関連も解明されてきているのです。たとえばカテキンを多く含むお茶は、朝摂る場合と夜摂る場合で血糖値の上昇に差が出たり、トリプトファンを多く含む大豆製品や乳製品、バナナや卵などを朝食に摂ると、夜の睡眠に効果的だったり、ということがわかってきています。また、子供の場合、シニアの場合で、当然「時間栄養学」が違ってきます。そのような多くのケースをそれぞれ詳しく解説します。
時間に影響を受けるのは、食事だけではなく薬の効果や、運動の効果などもあります。時間栄養学と関連して紹介しながら、さらに体内時計の不調である時差ボケや、時間栄養学をより健康に役立てていく方法の可能性などにも触れます。
第1章 体内時計とはなにか
第2章 時間栄養学――「いつ」「何を」「どう」食べるかで体が変わる
第3章 食物繊維を摂るタイミングで、血糖値や腸内細菌はどう変わるか
第4章 体内時計と代謝――間食は摂ったほうが体にいい?
第5章 時間調理学――時間によって調理を変えると体も変わる
第6章 ライフステージ別の体内時計――胎児から高齢者まで
第7章 時間薬理学――なぜのむ時間が決まっているのか
第8章 時間運動学――朝の運動と夕の運動で脂肪の燃え方が違う!?
第9章 体内時計の不調による、さまざまな「時差ボケ」
付録章 AIと時間栄養学

講談社BOOK倶楽部
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000353135

 納豆は朝食べるのが良いか夜食べるのが良いか,運動は朝が良いか夕方が良いかなどなど,何はいつ頃食べてどう行動すれば良いなどの俗説は巷に溢れている。そして,人は各々自分の経験から良いと思って実行している習慣なども持っていると思う。

 しかし,それらが本当は正しい認識なのか?
 本書を読み,現在の研究結果とそれらの俗説や経験を照らし合わせ,理解を深められたのは良かった。

 結局のところ,体内時計の要は朝の光と朝食。
 朝からバランスの取れた朝食を摂り,特に蛋白質の摂取に留意することが何よりと思われた。

高齢者と体内時計

 高齢者が不眠になりやすいのは,メラトニン分泌リズムが低下し,体内時計の位相が前進しやすいからということだ。
 衝撃的だったのは,加齢とともに光同調能力が低下し,高齢者になると24時間に同調させるために必要な光の強度が若齢者の10倍程度にもなるということ。高齢者の具体的な年齢や定義が曖昧だったが,高齢になったら明暗のはっきりした環境や,朝や午前中に強い光の戸外で軽い運動などして過ごすことが特に重要そうである。

メモ

  • ゴマを毎日継続して朝に摂取: 血中の総コレステロール低下
  • 夕食時に高濃度カテキン茶: 食による高血糖を抑制
  • 牛乳・卵: 筋肉には午前 / 骨には夕方
  • 朝納豆: 蛋白質源として
  • 夜納豆: 骨を強くし血栓を予防し夜の血糖値の上昇を抑える
         ナットウキナーゼは熱に弱いのでご飯に乗せない
  • 食物繊維が豊富な間食: 遅い夕食時の血糖値スパイクの抑制
  • 高血糖の予防: 低炭水化物の食事より食事のタイミングの調整の方が重要
  • 高齢者の筋肉量低下予防: スケソウダラ蛋白質(蒲鉾・蟹蒲・竹輪等)を朝摂取
  • 朝は脂溶性ビタミンの吸収が良い: 油炒めやオイル系ドレッシングのサラダ
  • ご飯: 玄米・大麦を入れたり炊き込みご飯など血糖値を上げにくい食材と一緒に
  • カルシウム: 朝より夜の方が吸収が良い
  • ホエイ蛋白: 朝食前摂取で朝食による高血糖を防ぎインスリンの過剰分泌も抑制
  • 朝の運動: 夕方の運動より血圧降下が大 筋肉が減少するのを予防
  • 夕方の運動: 筋肉を肥大させるのに適す  糖尿病の予防・改善に良い
  • 朝の散歩: 起床後1時間以内に15〜30分 健康な人なら約15分でセロトニンが活性化
  • 朝食: よく噛んで食べると咀嚼リズムがセロトニン神経を活性化 血糖値も改善
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高瀬舟と高瀬舟縁起

『高瀬舟』概要

  • 著者 森鴎外(1862-1922)
  • 発表 1916年(大正5年)1月『中央公論』

『高瀬舟縁起』概要

  • 著者 森鴎外(1862-1922)
  • 発表 1916年(大正5年)1月『心の花 第二十巻第一号』

あらすじ

 舞台は江戸時代。
 松平定信が政権を取っていた寛政(1789-1801年)の頃で,知恩院の桜が散る頃の春の夕べだった。

 京都の罪人が流刑を申し渡されると,まず高瀬舟で大阪へ護送されることになっていた。
 護送を行う役人であった庄兵衛は多くの流刑人を見送ってきたが,この日護送することになった喜助に心を引かれる。庄兵衛が今まで護送してきた罪人たちが総じて悲しがっていたのと異なり,付添の親戚もなく一人で舟に乗った彼は晴れ晴れとした顔をしていた。
 喜助は弟を殺した罪人だったが,殺人を犯した悪人にも見えない。
 庄兵衛は喜助に流刑になった理由を訊ね,喜助が果たして本当に罪人なのか,幸福とは何であろうかと考え込むのだった。

 喜助の身の上話はこうだった。

 幼い頃に両親を亡くした喜助は弟と二人暮らしをしていたが,弟は病で倒れ,喜助は懸命に働いて弟を養ってギリギリの生活をしていた。だが,ある日帰宅すると,弟が喉を剃刀で刺して血を流し倒れていた。弟は兄に楽をさせてやりたいと思い,また自分に未来がないことも知って自害しようとしたが,失敗し,喜助に「剃刀を抜いてくれ,そうすれば自分は死ねる」と懇願した。
 喜助は迷っていたが,苦しそうな弟の必死の頼みを受け入れて剃刀を抜いてやった。
 結果,弟は亡くなり,喜助は弟殺しの殺人者という判決を受けたのだ。

 だが喜助は,命を助けられて島に行かせてもらえる。その島だって鬼が住む場所でもない。今までいていい場所が無かったので,居場所を与えられてありがたいと言うのだった。

 青空文庫になっているため,Kindleで無料で読める。


足るを知る

 庄兵衛は「不思議なのは喜助の欲のないこと、足ることを知っていること」と考える。
 流刑の地へ向かおうとしながら喜助は幸福そうなのに,自分はどうであろうかと。

 日々の生活の出納は合っているが手一杯で満足というほどではない。仕事を首になったらどうしよう,病になったらどうしよう等と常に不安がつきまとっている。


庄兵衛はただ漠然と、人の一生というような事を思ってみた。人は身に病があると、この病がなかったらと思う。その日その日の食がないと、食ってゆかれたらと思う。万一の時に備えるたくわえがないと、少しでもたくわえがあったらと思う。たくわえがあっても、またそのたくわえがもっと多かったらと思う。かくのごとくに先から先へと考えてみれば、人はどこまで行って踏み止まることができるものやらわからない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だ

『高瀬舟』森鴎外

 物語は,朧月夜の黒い水の面を,沈黙した二人を乗せて舟がすべっていく描写で終わっている。喜助のやったことをどう考えるか,庄兵衛の想いをどう受け止めるかは読者に委ねられている。

 「足るを知る」ことが必ずしも良いこととは限らない。
 誰もが喜助のように自分の境遇に満足し幸福を感じていたら,おそらく世の中は停滞し発展は望めないであろう。もっと良くなろう,これでは足りない,そう思ってあがく人たちがいるから科学は進歩し社会は便利になってゆく。
 だが進歩し便利になることも,必ずしも良いとは限らない。それには際限が無い不安と努力がつきまとい,際限無いが故に時に人は疲れてしまうのだ。


安楽死

 森鴎外は,江戸時代の随筆集『翁草』の「流人の話」を元に,「罪人の財産に対する態度」「安楽死問題」の2点に興味を抱いてこの物語を書いたとのことだ。
 鴎外がこれを書いて100年以上が経過したが,日本では未だ安楽死や尊厳死についての法整備はなされておらず,人は自分の死を選ぶ権利を持たないし,他人の心からの死への願いを助ける権利も持っていない。

 江戸時代,おそらくそれ以前からあったのではと思われる安楽死の是非は令和の時代になっても冷静な議論すら難しい印象だが,多様性だのダイバーシティーだの言うのであれば,安楽死についても,もっと逃げない議論がなされても良いのではないかと思う。


年を取ると過去が近くなる

 『高瀬舟』は,たぶん小学校6年生の国語の教科書で読んだと思う。
 短い物語であるし『舞姫』のような雅文体でもない。子どもでもすぐに読み終わる物語ではあったが,小学生の私には,未だこの物語の機微を感じ取る感性が育っていなかった。

 小学生の私にとって,『高瀬舟』の舞台である江戸時代は大昔。自分とは無関係な世界の辛気くさい物語だとしか思えなかった。しかも夜の暗い川面を下っていく弟殺しの罪人の話だと思うと,おどろおどろしい気がして,積極的に物語の中へ入っていく気にはなれなかった。

 小学生の頃と言えば,祖父母どころか両親が子どもだった時代でさえ大昔に思えたのだ。両親なんてたった四半世紀しか年齢が違わないのに。
 年を取るとは不思議なもので,過去を把握する奥行きが広がる。
 それから何十年もの年月が過ぎ去り,その分だけ明治も江戸も更に遠く離れてしまったはずなのに,今では子どもの頃ほど大昔とは思わないし,親しみが持てる近い時代であるとすら感じられる。そこで生きていた人々も現代を生きる人々も,何も変わらぬ人間であり別世界などではないことを人生経験によって知ったからなのかもしれない。

 過去の時代に書かれた過去の物語も,今なら自分の世界の物語として血肉にすることができる。それを嬉しく思う。


 わかりやすい文体だし短い物語なのに現代語訳が必要なのか不思議だが,下記のような本は解説付きなので理解は深まるかもしれない。


高瀬舟縁起

 『高瀬舟縁起』は森鴎外が『高瀬舟』を書いた理由を記した随筆。

 『高瀬舟』は,江戸時代の随筆集『翁草』から題材を得て書かれている。
 鴎外はこの話に二つの問題を見出した。

 一つは財産について。もう一つは安楽死について。
 罪人として高瀬舟に乗った男が二百文を喜んだことをおもしろいと思い,また死にかかっていて死なれずに苦しんでいる人を死なせてやるということの是非が問われているところをおもしろいと考え,『高瀬舟』を書いたとのことだ。

 京都の高瀬川の歴史や曳舟についても書かれている。
 元来「たかせ」は舟の名なので,その舟の通う川を高瀬川と呼び,同名の川は諸国にあるとのことだ。

 短くすぐに読み終わる随筆なので,『高瀬舟』と合わせて読めば理解が深まり良いと思う。

高瀬舟縁起
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