アレックスと私

  • 書名 アレックスと私 (ハヤカワ文庫NF)
  • 著者 アイリーン M ペパーバーグ
  • 翻訳 佐柳 信男
  • 価格 Kindle 851円
       ハードカバー 1257円
       文庫 946円

アレックスのこと

 インコが,鳥が好きな人ならアレックスの名前を耳にしたことがあるかもしれない。
 アレックスが話題になっていたのはもう15年くらい昔のこと。
 日本語で「鳥頭」といえば3歩で恩を忘れるバカを指すし,英語でも「bird brain」は同じくバカとか間抜けという意味を持つ。
 鳥はバカな生物だと,人間はずっと決めつけてきたのだ。
 そんな人間の認識を覆したヨウムの名前。それがアレックスだ。

 アレックスは数や色の概念を理解し,自らの考察で零を発見し,自らの感性で新しい単語を作り,更に100語以上の英単語を使って人と意思疎通した。

 けれど,アレックスは特別賢いヨウムだったわけではない。
 アレックスはシカゴのペットショップで育てられていた8羽の雛の中から,ペットショップの人にランダムに選んでもらったヨウムだった。ただ,幼い頃から常に人と暮らし特別な訓練を施された,特別な環境を持ったヨウムだっただけだ。
 そういう環境の下でヨウムがどれほどの学習能力を発揮できるものであるか,人間は初めて知ることになった。

 しかし,2007年9月,アレックスは31歳の若さで突然逝ってしまった。
 50年というヨウムの寿命を考えるとあまりにも早い死で,これからアレックスの身の上に考えられたあらゆる可能性はここで潰えた。
 アレックスの死という悲しいニュースはインターネットを通じてあっという間に知れ渡り,おそらくアレックスを知る世界中の鳥愛好者が悲しんだと思う。そのニュースを知ったときのショックを,私は今も覚えている。


 人とコミュニケーションを取るために人間の言葉を喋り,色や数の概念を理解したヨウム,アレックス。まだまだ沢山の可能性を秘めていたのに,ある朝突然,逝ってしまったアレックス。

 博士とアレックスの最後の会話は,建物が消灯になる直前のいつもの会話だった。

 アレックスは私に「イイコデネ。アイ・ラブ・ユー」と言った。
 私は「アイ・ラブ・ユー・トゥー」と答えた。
 「アシタ クル?」と聞かれたので、「うん、明日来るよ」と返事した。

『アレックスと私』第8章

 本書はペパーバーグ博士による追悼手記だ。
 ペパーバーグ博士の気持ちがかなり落ち着いてから,当時を振り返りつつ書かれている。

 冒頭には,アレックスの訃報を伝えた数々のメディアの話や,アレックスを失った博士の気持ち。その後,迎えた時から最後の日までのことが淡々と綴られている。
 アレックスの訓練方法,一緒に訓練された後輩ヨウムたちのこと,アレックスと研究室をとりまく人間たちとの関係,アレックスの性格,アレックスと他のヨウムとの関係。また,女性科学者として経験した悔しい出来事や鳥類を過小評価する文化で鳥類の能力について研究する難しさ。


 頑ななまでに人間以外の動物の能力を過小評価し,更に哺乳類と比べて鳥を過小評価したがる学者達の姿勢は,とても科学的とは思えず不思議なほどだった。
 ペパーバーグ博士が身を置いていたのは,神が人間を万物の支配者として創造したとするキリスト教の影響で,科学者を含め皆が「人間は他の生物と根本的に違う」と信じて疑わない世界。特に言語は,他の動物と人間が違うことの証として譲れない一線で,そこへ切り込んでいく博士の歩んだ道は,本当に険しく苦しいものだったのだ。資金も乏しく,暖房の温度を14℃に設定し,豆腐ばかり食べて暮らした時期が続いたのだという。
 あんなにも有名になったアレックスを研究していた博士なのに,そんなにも厳しい立場にあったとは!


 鳥が賢いこと,特に長寿であるインコ・オウムの賢さは並大抵ではないと知っていた私も,この本を読み進み,アレックスの能力に驚嘆するばかりだった。
 アレックスが大好きで美味しいと思うリンゴのことを,同じく美味しく大好きな食べ物,バナナとチェリーの特長を備えた食べ物として「バナリー」と呼んだり,ケーキのことを「美味しいパン」と表現した話には目を見張った。

 また正しい答を言えずにいる後輩ヨウムに「このバカ鳥」と言ったり,悪戯して人間を怒らせたとき「アイムソーリー」と謝る話にも息をのんだ。そう言ったアレックスに反省の気持ちがあったかどうかまでは分からないが,アレックスは「アイムソーリー」が関係の修復に役立つ言葉である事を理解し,適切に使用したのだ。

 あぁ人間は,どうして他の動物たちをこんなにも侮っているのだろう? まず彼らを理解していない自分たちの無知さと向かい合わなければならないのではないか。


 巻末には,博士へのインタビュー及び,「よくある質問」への回答も載っている。

 ちなみに,アレックスの名前の由来をこの本で初めて知った。
 「Project ALEX: Avian Language Experiment」(鳥類言語実験)

 アレックスの名前は,迎えるずっと以前から「ALEX」と決まっていたのだった。
 


 翻訳書が文庫で気軽に読めるようになり,更にKindle化されたのは大変意義があり嬉しいことだ。
 ヨウムが,そして鳥という生物が如何に賢いか,人間が他の生物を如何に侮っているかがよく分かる本書が,これを機会に多くの人に読まれることを切に願う。


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