第三次世界大戦はもう始まっている

  • 発売日 ‏ : ‎ 2022/6/17
  • 出版社 ‏ : ‎ 文藝春秋 (2022/6/17)
  • 新書 ‏ : ‎ 208ページ

本来、簡単に避けられたウクライナ戦争の原因と責任はプーチンではなく米国とNATOにある。事実上、米露の軍事衝突が始まり「世界大戦化」してしまった以上、戦争は容易に終わらず、露経済よりも西側経済の脆さが露呈してくるだろう。

本の扉の紹介文より

 日本の大手マスコミのニュース番組などが報道するウクライナとロシアのことは,非常に一方的で偏っていることは常々感じていた。
 例えばウクライナのネオナチのことなどはほぼ解説されない。ロシア側にどのような事情があり戦争に至ったのかについてもきちんとした解説は聞いたことがない。ロシアに少しでも同情的だったり,ロシア側の理屈に理解を示すようなことをしようものなら聞く耳も持たぬ人たちに袋だたきにされそうな雰囲気だ。
 ウクライナの街が如何に理不尽に破壊され,ロシアが如何に横暴であるかが強調され,ウクライナへの同情を煽り,歴史的社会的考察は悉くお座なりにして感情に訴える。


 さらにアメリカは「NATOは東方に拡大しない」と言っていたのに、実際は、可能なかぎり戦略的な優位を保って、結局、ロシアを軍事的にも囲い込んでしまいました。誰もがロシアを責めますが、アメリカと同盟国の軍事基地のネットワークを見れば一目瞭然であるように、囲い込まれているのは西側ではなく、ロシアの方です。軍事的緊張を高めてきたのは、ロシアではなくNATOの方だったのです。

P.30

 現実的に困っているウクライナの人々に某かの援助をするのが悪いと言うつもりはないが,そもそも遠い地域の紛争で,ウクライナもNATOも,ウクライナの隣国やその他のヨーロッパの国々の関係なども全く分かっていない日本人が,同情だけで動くのは浅はかな行為であると思う。しかも日本人が受け取れる情報など又聞きでしかないし,ウクライナだってロシアと同じく自分に有利な情報を有利な状態でしか流さない。

 本書の著者はフランス人。やはり我々日本人と同じくアメリカとウクライナが流した情報しか手にすることができない立場ではある。
 しかし,ヨーロッパの中で,NATO加盟国の国民という立場からの視点を持っている。その立場に立った人類学者であり歴史家である著者の解説は興味深かった。

 ウクライナ戦争はキューバ危機や第一次世界大戦に似ているとのことだ。


 軍事的な意味での”真のNATO”とは、アメリカ、イギリス、ポーランド、ウクライナ、そしておそらっくスウェーデンから成り立っています。そこに、ドイツとフランスは入っていないのです。それほど強力でないドイツ軍は、ウクライナ危機をめぐる軍事同盟のメンバーとしては、事実上、見放されています。フランスは一定の軍事力を保持していますが、事態を把握できていません。

P.148

 日本に対しての提言も興味深かった。地域の安定化のためには日本も核保有国になるべきであると著者は述べる。
 日本の場合,核に関しては国際世論以前に国内で議論をすることすら許されない状態であるから核保有は今現在絶望的に難しいと思うが,議論そのものが封じ込められている現在の状況は冷静とは言い難い。思考停止だと思う。


「核の傘」も幻想です。使用すれば自国も核攻撃を受けるリスクのある核兵器は、原理的に他国のためには使えないからです。中国や北朝鮮にアメリカ本土を核攻撃できる能力があれば、アメリカが自国の核を使って日本を守ることは絶対にあり得ません。自国で核を所有するのか、しないのか、それ以外に選択肢はないのです。 

P.87

 この本に書かれている通り「核の傘」が幻想であることは明らかだし,日本が自分で自分の国を守れないであろうこと,故にある種の国々から自立した国家として扱われていないことも確かだ。今はよくても未来永劫それで良いと確信していて良いのであろうか。

 家族形態と国家体制の相関関係は考えたこともなかった。

 あっという間に読める本だが,新たな視点を様々与えてくれる本であった。

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源氏物語 —与謝野晶子と大和和紀

源氏物語の概要

  • 著者 紫式部(973?〜1031?/本名:藤原香子(かおるこ/たかこ/こうし/よしこ)
  • 文献初出 1008年(寛弘五年)
  • 巻 全54帖

 『源氏物語』が日本の古典中の古典であるということは自明であり日本人なら誰でも知っていることであろう。大和和紀氏による『あさきゆめみし』により少女漫画になっているため,一読したことがある人も多いと思う。
 私も若い頃に『あさきゆめみし』を2回ほど通読した。

 しかし,若い頃の感性では,『源氏物語』は光る君という色好みのプレイボーイと何故か彼に逆らえない女性達のメロドラマくらいにしか思えなかった。1000年もの間,数々の著名な国文学者たちを魅了してきた作品だというのに私には魅力が全くわからなかったのだ。

 だが,『源氏物語』には人生の全てが詰まっていると聞く。
 また,百人一首の選者である藤原定家の父親であり,定家と共に歌の家,御子左家の絶頂期を築いた藤原俊成が断言したそうだ。「源氏見ざる歌詠みは、遺恨のことなり」(『六百番歌合』の判詞)と。
 『源氏物語』を通り一遍な恋愛物語として読み捨てていてはダメだ。
 そして日本人に生まれながら『源氏物語』を知らないなんて,もったいなすぎることではないか?

 文学に疎く,恋愛にも興味が無い私が『源氏物語』の中に折り込まれた人生の機微を感じ取るには,何度も様々なアプローチをしていくほかないであろう。

 そう考えて,まずは『あさきゆめみし』を通して再読し,『与謝野晶子の源氏物語』を通読し,もう一度『あさきゆめみし』を読んでいる。このあと瀬戸内寂静『すらすら読める源氏物語』で原文にふれつつ解説を読んでみようと思っている。


源氏物語 あさきゆめみし 完全版 (全10巻) Kindle版

与謝野晶子の源氏物語

 源氏物語を現代語訳で通読するならこの本が良いとたまたまSNSでどなたかが書いているのを見かけたので,本書を読むことにした。


与謝野晶子の源氏物語 (全3巻) Kindle版

 序文で上田敏と森林太郎(鴎外)が源氏物語の現代語訳を書くに相応しい人物として与謝野晶子ほどの適任はいないと断じ,大成功の翻訳であると評している。古典に通じている明治時代の大文学者たる彼等がこう書くのだから,間違いない現代語訳と思われた(その上田敏の序文の文体が非常に流麗であることにも大変感動した)。

 本文に入るとまず桐壺更衣を愛した帝が二十歳そこそこであったことを知り,そうだったのかと思った。ものの数ページで桐壺更衣は亡くなり,更衣の母君も亡くなってしまう。
 空蝉と六条の人と夕顔との恋の頃は,源氏の君はまだ十六歳。若くて見境が無くても仕方がなかったのかもしれない。夕顔は十九歳,六条は二十四歳だ。

 瑠璃様(玉鬘の君)の素性を内大臣に話し,瑠璃様の裳着の儀を行う29帖,行幸(みゆき:源氏36歳冬-37歳春)までが上巻に収められている。
 尚侍を目指していた近江の君は,新しく見つかった姫君の方が有利と気がつきがっかり。近江の君をからかって楽しんでいる内大臣…という場面でこの巻は終了。

 古典の雰囲気を損なわず,しかも大変分かりやすい現代語訳であった。


 中巻は,30帖 藤袴(ふじばかま/源氏37歳秋)〜 47帖 総角(あげまき/薫24歳秋冬)まで。

 藤袴(30帖)では葵の君の母親である大宮が亡くなる。真木柱(31)で瑠璃様は右大将と結婚。梅枝(32)で明石の姫君の裳着。藤裏葉(33)で夕霧と雲居の雁が結婚し明石の姫君が入内,源氏の君は准太上天皇へ昇格する。

 若菜(34)は『源氏物語』最長の巻とのことで,盛りだくさんだ。
 朱雀院の出家と女三の宮の降嫁,明石の女御の出産,冷泉帝の譲位。紫の上は出家を願いはじめ,37歳の厄年で病に倒れる。紫の上の看病で源氏が留守の六条院では柏木が女三の宮と密通。柏木は心痛のあまり病に伏し,一条の実家へ戻る。

 柏木(35)で,宇治十帖の主人公となる薰が誕生。女三の宮は出家し,柏木は絶望して世を去る。横笛(36)では夕霧が柏木の未亡人である落ち葉の宮を訪ね恋に落ちていく。落葉の宮の母一条御息所より柏木の横笛を贈られた夕霧は,源氏の君にそれを見せ柏木の遺言を果たす。

 鈴虫(37)は女三の宮を手放せずにいる源氏の君や母の死霊に心を痛める秋好中宮のこと。夕霧(38)では落葉の宮の母が亡くなり,朝帰りの夕霧と雲居雁が険悪に。

 御法(39)で紫の上の法華経千部の供養。幻(40)で源氏の君は52歳。紫の上の一周忌を済ませ出家の準備をする。雲隠(41)は無言の章ということだ。


 そして物語は,源氏の君の時代の人々が世を去って,明石の姫君が中宮であられる時代。

 匂宮(42)で,光源氏亡きあとの夕霧・冷泉院・匂宮・薰・花散里・女三の宮(尼宮)の消息が語られる。紅梅(43)は,故致仕大臣(頭中将)の次男である按察大納言と真木柱の君の一家の事情。
 竹河(44)は,髭黒太政大臣の亡き後,二人の姫君の処遇に悩む瑠璃様のこと。冷泉院のもとへ行った大君は苦労し,今上帝に出仕した中の君は幸せに。


 橋姫(45)は薫の君が20〜22歳で,「宇治十帖」物語の始まり。宇治で俗聖として暮らす桐壺院の八の宮を慕わしく思い訪問し始める薰は,老女房の弁と知り合い自らの出生の秘密を知る。また,薰から宇治の姫君の話を聞いて匂宮も宇治の姫君に興味を示す。

 椎本(46)は,宇治の夕霧の別荘(平等院がモデルらしい)で弦楽の夜を楽しむ匂宮や薰。宇治の姫君へ文を書く匂宮。八の宮の死。薰と匂宮それぞれの恋の始まり。
 総角(あげまき 47)は八の宮の一周忌。大姫(あげまきの君)を想う薰,小姫と薰を結ばせたい大姫,小姫に恋い焦がれる匂宮。各々の感情のすれ違いがもどかしい巻。匂宮は身分柄身動きが取れず,あげまきの君は妹を心配したまま息を引き取る。


 下巻は,第48帖の早蕨(さわらび)〜宇治十帖の最終帖,第54帖の夢浮橋(ゆめのうきはし)まで。

 匂宮は実に好きになれず読んでいてストレスがたまるほどだった。まさか源氏の君以上の好色鬼畜がいたとは!? 紫の上を慕っていた子供の頃は可愛かったのに…。
 穏やかですぎる薰にもどうにかしたらと思うことはあるものの,薰は匂宮の百倍くらい好感が持てるし,『源氏物語』の男性登場人物の中では最も堅実で好感が持てる人物のように思う。

 早蕨(さわらび 48)では宇治の中君が匂宮の二条院へ迎えられる。
 宿木(やどりぎ 49)では薰の君と女二の宮,匂宮と夕霧の六の君が結婚。あげまきの君を忘れられない薰は中君に想いを寄せるようになり,困った中君は浮舟の話をし,薰はあげまきの君に似ている浮舟を妻に迎えたいと思い始める。

 東屋(50)は,主に浮舟の実家の話。浮舟(51)では宇治に住まわされていた浮舟が匂宮に見つかって結ばれてしまい,薰の知るところとなる。
 蜻蛉(52)では浮舟を失った人々が悲しみに暮れ,手習(53)で浮舟は僧都の母尼と妹尼の一行に救われる。浮舟は比叡山の小野の庵で暮らすようになり,やがて明石の中宮の知るところとなり,薰の君にも伝わってしまう。夢浮橋(54)で浮舟は薰の君からの文に返事できずただひたすら泣き続け,薰は恨めしく悲しく思う。

 実に中途半端と思える場面で唐突に『源氏物語』は幕を閉じる。
 歴代の注釈者は,これに一体どのような解釈を施したのだろうか。


 後書きで与謝野晶子は,『源氏物語』は日本の古典の中で彼女が最も愛した書であり,この本を味解することに多大な自信を持っていると記している。
 また従来の注釈本の全てに敬意を持ってはいないし,『湖月抄』(北村季吟)のことを「杜撰の書」となどと書いている。有名な『湖月抄』を杜撰と断じていることに少々驚いた。

 桐壺以下の数帖は全訳の必要を認めなかったため多少の抄訳を試みたが,中巻以降はほとんど全訳したとのことだ。


 与謝野晶子の後書きの後ろに,更に神野藤昭夫(かんのとうあきお)氏による解説があり,ここで紫式部や彼女が使えた中宮彰子について,またこの本の出版についてなど様々な情報が書かれている。

 各々の帖に挿絵が挟まれていたが,これについての解説もあった。
 この角川ソフィア文庫の『与謝野晶子の源氏物語』の挿絵は,本書が最初に出版されたときの中沢浩光による絵ではなく,日本画家の梶田半古(かじたはんこ 1870〜1917)による彩色版画ということだ。大変美しい挿絵で毎回,帖の最初のページを開くのがたのしみだった。


 『与謝野晶子の源氏物語』を読み終わってから,もう一度『あさきゆめみし』を読み返すと,匂宮が素敵すぎることに驚いた。奴はもっと鬼畜である!
 大和和紀さんがどれほど原作をきっちり確実に読み込んで消化し,少女漫画にふさわしい解釈を施して『あさきゆめみし』という作品を紡ぎ出されたのかを感じ,凄いなと思ったのだった。

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