玉川上水を歩く (23) 下高井戸~久我山

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index

1日目の2019年2月18日、四谷大木戸を出発し、
玉川上水暗渠の上の緑道を笹塚まで歩いた。

2回目2019年3月20日は前回の終点、
笹塚「南ドンドン橋」を出発。

まず南西方向へ歩き、
環七横断地下道を通り抜けた後、北西へ。
代田橋駅前から甲州街道に入って西へ向かい、
災害時給水拠点の巨大タンク前で井の頭通りの西へ。
その後、玉川上水暗渠の上をひたすら歩いた。

杉並区内の玉川上水暗渠の上には
3つの公園と1つの緑地が作られている。
下流から玉川上水公園・玉川上水永泉寺緑地、
そして玉川上水第三公園・玉川上水第二公園。
全長約2,000メートルの散歩道だ。

この記事で歩いた場所を地図上に赤く示す。

これらの公園と緑地を抜けると、
玉川上水はしばらく甲州街道、
中央道と首都高4号新宿線に沿って流れる。
甲州街道の歩道を歩くのは正直退屈。
あまり楽しくない。

下高井戸

しかし気をつけて周囲の風景を眺めていると、
かつて玉川上水が流れていた痕跡を見ることができる。
上水保育園だ!

上水保育園
上水保育園

程なく環状8号線を越える。
環状8号線と甲州街道が交わる「中の橋交差点」。
高速道路には上高井戸陸橋という名がついている。

環状八号線 中の橋交差点 上高井戸陸橋
環状八号線 中の橋交差点
中の橋交差点 上高井戸陸橋と甲州街道&首都高4号新宿線

中の橋交差点の西側の歩道には
「歴史と文化の散歩道」と書いたポールが並んでいる。

歴史と文化の散歩道を示すポール

「歴史と文化の散歩道」は、
昭和58年(1983年)に東京都により制定された。
楽しく歩いて東京を知ろうという趣旨で、全長240.5km。
杉並コースは、新井薬師前駅から千歳烏山駅の15.9Kmで、
4区間に分かれている。

このうち4番目の区間、
烏山寺町散歩(高井戸駅-千歳烏山駅:4.0Km)の一部、
中の橋交差点から玉川上水が開渠になる場所まで、
玉川上水の流路と重なっている。

歴史と文化の散歩道

道路にゴミを捨ててはいけないことなど
わざわざ看板出さなくても当然のこと。
それより「歴史と文化の散歩道」についての看板が欲しいと思った。

歴史と文化の散歩道にあった禁止看板

道沿いに第六天神社があった。立派な神社だ。
第六天神社は旧武蔵国とその周辺にある神社で、
神仏習合の時代に第六天魔王を祀る神社として創建され、
神仏分離の後、祭神を神世七代における第六代、
オモダル・アヤカシコネ(面足命・惶根命)に変更している。

第六天神社
第六天神社

道路にはたまに水道局の設備がある。

水道制水弁
歴史と文化の散歩道

中の橋交差点から300mくらい?歩いたところで
歴史と文化の散歩道、烏山寺町散歩の案内が立っていた。

「歴史と文化の散歩道」烏山寺町散歩の説明
「歴史と文化の散歩道」烏山寺町散歩の説明

その先には昭栄公園という比較的大きな公園があり、
この公園には災害時給水ステーションが設けられていた。
やはり玉川上水旧水路の周辺には水関係の施設が多い印象だ。

昭栄公園
昭栄公園の災害時給水ステーション

昭栄公園の遊具はなかなか個性的。
楽しそうな公園だった。

杉並区立 昭栄公園
杉並区立 昭栄公園

公園の前には杉並区の区民専用掲示板「でんごんくん」。
このメガホンを持った男の子が「でんごんくん」だろうか?

杉並区 でんごんくん

歴史と文化の散歩道という楽しげな名前とは裏腹に
高速道路に沿った楽しくない道だったが、
ようやく高速道路と分かれ空が大きく見え始める。

歴史と文化の散歩道 上高井戸交差点付近
歴史と文化の散歩道 上高井戸交差点付近

道であっても容赦なく禁止看板。
犬のひとり歩き禁止。野良犬は存在が禁止ですね。

歴史と文化の散歩道 禁止看板

ここがこの記事の終点。
この先は玉川上水が開渠となり、
久しぶりに水面を見ながら歩ける道となる。
この近くに歴史と文化の散歩道、
烏山寺町散歩のガイドポストがあったらしいが、
工事中で足早に通り過ぎてしまい、見つけられなかった。

歴史と文化の散歩道 烏山寺町散歩 ガイドポスト近く

玉川上水を歩く (22) 玉川上水第二公園

東京と縁もゆかりもない人であっても
「玉川上水」という名前は聞いたことがあるだろう。

玉川上水は、
人口が増え続ける江戸に飲み水を供給するため、
1653年に玉川兄弟によって作られた。

羽村取水堰で多摩川から取水し、
武蔵野台地を流れて四谷大木戸まで全長43km。
本企画「玉川上水を歩く」では、
この43kmを四谷から羽村まで遡って歩いてみた。

→ 玉川上水を歩く Index

1日目の2019年2月18日、四谷大木戸を出発し、
玉川上水暗渠の上の緑道を笹塚まで歩いた。

2回目2019年3月20日は前回の終点、
笹塚「南ドンドン橋」を出発。

まず南西方向へ歩き、
環七横断地下道を通り抜けた後、北西へ。
代田橋駅前から甲州街道に入って西へ向かい、
災害時給水拠点の巨大タンク前で井の頭通りの西へ。
その後、玉川上水暗渠の上をひたすら歩いた。

この記事で歩いた場所を地図上に赤く示す。

杉並区内の玉川上水暗渠の上には
3つの公園と1つの緑地が作られている。
下流から玉川上水公園・玉川上水永泉寺緑地、
そして玉川上水第三公園・玉川上水第二公園。
全長約2,000メートルの散歩道だ。

荒玉水道道路が500m以上続く玉川上水第三公園の西端で、
荒玉水道道路の西へ渡ると玉川上水第二公園が始まる。

玉川上水第二公園の東端
玉川上水第二公園の東端

第三公園と同じく、
公園内には動物のオブジェが設置されている。
そして人影がなく閑散としている。

玉川上水第二公園の動物のオブジェ
玉川上水第二公園の銘板

もちろん禁止看板には暇がない。

玉川上水第二公園の禁止看板

公園内の遊歩道は川の流れのようで、
地面の下の玉川上水を思い起こさせる。

玉川上水第二公園

共に遊ぶ子供もいない動物たちは
異様でもあり寂しそうでもあり、何だかシュールだ。

玉川上水第二公園の動物のオブジェ

猫を抱いた少女の彫像が立っていたが、説明もなかった。

玉川上水第二公園の猫を抱いた少女の像

禁止看板ばかりてんこ盛りに立てているくらいなら
公園に佇む彫像に説明の一つでも設置してあげればいいのに。
名無しの女の子の像が可愛そうに思えた。

玉川上水第二公園の野鳥の説明版

野鳥の説明版もやる気ないことこの上なし。
植物の名前も消えていて読めやしない。
やる気があるのは「禁止」だけ?

玉川上水第二公園の植物の説明版

禁止看板には暇がない。

玉川上水第二公園の禁止看板
玉川上水第二公園の様々な禁止事項

公園に入る度に禁止ばかりでうんざりだ。
禁止ばかり主張するより
公園を愛する心を育てた方が花を摘む人もいなくなるのでは。
…と、『北風と太陽』を思い出して思ったのだった。

玉川上水第二公園の禁止看板

こんなところにまで書かねばならいほど
公園の花が摘まれてしまうのだろうか。
日本人の民度も地に落ちたものだ…。

「花をとらないで」

動物のオブジェは園内に点在している。

玉川上水第二公園の動物のオブジェ
玉川上水第二公園の動物のオブジェ

玉川上水第二公園には、
水を流して玉川上水を偲ぶための設備があった。
3月は水が流れていなかったが、
季節によっては流れているのだろう。

玉川上水第二公園に残された上水の面影
玉川上水第二公園
玉川上水第二公園

玉川上水に興味がなければ気づかないかもしれないが
公園内には所々に水道局の敷地らしい設備があった。

玉川上水第二公園の東京都水道局テレメータ送信局

玉川上水についての説明版があり、
園内にあった上水を偲ぶ流れについても書かれていた。

玉川上水第二公園の玉川上水についての説明版

   玉川上水の変遷
 ここは玉川上水の跡地です
 玉川上水は 江戸の人びとに飲料水を供給するため 今から三百年前 当時で六千五百両の経費と一年間の歳月をかけて承応三年に完成したもので 西多摩郡羽村で多摩川の水を分流し 四谷大木戸の水門まで十里三十町(約四十二キロメートル)をはこぶ上水路でした
 その流れは清く 水に映す桜の花の姿は美しく 長いあいだ江戸の人びとに親しまれ愛されてきましたが 昭和四十一年 水不足の東京へ利根川から水をひく送水管を埋設するため 区内ではその姿を消しました
 杉並区では 往時を偲び 園内にて 上水の面影をここに残しました
   昭和四十九年五月   杉並区

玉川上水第二公園の説明版
玉川上水第二公園の西端

玉川上水第二公園は西の端で甲州街道にぶつかって終わる。
公園を出るとまたしばらく、甲州街道を歩くことになる。

玉川上水第二公園と甲州街道の合流点