本の記録(2024-08)

 今月は『ソラリス』を再読し,その後はずっと『セントールの悩み』を読んでいた。
 『ソラリス』は2回目だったので理解がかなり深まったが,奥が深く,まだまだ何度も読んでみたいと思う作品だ。感想やメモなどを,次回の読書時の参考にまとめた。
 → ソラリス – かわゆら

 『セントールの悩み』は,可愛らしい人馬の少女の絵に騙されてはいけない,大変重くブラックでアカデミックな作品だ。読みながら頭を使い考えることが多いため,1冊を読むのにけっこう時間がかかる。ついていけないと思う人もいるかもしれないし,漫画部分以外は読み飛ばす人もいると思うが,私には全体的に興味深い作品だ。Kindle Unlimitedで読めるのでありがたい。


8月の読書メーター
読んだ本の数:26
読んだページ数:3359
ナイス数:58

ソラリス (ハヤカワ文庫SF)ソラリス (ハヤカワ文庫SF)感想
 間を置かずに再読して,前回よりはソラリス学の学説や系譜の説明も眠くならずに読めたがやっぱり難解だった。ハリーという存在についても一度目より冷静に観察できた。スナウトは,主人公のケルヴィン以上に重要な存在に思え,著者の代弁者のような印象を受けた。
読了日:08月03日 著者:スタニスワフ レム

セントールの悩み(1)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(1)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 可愛らしい絵柄だが多様性とか差別とか現代社会でも問題になっているネタがサラッと盛り込まれていて意外とブラックで,そこが良い。作者の方はバリバリな理系の方なので(理系方面の話に)安心して読めるのも良い。
読了日:08月04日 著者:村山慶

セントールの悩み(2)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(2)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 姫ちゃんは従妹の紫乃ちゃんにモテモテ。国立旧帝当たり前の進学校に通っているらしい。委員長の三つ子の妹が登場。委員長のところは父と母の形態が違うため,違身形(たがみがた)の姉妹だ。小出しの情報で少しずつ世界観が明らかになる。魚の胸ビレが重複し,6本肢が有利になって進化した世界とのことだ。人間は4形態(長耳・角・牧神/翼・竜/馬虎/魚)に分類される。確かに髪や皮膚の色が異なるだけで人は差別をするのだから「平等は時に人権や生命より重い」という言葉には説得力があり過剰とも思える法律規制にも納得せざるを得ない。
読了日:08月06日 著者:村山慶

セントールの悩み(3)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(3)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 紫乃ちゃんの幼稚園での話や,御魂さんちの三つ子ちゃんたちのお留守番と座敷童,希ちゃんの試験勉強とUFOの話,姫ちゃんが蛇を苦手とする理由と転校生のケツァルコアトル・サスサススールちゃん。巻末の「姫ちゃんはどの位ウマなの?」が面白かった。別々に進化したがたまたま似ているだけなので「全然ウマじゃないよ」てことらしい。
読了日:08月06日 著者:村山慶

セントールの悩み(4)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(4)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 南極人スーちゃんの笑顔を見て気絶する姫ちゃん。「特定の形態に対する差別意識」認定をされる前に克服しようと,スーちゃんも一緒に原因になった映画を鑑賞する。哺乳類とは違って鳥類に近いという南極人は考え方や感じ方も独特で,スーちゃんはそれを学ぶために来たっぽい。御魂姉妹も含めみんなでプールへ行く話や,姫ちゃん一家&紫乃ちゃん一家で帰省する話,オカルト科学部の怪談会,希とスーの服選びなど。
読了日:08月06日 著者:村山慶

セントールの悩み(5)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(5)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 シュメール時代から「今時の若い者は」と言ってきた人間のことだ。姫ちゃんと野の草花。羌ちゃんと兄。まきちゃんと紫乃ちゃんのクリスマス。スーちゃんと同胞の友人。すえちゃんと三輪車。進路調査。姫の後輩の綾香ちゃん。人馬が奴隷だった時代のこと。話の合間に繰り広げられるこの世界での恐竜の進化の話は真に迫っていて現実かと思いそうになる。
読了日:08月07日 著者:村山慶

セントールの悩み(6)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(6)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 覗き魔の怪人,御魂と幼馴染みの御牧。スーちゃんが子どもの頃の冒険談。カエルの人(両生類人)。紫乃ちゃんと夢の冒険。人魚とおっぱいと神様。神様と夢。ゆがんだ民主主義と理性によらない民主主義? 各話の間の雑学は,恐竜の進化が終わり,人間の形態は基本的に混ざり合わないなど「家庭の遺伝学」。
読了日:08月09日 著者:村山慶

セントールの悩み(7)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(7)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 調理実習(鮭のムニエル・肉じゃが・マドレーヌ)。人虎(カッコイイ!)。愛書家な希の従姉妹。立派すぎる秘書娘の羌子。父に厳しい真奈美さん。悪い宇宙人!? 話の合間の解説は「家庭の遺伝学」が終わり「歴史上の人物(日本編)」。聖徳太子や藤藁道長など現実の日本の有名人たちがこの世界の特徴を持って描かれ解説されていて面白い。
読了日:08月10日 著者:村山慶

セントールの悩み(8)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(8)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 スーちゃんのデート。真奈美ちゃんとお父さんの絵のこと。姫乃の家系の話。人魚の彼女。戦場での形態差別。悪い宇宙人が出たドイツのその後。ダンジョン。すえちゃんのお散歩と真奈美ちゃんの子育て悩み。スーちゃんの妹の話等。物語の間の小話は「世界の民族衣装」。
読了日:08月11日 著者:村山慶
セントールの悩み(9)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(9)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 姫乃後輩の若牧綾香ちゃんの学校でのこと。幼稚園児達と雑草の花。体毛と進化の話。尻尾と服の物語。姫&紫乃と4本脚の世界。章ちゃんのお洒落。魔法少女のテレビ番組などなど。話の間のミニ解説は「空想世界の英雄達」。変身仮面。
読了日:08月11日 著者:村山慶

セントールの悩み(10)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(10)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 幼い日の姫ちゃん。小学生でクォークがとか言う天才である。スーちゃんの妹。物語を作る話。優秀な姫ちゃんは物語を作る才能もある。腕相撲大会。話の間の小話は「日本の妖怪」。妖怪たちもこの世界では羽が生えたりしている。
読了日:08月12日 著者:村山慶

セントールの悩み(11)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(11)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 新彼方高校の合格発表,綾香さん合格。紫乃ちゃんや御魂家の三つ子達も小学校入学。学級委員の選び方。両生類人の蜂起。アイドルを目指すニルちゃん。両生類人語。三者面談。お庭のビニールプール。人類だけでも何種類もいて大変なのに,更に南極人や両生類人など思考パターンが根本的に異なる知的種属が存在していて実に危うい世界である。
 各話末の小話は「南極人特集」。
読了日:08月12日 著者:村山慶

セントールの悩み(12)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(12)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 旧石器時代の人馬と人虎の物語。オカルト科学部に入部する新入生達。紫乃ちゃんの学校で。憧れの人。竜人は耳が良いらしい。柔道部用具室の祟り。天国とあの世の考察。呪いと神様。アイドルと南極人など。各話の間の小話は「両棲類人特集」。両棲類人は南米のア河流域に住んでいるとのこと。アマゾン川だろうか?
読了日:08月13日 著者:村山慶

セントールの悩み(13)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(13)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 フェアリーサークル。哺乳類人と両棲類人の戦争。外ではお姉さん家では甘えっ子の紫乃。希と羌子の中学時代。南極人の進化工場シシュ。エイリアン。章ちゃん変身。すえちゃんも保育園。小話は「宇宙人特集」。地球生命とかけ離れた存在や地球そっくりな環境での進化の可能性などなど。
読了日:08月15日 著者:村山慶

セントールの悩み(14)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(14)【特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 冒頭は温泉会。まったりしつつも理屈っぽい話が出てくるところが良い。御魂家の子育てについて。姫&紫の本家の里でのこと。そして南米の怪獣。両棲類人や南極人と人類の関係が変わりつつある。小話集は「世界の戦士達」。
読了日:08月16日 著者:村山慶

セントールの悩み(15)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(15)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 角のある人魚のお伽話。歴史清算委員会に選挙された学校。南極人と人虎と宇宙キノコ。各人類の関係は混迷を極めてきた感じ。紫乃ちゃんを諭す姫は高校生とは思えない大人だ。そしてテロが小学校にまで。小話は「空想の人類」亜人,コロボックル,四肢の人間等。
読了日:08月17日 著者:村山慶

セントールの悩み(16)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(16)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 人馬がいなくて教会がない異国タワンティン・スーユの話。三人(三匹)の人馬タルタルの悪魔。待ち合わせ中の希ちゃんやビーチバレーなど姫たちの日常の話の間に,姫ちゃんたちとは異なる世界(国とか時代とか)の話が増えている。多種属の知的生命体が存在する世界を種の発生から徹底的に考えるというこの作品の特徴がだんだん解像度を上げてきている。
 小話は「世界最大のベストセラー「四肢人類の世界」」。
読了日:08月18日 著者:村山慶

セントールの悩み(17)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(17)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 宇宙キノコの奮闘と征服の進捗。生徒会役員選挙。ラブラブすぎる御魂家で御牧の子守。
 小話は「日本と世界の建築の歴史」。日本の竪穴式住居から国立西洋美術館,マンモスの家に遊牧民のゲルなどなど。
読了日:08月18日 著者:村山慶

セントールの悩み(18)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(18)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 140話〜。人馬の脚の動かし方。子供達のサッカー。高校の体育祭。宇宙人達の話も少しずつ明らかに。ツツリテレ全惑星同盟,家畜として使役されるミーミーテレ。彼らは民主主義や自由などの建前でまとまっている。両棲類人と暮らす義勇兵のケンジローと突然やってきた日本のテレビ局。
 小話は「人魚形態特集」。人魚の歴史など。
読了日:08月19日 著者:村山慶

セントールの悩み(19)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(19)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 151話〜。あるはずのなに鉄道で行く異世界の塔状寺。スーちゃんに「高い知能も運動能力も宝の持ち腐れ」とスーちゃんに注意される姫。羌子の兄と彼女の家庭教師。新彼方高校の子は流石に全員賢くて驚く。タマちゃんのお祓い。水上都市平安京への修学旅行と真奈美留守中の御魂家。
 小話は「世界の偉大な学者達」。儒教の創始者の孔丘とかプラトンとかコペルニクスとかダーウィンとか。
読了日:08月20日 著者:村山慶

セントールの悩み(20)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(20)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 第159話〜。修学旅行終わる。猫になる呪い。夏休みのバイト。両棲類人と哺乳類人のギャング抗争。御牧の弟。鴉羽のキョリ。迷子のすえちゃん。
 小話は「哺乳人類の起源を再び学ぶ」。
読了日:08月21日 著者:村山慶

セントールの悩み(21)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(21)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 姫と真奈美の進路。羌子の従姉妹と動物の魂。物質転送とコピーとクローン。ある映画撮影監督の話。こまちゃん御魂家で勉強会。両生類人を研究する口縄博士。宇宙人と将棋。きりひき山の肝試し。人馬形態者を対象とした国際的賭博組織の摘発。全世界の裕福層の50%が逮捕!?どちらにしてもブラックな世界である。
 小話は「最新!両棲類人の進化史」。
読了日:08月21日 著者:村山慶

セントールの悩み(22)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(22)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 まずは単一価値幻想の元を叩く!子ども向けテレビ番組。彼方市の手を出したらヤバい女四天王。御魂神社談合疑惑。クラス演劇。怪獣タコマッチョとタゴンさん。こねこのくに。海水浴。
 小話集は「新説 南極人の起源」。偽鰐類の解説など。
読了日:08月22日 著者:村山慶

セントールの悩み(23)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(23)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 理想的な未来の人類! 鹿子さんのお店。仮装。呪われた絵画。大学入試の模擬試験。理性と神と宇宙キノコの発信。サンタさんとたきちゃん。流鏑馬と武士。森の中の祠。合格発表。
 小話は「日本の恐竜と同時代の動物」。
読了日:08月22日 著者:村山慶

セントールの悩み(24)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(24)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 まきちゃん小学校入学。高校にも新入生。校門にやってきた変な男=半精神半物質の宇宙キノコが地球を侵略していることを知っている。日差しとタマちゃん。すえちゃんの偏った知識。国際風紀委員の来日。命がけのコスプレ。クラスのボスまきちゃん。
 小話は「日本の民具」。この世界の哺乳人類形態に適合した鞍とか背負子とか犂とか。
読了日:08月23日 著者:村山慶

セントールの悩み(25)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)セントールの悩み(25)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)感想
 第200話〜。嘘吐きヘビに毒吐きヘビ。民族学部の新入部員と埋葬の歴史。ゾンビ。ブラックホールを挟んで存在する構造物(キャッチボーラー)とそれを作った種族を調査する惑星探査端末。動物の気配が無く食虫植物が生きるキャッチーラーの世界。電気信号ではなく化学信号でのみ動く生物の可能性。キャッチボーラー生物共通の危険通知物質の放出。影響を受ける一部の人間達。事態を把握している南極人たち。戦士で探検家で学者で外交官になれそうな姫?話が難しくなってきた。
 小話は「彼方市の名所」。赤羽山にH2ロケットなど。
読了日:08月23日 著者:村山慶


読書メーター

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ソラリス

本の概要

  • 著者:スタニスワフ・レム (ポーランド/1921-2006)
  • 翻訳:沼野 充義 
  • ASIN:B00YGIKEI0
  • 出版社:早川書房 (2015/4/15)
  • 発売‏日:2015/4/15
  • ファイルサイズ:1066KB
  • Amazonへ

旧訳・新訳・コミック化

 本作の発表は1961年。
 テレビ映画『ソラリス』(1968/ソ連),劇場映画『惑星ソラリス』(1972/ソ連)・『ソラリス』(2002/米)などの映像作品が製作され有名な作品だ。

 このほどハヤカワ文庫の新レーベル「ハヤコミ」において,『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティー)及び『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬)と共に最初の作品に選ばれたことを知り,かねてより買ってあった本書を読むことにした。

 『ソラリス Solaris 』は,1977年にハヤカワ文庫より『ソラリスの陽のもとに』(飯田規和訳)の名で出版されていた。けれどこれはロシア語版からの重訳だったため,ロシア語版を出版する際に削除された内容が欠落していた。
 ロシア語版で内容が削除された経緯については,本書の後書きで翻訳者の沼野氏が詳しく解説している。
 沼野氏によると,「怪物たち」「思想家たち」「夢」の三章に渡って原稿用紙40枚分近くが削除されており,削除された部分は「この作品の豊かなイメージと思想的視野の広さを感じさせる重要な箇所」であるとのことだ。

 この三章は物語の中でも特に難解な箇所(と私は感じた)なので,おそらく旧訳『ソラリスの陽のもとに』(旧訳)は『ソラリス』(新訳)より気楽に読めるエンターテイメント的な作品に仕上がっていたのではないかと思う。
 けれどこの三章がなければ,確かにソラリスの海への考察が薄っぺらいものになってしまう。そのためコンタクトという物語の主題がぼやけ,代わりにケルヴィンとハリーの関係が際だってしまう気もする。

 本書,新訳『ソラリス』は,その難解な箇所の全てを含む原作全文が,ポーランド語オリジナルから忠実に翻訳された初めて日本語版『ソラリス』となる。本書の登場により,『ソラリス』が持つ思想的な深みに日本語で触れる準備がようやく整ったのだ。


映画と原作

 『ソラリス』は劇場映画が過去2回も制作されており,手っ取り早く楽しむためには映画が役に立つかもしれない。
 だが,それらの映画が必ずしも原作者の世界を表現できているとは言えないことが,本書の後書きで翻訳者の沼野氏によって詳しく書かれている。

 例えば映画『惑星ソラリス』ではラストが原作とは異なっている。
 映画では主人公のクリスは異質な他者との対峙を止めて懐かしい世界に回帰しようとし,原作のクリスは最後まで揺るぎなく異質な他者と向き合おうとする。
 原作者のレムは,映画に原作にはない主人公の地上の家族や母なる大地に繋がる母親までを登場させたことが酷く気に入らなかったという。


しかし、ここから立ち去ることは、未来が秘めている可能性を——たとえその可能性がはかなく、想像の中にしか存在しないものであっても——抹消してしまうことを意味した。
(略)
それでも、残酷な奇跡の時代が過ぎ去ったわけではないという信念を、私は揺るぎなく持ち続けていたのだ。

『ソラリス』—古いミモイド 沼野充義 訳

レム独自の認識論スタンスは、「欠陥を持った神」が戯れる宇宙を前にして、「残酷な奇跡」から目をそむけようとはせずに、違和感に身を貫かれながらも、あくまでも未知の他者に対して開かれた姿勢をとり続けることだった。

『ソラリス』—愛を超えて—訳者解説

 小説は曖昧さと想像の余地が残る結末だったが,ケルヴィンは想像を絶した体験に苦しみながらも,嫌気を起こし懐かしい地球へ帰ろうとはしていなかった。
 例え遭遇したのがソラリスのように思いもよらないコンタクトであったとしても,人類はただ宇宙に嫌気をおこし地球に回帰して終わることはない。それが,レムが描いたソラリスとのコンタクトだった。


ステレオタイプから脱したコンタクト

 レムよると,SFが描くコンタクトには3つのステレオタイプができあがっているという。

1.意思疎通がある場合
2.人間が彼らを征服する場合
3.彼らが人間を征服する場合

 これは地球上での経験をそのまま宇宙に持っていっただけの図式的拡大解釈でしかないという。レムはこのように言っている。


宇宙がたんに「銀河系の規模に拡大された地球」だと思うのは間違っている。宇宙は、私たちがいまだ知らない新奇な性質を備えているのではないだろうか。地球人と地球外生物とのあいだに相互理解が成り立つと考えるのは、似ているところがあると想定しているからだが、もし似たところがなかったらどうなるだろうか。

ソラリス—ファンタスティックな物語 スタニスワフ・レム

スナウトの言葉

 作中人物のスナウトは,困難の中でも冷静さを保とうと努力し,同僚を思いやる心を忘れぬ好人物だ。彼は主人公のケルヴィンの尖った若さを受け止め,時に諫め,時に見守る。私にはスナウトはレムの代弁者のように見えた。

 そのスナウトの台詞は,コンタクトについての示唆に満ちていたと思う。

われわれは宇宙を征服したいわけでは全然なく、ただ、宇宙の果てまで地球を押し広げたいだけなんだ。
(略)
人間は人間以外の誰も求めてはいないんだ。われわれは他の世界なんて必要としていない。われわれに必要なのは、鏡なんだ。他の世界なんて、どうしたらいいのかわからない。
(略)
いまやまさにそのコンタクトを体験しているんだ! その結果、まるで顕微鏡で見るように拡大されてしまったんだ、おれたち自身の怪物のような醜さ、おれたちの馬鹿さかげん、破廉恥さが!!!

『ソラリス』—小アポクリファ 沼野充義 訳

 この作品には多くの要素がつぎ込まれている。
 ホラーであり恋愛小説であり精神分析や思考訓練の試みであり宗教寓話の一つでもあり,おかげで「メタ・サイエンスフィクション」という異名を持っている。

 だが,これらのあらゆる要素,ホラーも恋愛も歴史も登場人物たちの行動も,未知なるものの存在の可能性と未知なるものへのコンタクトの可能性を考察するための道具であるように思えた。


私が重要だと考えていたのは、ある具体的な文明を描いてみせるというより、むしろ「未知なるもの」をある種の物質的な現象として示すということだったのである。その物質的な現象は、高度に組織化されており、しかるべく出現するので、地球の人間はこういうふうに理解することができる—未知の形態を持った物質という以上に大きな何らかの存在が自分たちの目の前にある、自分たちが対峙しているのは、見方を変えれば生物学的現象とも、いや心理学現象とも思えないことはないが、予測したり推定したり期待したりできるようなものとはまったく異なっている、と。

ソラリス—ファンタスティックな物語 スタニスワフ・レム

 ソラリスの創造物であるハリーは,実際の人間であるかのように人間らしくケルヴィンとの関係に心から苦しむ。彼女はソラリスの創造物でありながら彼女でしかなかった。

 ハリーの存在から『涼宮ハルヒの憂鬱』の長門有希を連想した。長門有希は,自らのことをこのように説明していた。


「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、それがわたし。」

涼宮ハルヒの憂鬱

 ハリーがソラリスによる対人間コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスだったのかどうかは分からない。
 ハリーが何のために現れたのかは最後まで分からない。
 スナウトは「贈り物」だったのかもしれないとも考察する。

 人間の想像の範疇から逸脱した相手であるソラリスの海には,人間の脳の中でさえ透明なガラスのようなものなのだ。ソラリスの海は,まるで本のように人間の脳の中の情報を読み取る。だが読み取った情報の意味を理解しているわけではない。
 たとえソラリスの構造物と同じ物を人間が作ったところで,その作った物の意味を人間が解しないように。


雑感

 ソラリスの海は最後まで捉えどころがない。
 おかげで,未知の存在とのコンタクトを本書の中で体験することができた。クリスがソラリスに降り立つ場面はことに印象的だった。


 この生命形成体の芽吹き、成長、展開には、その一つ一つを個別に取ってみても、またその全部をいっしょに合わせてみても、なにやら—こう言ってよければ—用心深い、しかし臆病とは言えない無邪気さが現れていた。海は新しい形のものに思いがけず出会うと、我を忘れて急いでそれを知りたがり、把握しようと努力するのだが、謎めいた法則によって定められた一定の境界を越える恐れが出てくると途中で引きあげる羽目になるのだった。そのみのこなしのすばしこい好奇心は、水平線を見渡す限りの輝きの中に広がる巨体とはあまりにも対照的で、なんとも言い難い感じを与える。

『ソラリス』—古いミモイド 沼野充義 訳

 本書は原作に忠実なこともあって,途中のソラリス学の系譜が蕩々と語られる部分などかなり難解に感じた。あまりにも分からないので眠くなって読むのが大変だ。一度読んだくらいでは理解が足りなすぎて話にならない。
 続けて再読し,ようやく少しだけソラリス学が頭に入った感じだ。もっと何度も読み返せば理解も深まるのだろう。

 しかし,そんなにも難解で眠くなって大変だったけれど,興味深く魅力的な作品であるということは疑いなく言い切れる。少なくとも2回繰り返して読むほどだったのだ。
 理解できない異質な相手とのコンタクトとして示唆に溢れ,興味深かった。
 理解できない異質な相手は,実は宇宙の果てまで出かけなくとも,身のまわりに溢れている。我々はそれを自分の宇宙を押し広げて勝手な解釈をしているであろう。

 主題がコンタクトという概念的なものであるため,読書視点はメタになる。このため古くなっても少しも色褪せぬ作品であるとも思った。この先も読み継がれていく作品だろうと思う。

 難解SFの金字塔のような本作が,「ハヤコミ」のコミックでどのように解きほぐされるのか,理解しやすくなるのか楽しみだ。


登場人物と用語

  • クリス・ケルヴィン: 主人公。心理学者。
  • モッダード: プロメテウス号の乗組員でケルヴィンをソラリス・ステーションへ向けて発射させた。プロメテウス号は水瓶座α星を目指して飛んでいった。
  • スナウト: ギバリャンの補佐役を務めていたサイバネティクス学者。小柄で日に焼けた顔をしたやせぎすの男。
  • サルトリウス: 並外れて背の高いやせぎすの男で,頭は異様に細長い。物理学者。
  • ギバリャン: ケルヴィンの恩師であるソラリス学者。ケルヴィンは彼の助手だった。
  • ハリー: 10年前に19歳で自殺したケルヴィンの恋人。
  • ポリテリア: ソラリスの海の種名。ポリテリア種-シンキティアリア目-メタモルファ綱。
  • ギーゼ: 古典的金字塔とも言うべきソラリスについての全九巻の研究書や『星間料理人』『ソラリス研究の十年』などの著者。凡人でも天才でもない,几帳面で融通のきかない分類学者だった。
  • ギーゼの作ったソラリスの構造体を表す用語: 山樹・長物(ながもの)・キノコラシキ・擬態形成体(ミモイド)・対称体・非対称体・脊柱マガイ・速物(はやもの)

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