本の記録(2026-01)

 『世話やきキツネの仙狐さん』を読み終えた後,完結した『信長の忍び』を通して読もうと思い立ち,『信長の忍び外伝 尾張統一記』の1巻から読み始めた。
 信長の最終巻までは長い道のりなので,その合間に『風と共に去りぬ』2巻を少し読み進めたり,放置して読んでいなかった積ん読本に手をつけたりした。

 『電柱鳥類学 スズメはどこに止まってる?』と『カラー図解 古生物たちのふしぎな世界 繁栄と絶滅の古生代3億年史』はどちらも非常に面白くて,積ん読本消化というより,夢中になって読んでいる間は『信長の忍び』放置になってしまった。電柱と電線,及び古生代の各紀の解像度が上がった。


1月の読書メーター
読んだ本の数:17
読んだページ数:1294
ナイス数:49

世話やきキツネの仙狐さん(6) (角川コミックス・エース)世話やきキツネの仙狐さん(6) (角川コミックス・エース)感想
 神社の夏祭りで出会った狛犬の吽角(うんかく)と阿隠(あがくれ)。何気にやはりスペックが高いシロ。仙狐さんとスマホ写真。仙狐さんがやってきて1周年。中野の会社の後輩の福田さん。中野がモテ始めている?
読了日:01月01日 著者:リムコロ

世話やきキツネの仙狐さん(7) (角川コミックス・エース)世話やきキツネの仙狐さん(7) (角川コミックス・エース)感想
 福田さんの正体。妖怪カーテンもぐりと妖怪顔良男。中野の手料理。会社での福田さん。そして仙狐が語る中野の秘密。九尾の狐が姿を変えた「殺生石」の欠片が中野の血筋について,負の感情を糧に災いを引き起こしているという。中野についた特別強力な欠片は放っておけば世界に不幸を振りまきかねないので仙狐さんが中野の力になっているのだった。
読了日:01月01日 著者:リムコロ

世話やきキツネの仙狐さん(8) (角川コミックス・エース)世話やきキツネの仙狐さん(8) (角川コミックス・エース)感想
 中野はブラック企業を退職しゆっくり過ごすことにする。昼間から散歩したり買い物したり,高円寺やシロとゲームをしたり。中野の父が怪我をしたのをきっかけに帰省し,中野の故郷の神社で仙狐さんと先祖の関係を聞く。仙狐と九尾の狐との関係,中野の先祖と仙狐の関係などが明らかに! 仙狐さんのことが分かって面白くなってきた。
読了日:01月02日 著者:リムコロ

世話やきキツネの仙狐さん(9) (角川コミックス・エース)世話やきキツネの仙狐さん(9) (角川コミックス・エース)感想
 中野は転職して新しい職場で働き始め,家も引っ越す。福田さんはストーカー。リモートワークができる職場だ。新しい職場で同じチームで働くことになった四ツ谷さんが今後の物語にたくさん登場しそうだ。この人楽しい。鈴が会いたい人のこと。
読了日:01月04日 著者:リムコロ

世話やきキツネの仙狐さん(10) (角川コミックス・エース)世話やきキツネの仙狐さん(10) (角川コミックス・エース)感想
 運動不足の中野と高円寺。仕事をさぼっていたシロちゃんにお怒りの夜空さん。高円寺に拉致されて?中野宅の飲み会にやってきた四ツ谷さんの楽園体験。仙狐さんの街の噂対策。八王子の采配で海ふたたび。
読了日:01月04日 著者:リムコロ

世話やきキツネの仙狐さん(11) (角川コミックス・エース)世話やきキツネの仙狐さん(11) (角川コミックス・エース)感想
 四ツ谷さんを守ろうとする鈴。鈴と悪霊のおかげで四ツ谷さんの能力が身バレして仲間に。初詣は狛犬たちがいる神社へ。シロが瑞獣ぶりを発揮する? 会社に現れる悪霊。中野の悪霊が大きくなりすぎ,仙狐さんは解呪の決意をする。
 それにしても私は福田さんがどうしても嫌い。別に狸が嫌いなわけではないのだが…。
読了日:01月05日 著者:リムコロ

世話やきキツネの仙狐さん(12) (角川コミックス・エース)世話やきキツネの仙狐さん(12) (角川コミックス・エース)感想
 解呪の儀を行うために再び神使の温泉へ。八王子や四ツ谷も一緒。ところが九尾の呪いを受けるには仙狐さんはまだまだ力不足ということで,中野は辛い決断を迫られる。  えーーーまさか?と思いながらついつい読み進んだが,流石に最後は円満に終わってくれた。今後も不定期で彼らのその後が読めるらしい。
読了日:01月05日 著者:リムコロ
信長の忍び外伝 尾張統一記 1 (ジェッツコミックス)信長の忍び外伝 尾張統一記 1 (ジェッツコミックス)感想
 初読は2021年10月02日。信長の元服から家督相続まで。前田利家や森可成を直属家臣に加え,帰蝶と結婚。父の信秀が42歳で亡くなり家督を相続。まずは謀反を起こした織田家家臣,鳴海城の山口親子討伐の赤塚の戦い。1500の敵に対し800の戦専門の精鋭で立ち向かい引き分けに持ち込む。巻末の戦国武将図鑑では信長教育係の沢彦宗恩,今川家軍師の太原雪斎,信長の兄小田信弘,謀反を起こした山口教継・教吉親子。
読了日:01月07日 著者:重野なおき

信長の忍び外伝 尾張統一記 2 (ジェッツコミックス)信長の忍び外伝 尾張統一記 2 (ジェッツコミックス)感想
 初読は2021年10ガチ03日。
 1552年8月信長19歳から信長の下剋上が始まる。教育係だった平手政秀の切腹。マムシとの会見。斯波義統・織田信友と戦い。森可成が信友を討ち取り,信長は拠点を那古野から清洲へ。尾張下四郡の支配者に。一方,木下秀吉が臣下となる。そして弟の織田信行との戦いが始まる。が,斎藤道三は嫡男の義龍と対立中。あと千鳥ちゃんを助けるエピソード。巻末の武将名鑑は,織田信友・斯波義統・織田信安・織田信賢。
読了日:01月08日 著者:重野なおき

信長の忍び外伝 尾張統一記 3 (ヤングアニマルコミックス)信長の忍び外伝 尾張統一記 3 (ヤングアニマルコミックス)感想
 初読2021年10月04日。 斎藤道三死す。道三の息子,義龍は織田信行と組み,道三&信長を討ち取ろうとした。道三配下の竹中重元の息子,半兵衛は13歳にして籠城成功。道三配下の明智光秀は仕官先を探す旅に。1556年,弟の信行との戦い,次は兄の信宏の謀反。清洲城下では秀吉とねねが出会う。1558年,尾張統一に向けて岩倉城の信賢が降伏し,二度目の謀反を起こした弟信行を討つ。1559年(永禄2年)春,26歳の信長は尾張統一し,京で室町幕府13代将軍足利義輝に認められた。武将名鑑は織田信行,林秀貞,林美作守。
読了日:01月09日 著者:重野なおき

信長の忍び 1 (ジェッツコミックス)信長の忍び 1 (ジェッツコミックス)感想
 初読2017年1月15日。再読2021年10月5日。千鳥の最初の仕事,今川義元の視察から桶狭間,竹中半兵衛の稲葉城乗っ取り事件,信長の美嚢攻略の始まりまで。その合間に,帰蝶輿入れや出陣前の信長の『敦盛』の舞,秀吉とねねの結婚,『信長公記』を記した太田牛一,松平元康との清洲同盟などなども挟み込まれ,1巻だけで相当な情報量だ。戦国武将名鑑は,織田信長,木下秀吉,柴田勝家,森可成,太田牛一,今川義元,今川氏真,斎藤道三,斎藤義龍,織田信秀,平手政秀。
読了日:01月12日 著者:重野なおき

信長の忍び 2 (ジェッツコミックス)信長の忍び 2 (ジェッツコミックス)感想
 初読は2017年1月15日。2021年10月に再読。序幕。秀吉は竹中半兵衛を味方につけ美濃攻略。信長は稲葉山城を岐阜城と改める。山城への道を開くために北近江の浅井と婚姻同盟,お市が嫁ぐ。越前の朝倉義景に出仕していた明智光秀は,前将軍の弟,足利義昭を土産に織田に仕えることを決意。山城への道を阻んでいた南近江の六角承禎を攻略し, 1568年9月26日,織田信長は京に入る。戦国武将名鑑は,前田利家・木下秀長・蜂須賀小六・竹中半兵衛・斎藤龍興・稲葉一鉄・氏家卜全・安藤守就・六角承禎。
読了日:01月14日 著者:重野なおき

電柱鳥類学 スズメはどこに止まってる? (岩波科学ライブラリー)電柱鳥類学 スズメはどこに止まってる? (岩波科学ライブラリー)感想
 文章に電柱と電線と鳥への愛とユーモアが溢れていて読んでいて楽しかった。そして得た知識は多かった。
 まず電柱と電線の解説から始まるが,実は自分は電力線と通信線,電力線については高圧線と低圧線の違いを考えたこともなかったし,電力柱と電信柱の違いを考えたこともなかったし,支柱や支線に注目したこともなかったと気がついた。
 また架空電線の登場が19世紀半ばだとすると,鳥と電線が出会ってまだ170年,今後電線が地中に埋められていくことを思えば,電線と鳥を見られる200年たらずの歴史の中に自分たちがいるなどという視点も皆無だった。電線を利用する鳥,利用しない鳥,利用できない鳥がいることについても考えたことがなかった。
 日本で確認されたことがある鳥は700種,ある地域で見られる鳥はだいたい200種程度。日本で電線利用が確認された鳥は133種。鳥によって電線のどの位置を利用するかにも好みがあることや,鳥種によって営巣利用の方法も異なり,双方の不幸(鳥の感電死と人間の停電)を回避するために電力会社が様々な工夫や努力を行っていることも知らなかった。
 興味深い本だったので今後も何度かページをめくることになると思う。
読了日:01月22日 著者:三上 修

信長の忍び 3 (ジェッツコミックス)信長の忍び 3 (ジェッツコミックス)感想
 初読2017年1月16日。再読2021年10月11日。
 序幕。足利義昭を将軍に据え,大和国の松永久秀を従え,南伊勢の北畠家を降伏させ,信長の苦悩の道のりが始まる元亀元年(1570年)がスタートしたところまで。
 巻末の戦国武将名鑑3は,明智光秀,細川藤孝,ルイス・フロイス,松永久秀,北畠具教・北畠具房,滝川一益,足利義輝,塚原卜伝(聖剣)。
読了日:01月27日 著者:重野なおき

カラー図解 古生物たちのふしぎな世界 繁栄と絶滅の古生代3億年史 (ブルーバックス)カラー図解 古生物たちのふしぎな世界 繁栄と絶滅の古生代3億年史 (ブルーバックス)感想
 約5億4100万年前にはじまった古生代を,六つの地質時代ごとに大陸の配置や気候,新しく生まれてきた生物の特徴や時代の覇者となった生物について,化石や想像図を取り混ぜて分かりやすく解説する。古生代の解像度が上がり,今まで「古生代」と一緒くたに考えていたカンブリア紀・オルドビス紀・シルル紀・デボン紀・石炭紀・ペルム紀を分解して考えられるようになった。
 また自分が知っている知識が古かったため勉強になった。現在は「魚類」という単一の分類群が存在せず,哺乳類は両棲類から進化した単弓類から生まれたことになっている。

 脊椎動物の祖はカンブリア紀で魚の仲間として誕生し,オルドビス紀には鱗を持つ者が現れ,シルル紀には顎を獲得,デボン紀に海洋を支配し,陸上への進出。初めての地上両棲類アカントステガが誕生した。石炭紀には地上を歩き回った最古の四足動物ペデルペスが生まれ,地上には植物,鱗木(レピドデンドロン:ヒカゲノカズラ類のリンボク類)・封印木(シギラリア:リンボク類)・盧木(カラミテス:トクサ類)などによる生態系が生まれる。トビムシ類・イシノミ類・トンボ類・バッタ類・カメムシ類・ゴキブリ類なども出現した。ペルム紀には,とうとう哺乳類の祖先である単弓類が地上生態系の覇者となった。

 しかし馴染みのない生物の名前を覚えるのが難しいので電子書籍よりパラパラと前のページをめくりやすい紙の本の方が理解しやすそう。
 著者の古生物愛が感じられたのも楽しく読めた理由だと思う。石炭紀に生きていたゴキブリ類のエトブラッティナはどう見てもGなのだが,「現生のGのことは嫌いでも、石炭紀のこのコまでは嫌いにならないでください(よく似ていますが)。」とコメントしてあって笑ってしまった。
読了日:01月29日 著者:土屋健,田中源吾

信長の忍び 4 (ジェッツコミックス)信長の忍び 4 (ジェッツコミックス)感想
 初読2017年1月18日,再読2021年10月13日。
 上洛しないことを理由に越前の浅倉家を攻める信長。しかし約束を破り浅井家に事前連絡をしなかった。天筒山城・金ケ崎城にて戦が始まる。浅井軍が浅倉家援軍として金ケ崎に向かったため袋の鼠となった信長は退却,秀吉と光秀3千が朝倉軍2万を防いで殿部隊をつとめる。お市の方は織田家を帰らぬ決意。姉川の戦いまであと10日!
 戦国武将名鑑4:朝倉義景。朝倉宗滴・山崎吉家・柄直隆・朽木元綱・杉谷善住坊・不破光治・関兼定。
読了日:01月30日 著者:重野なおき

信長の忍び 5 (ジェッツコミックス)信長の忍び 5 (ジェッツコミックス)感想
 初読2017年1月19日,再読2021年10月16日。
 織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍の姉川の戦い。長政の敗退で支城の横山城が織田家のものとなり,秀吉が任される。
 後半は斎藤龍興+三好三人衆+雑賀衆と石山本願寺。とうとう本願寺顕如が挙兵し,野田・福島の戦いが始まる。石山本願寺は後に秀吉が大坂城を築いた場所らしい。1570年は4月金ケ崎,6月姉川,8月野田・福島と休む暇無しの戦いづくしだ。信長の人生たいへん過ぎる!
 戦国武将名鑑5:浅井長政・遠藤直経・浅井久政・磯野員昌・斎藤達興・三好三人衆(三好長逸・三好友道・三好政康)。
読了日:01月30日 著者:重野なおき


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腰掛稲荷神社と平田農場の碑

 都内の神社などで,時々「東京農業歴史めぐり」の看板を見かける。
 知らずにたまたま出くわすことが多く,そのたびに興味深く読んできた。今となっては想像もできない農業が盛んだった頃の東京の風景が思い浮かぶ。
 調べてみるとウェブサイトがあって,どこへ行けば農業歴史巡りができるかわかるようになっていた。

 東京農業歴史めぐり | 東京の農業 | JA東京中央会

 未だ訪れたことがない「東京農業歴史めぐり」の碑をめぐってみようと思い立ち,まず目指したのが文京区目白台にある稲荷神社だった。
 平田牧場はこの神社から比較的近い雑司が谷村にあったそうで,文京区には明治時代に20件近くの牧場が集中していたため,この神社に碑が設置されているらしい。


 小さな神社で台地の端にある。昔は見晴らしが良かったであろう。
 神社の正式名称は「稲荷神社」のようだが,横に「腰掛稲荷」と書かれている。

 参拝し,境内を歩いてみる。
 小さな神社だが綺麗で手入れが行き届いている。

 神社と隣り合った社務所(住宅にしか見えない)の間には植木が置かれ,神職のご家族の生活感が感じられる。土地に根付いた神社らしくて良いなと思った。

 農業巡りの碑を探して拝殿の後ろに回ってみると,珍しいものがあった。
「菊花石」というらしく,石の割れ目が菊の模様になっている。大きな石に菊が3輪も浮き出ている立派な石だ。
 神社にはよく「さざれ石」が置かれているが,菊花石は初めて見た。

 腰掛け稲荷の由緒。

 徳川三代将軍家光公が鷹狩りで当地を訪れた際、ご休息された切り株の傍らにあった祠に大願成就を祈願され、見事に徳川三百年の礎を築け上げたことから正一位腰掛稲荷大明神と奉称し、江戸時代より氏神としてあつく近隣の崇敬を受けたのが当神社の始まり。腰掛という言葉に、大志を胸に秘めて一時、仮に身をおくという意味を持たせるようになったのがちょうど江戸時代のこの頃からと言われ、参勤交代などで志をもって江戸に来た侍や商人、奉公人たちの一時腰掛けの心の支えとして、また近年は、縁結びや合格、就職、転職、大願成就祈願など、これから新しい道へ踏み出したい人に開運のご利益のあるお稲荷さまとして崇敬され、今日に至っている。
 祭神 豊受姫命 例大祭九月十日前後の日曜日 稲荷神社


 江戸・東京農業めぐりの平田牧場の説明看板は,境内の駐車場脇,御神木の後ろに秘かに立っていた。

江戸・東京の農業 平田牧場
 明治の元勲・山県有朋が出資して、明治5〜6年、平田貞次郎に英華舎・平田牛乳搾乳所(現在の千代田区三番町)を解説させ、同10年代には雑司が谷村に牧場を開設しました。
 清戸坂の道ぞい北側に平田牧場の立派な牧舎があり、隣には牛乳の小売店として、旗竿には「官許うしのちち」と、かなとローマ字書きの旗がかかっていました。
 ここ文京区は、昭和22年に小石川区と本郷区が合併、明治以来文教地区であったことにその名は由来していますが、農業、特に畜産も当区の歴史として一ページを飾っています。
 ペーリー来航で「鎖国令」が解けた事などから、江戸には欧米の文化が流れ込み、牛乳の需要が増え、明治10年の西南の役が終わった頃より、当区にも牛乳搾乳業者が増加しました。
 明治中期の資料によると、本郷弓町「牧牛社」、本郷真砂町「真砂社」、本郷森川町「開墾社」、湯崎新花町「厚生舎」、千駄木林町「楽牛園」、千駄木町「友國社」、駒込上富士前町「長養軒」、駒込曙町「曙舎」、小日向茗荷谷町「駒山牧社」、小石川原町「嶺岡牧社」、小石川久堅町「保生舎」など20軒近い牧場が集中していました。
 平成9年度JA東京グループ
 農業協同組合法施行五十周年記念事業

平田牧場 | 東京農業歴史めぐり | 東京の農業 | JA東京中央会

 一通り写真を撮って帰ろうとすると,鳥居の前で老婦人に声をかけられた。彼女は私が農業の碑を見ている時に社務所から出てこられたのを視界の端で確認していたのだったが,とっくにお出かけされただろうと思っていたので驚いた。
 「平田牧場の碑を見に来たのです。農業の歴史めぐりをしています」と答えると,彼女は「珍しい方がいらっしゃったと思って」と言い,ナチュラルに世間話が始まった。

 彼女はおそらく神社の神職の母親と思われ,買い物にお出かけするところだったが私を見かけて待っていたらしい。平田牧場は本当はここではなく,日本女子大のあたりにあったのよ,ここに看板を置かせてほしいと言われたので置いているのと言う。なるほどそうだったのか。

 そして菊花石の話が始まった。
 あの石は,下落合で石を集めていた人のお宅にあったの。そのお宅には沢山の立派な石があったのよ,でも区画整理で移転することになって,引っ越し先のマンションには置けないしここに置くことになったのよ,と。前の持ち主さんのところには上質な菊花石が他にもたくさんあったという。
 そうだったのかー。あの石は下落合から来たんだ。

 そして鳥居のはす向かいにある「見ざる聞かざる言わざる」の庚申塔についても話してくれた。
 もともと近所の別の場所にあったのだが,道路の拡張工事で撤去されることになり,この神社にやってきたのだそうだ。この子たち,お花をお供えされ大切にされて幸せだね。
 こうして日本の神様は懐深く様々な神仏を吸収してゆくのだろうか。

 この冬一番の寒波で5℃くらいしかなかった寒空の下,彼女と30分近く立ち話をし,この他にも近所に昔住んでいた著名人のことなども聞かせていただいた。

 ご近所には学生時代の村上春樹さんが住んでいたし,田中角栄さんのご自宅があり,やはり内閣総理大臣だった細川護煕さんのご自宅もあったとのこと。田中角栄宅というのは火事で焼けてしまった「目白御殿」のことだろう。また細川邸は旧細川庭園と永青文庫があるあたりだろう。

 そして,詳しく話して下さったのは杉山寧画伯のことだった。
 画伯は氏子としてこの神社と深く関わっておられたのか,たくさんいただいた奉納のお札を持ってご自宅を訪れると,お女中さんが対応してくださったという。杉山寧画伯は文化勲章も受章された画壇の頂点を極めたお方なので,身のまわりのお世話を担う家政婦さんが常駐していたのだろう。氏子として神社を大切になさるお人柄も偲ばれる。
 杉山画伯が亡くなり,それからほどなく三島由紀夫に嫁いでいた画伯の娘さんも若くして亡くなり,不幸が続いた後にご自宅は解体され,今はそこにはマンションが建っているということだった。

(調べてみると,杉山寧画伯は平成5年(1993年)に84歳で亡くなり,その2年後の平成7年(1995年)に長女で三島由紀夫の妻であった瑤子さんが58歳の若さで急逝されている。なお,三島由紀夫の三島事件は1970年だ。)

 この話をしてくださった老婦人は私の母とほぼ同年齢で90歳近い。長い間目白台の神社を守り,ご近所の変遷を眺めて来られたのだ。たまたまお会いして,こういった貴重なお話をうかがうことができて良かったと思う。
 彼女は赤紫色の毛糸の帽子を被り,同じ毛糸で編んだお洒落なデザインのマフラーを巻いて,ピンクの花柄の大きなリュックを背負ってお洒落だった。杖を片手に元気に話して下さった。話している最中に通りかかる近所の方々ともにこやかに挨拶を交わされていた。寒空の中での長話,その後お風邪など召されなかっただろうか。

 「お元気で」と言ってお別れし,私はその後,彼女に教えていただいた清土鬼子母神を訪れた。雑司が谷の鬼子母神堂に祀られている鬼子母神像が掘り出された場所だということだ。

腰掛稲荷神社 – Wikipedia
稲荷神社 – 東京都神社庁

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