お伽草紙 —太宰治

本の概要

  • 著者:太宰治
  • ASIN:B009IXAZJ6 (青空文庫)
  • 発売日:2012/9/27
  • 本の長さ:111ページ

「無頼派」「新戯作派」の破滅型作家を代表する昭和初期の小説家、太宰治の短編小説。初出は「おとぎ草紙」[筑摩書房、1945(昭和20)年]。5歳の女の子のために絵本を読んで聞かせる父は、その胸中におのずから別個の物語が出現する。「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」といったお馴染みのおとぎ話が太宰流にアレンジされている。
(Amazon 紹介文より)


太宰版の人間くさいお伽話の概要と感想

 防空壕の中で父親が娘に絵本を読み聞かせるという形で始まる。
 娘へ読み聞かせつつ父親の頭の中で広がり肉付けされてゆくお伽話は,次第に独自の色を帯びてゆく。そして,かつてのお伽話の読者たちが考えてもみなかった登場人物たちの心の内がつまびらかになってゆくのだ。

 太宰は当初考えていたお伽話の中で『桃太郎』だけは書くのを止めたと途中で書いている。桃太郎は「日本一」の旗を持っている男であるゆえ,「日本一」を描写できるとはとても思えず手をつけないことにしたそうだ。

 それにしても,子供の頃には何度も聞いてよく知っていた筈のお伽話なのに,今では内容も朧気にしか記憶にないことに我ながら愕然としたのだった。

 以下,簡単なあらすじと感想。
 誰もが知るお伽話が下敷きだからネタバレは気にせず書くが,ネタバレが嫌いな方は読まないでほしい。

瘤取り

 舞台は四国の阿波。瘤取り爺さんは剣山のふもとに住んでいたそうな。
 働き者の良くできた嫁と優秀な息子に恵まれている爺さんだが,彼は酒飲みだ。そして酒飲みの常として孤独だった。ほっぺたの瘤は彼にとって孫のような存在で,親近感を抱いていた。

 ある日,剣山の隠者とも称すべき温和な鬼達と出会い,彼らとお酒を飲んだ爺さんだったが,可愛がっていた瘤を取られ寂しく帰宅した。嫁も息子も瘤については言及なし! やっぱり爺さんは孤独だったのだ。

 同じ村に,瘤に悩む別の爺さんがいた。彼は「先生」などと呼ばれ村でも一目置かれる存在だった。瘤が消えた爺さんを羨ましく思った彼は,鬼を訪ねたが対話に失敗してしまう。そして前の爺さんから奪った瘤をつけられ,瘤が二つになってしまった。

 どちらの爺さんも鬼も悪くない。誰も悪くない。
 太宰はこの物語を「性格の悲喜劇といふものです」とまとめる。誰も悪くなくても,各々の性格と状況の組み合わせが運命を左右し,残念な結果を招いてしまうことがあるのだ。
 …あぁ,まさに!

浦島さん

 浦島太郎が住んでいたのは丹後の水江。

 浦島には父も母も弟も妹もあり,彼は旧家の長男だった。長男にありがちな風流を愛する男だった。
 また,太宰は浦島を竜宮城へ連れて行った亀の種類について,生物学的実態に沿うよう検討を重ね,赤海亀であろうと結論づけている。

 物語は浦島と亀の会話が終始面白い。亀はなかなか奥深い思考の持ち主で,地上の生活のことも海の中の生活のことも心得ている。
 浦島が少しずつ海の世界を受け入れていく様子も興味深い。考えてみれば,言われるがままに簡単に亀の背に乗って海に入る人間などいるはずがない。子供の頃も多少疑問に思いはしたが,そこを掘り下げて考えてみようとは思わなかった。

 最後の玉手箱の意味づけこそが,太宰の心づくしの仕上げとなる。
 もてなされたあげくのお土産でいきなり孤独なおじいさんに変身してしまうなんて,こんな酷い手土産では日本のお伽話はギリシア神話のパンドラの箱より残酷で救いがなさ過ぎるということになってしまう! それではいけないと考えた太宰の結論は,三百歳になった浦島は不幸ではなかったというものだ。

 年月と忘却は人間の救い。考えたものである。

カチカチ山

 カチカチ山は甲州の河口湖畔で起こった事件だという。
 甲州の人情は荒っぽく,物語も荒っぽくできていると太宰は説く。

 兎の仕返しがあまりにも残酷すぎるし理不尽すぎることで定評があるこの物語だが,太宰の設定の奇抜さは「瘤取り」「浦島さん」と比較しても圧倒的だ。

 兎は16歳の美しい処女,狸は37歳の風采上がらぬ大食かつ野暮天な男だというのだ。
 世の中で一番残酷なのは,ギリシア神話のアルテミスのような美しい処女である。アルテミスは湯浴みを見られたくらいで人を鹿に変えてしまう残酷理不尽な女神だ。そんなアルテミスのような少女なら,気に入らない男に対してどれだけでも残酷になれるだろう。
 しかし,太宰が書く二人の言動を読んでいると思わず「ありなん!」と頷けてしまう。

 「女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでいるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺れかかつてあがいている。」という最後は,現代ならフェミニストの方々に酷く攻撃され炎上してしまうかも…。私にはなかなか風刺の効いた面白い話に仕上がっているように思えたが。

舌切り雀

 舌切り雀の舞台は仙台とのことだ。太宰によると,仙台では『かごめかごめ』の「籠の中の鳥」も「籠の中の雀」と歌われるほど昔から雀が多い土地柄だとか?

 他の3編の物語に比べるとインパクトに欠けたが,おじいさんと雀,おじいさんとおばあさんの会話が子供向けのお伽話というより大人が読む小説のようで,何だか世俗的だった。それでいながら雀のお宿とお土産などによって,おばあさんとおじいさんのその後の運命が分かれてゆくのだから,ちょっとしたダークファンタジーのような読後感を感じたのだった。

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