月の子 MOON CHILD

本の概要

  • 全8巻(完結)
  • 著 者:清水玲子
  • 出 版:白泉社(白泉社文庫)
  • 発売日:1998/6/12(1巻)~1999/3/12(8巻)
  • 連載:『ララ』昭和63年(1988)年10月〜平成4年(1992)12月号

 アンデルセン童話『人魚姫』(1837)と,1986年4月のチェルノブイリ原子力発電所の事故をはじめ1985年後半〜1986年初頭にかけて起こる様々な災害を2本の柱として織りなされる長編の恋愛少女漫画。
 登場するのは人魚と人間。人魚たちにはアンデルセンの童話のように事情がある。

 人魚の寿命は200〜800年。人魚は大宇宙を泳ぎ回る生き物だ。
 たまたま地球が産卵地として適していたので人魚たちは地球を選んだ。そして産卵の期間だけ人間に擬態する。稚魚は10年おきにくる産卵期に地球へ帰り,それから半年ほどの間に相手を決めて卵を生み死んでゆく。

 一途すぎるほど一途な登場人物達は,ちょっと重く感じるかもしれない。人魚であることを考えるとハッピーエンドな未来は見えないけれど,幸福を願って読み進みたくなる。

 文庫が出た頃に一度読んだのだが,チェルノブイリやキエフなどが登場することもあり,読み返したくなったが,ひとときその時代に帰って楽しめた。

 絵柄は今となっては古い雰囲気に見えるかもしれないが,とても芸術的で美しいと思う。所々に挟まれる塗り絵の一枚絵も楽しい。


 昭和63年ララ10月〜12月号,平成1年ララ1〜4月号掲載分。
 月を見てベンジャミンは?


 ショナの肩越しに月を見たベンジャミン。にがよもぎの星が来年(1986年)の春に落ちる夢。セツ助けたさに自暴自棄になるティルト?


 気持ちを自覚するショナ。ショナとセツの出会い。セツのために道を踏み外すティルト。「ぼくは女の子なんだって」とジミー。人間の青年ギルの運命は? 新たなキャラクターが出てきて不穏な展開になっていく巻。


 ベンジャミンとアート,セツとショナ,ベンジャミンとショナ。関係が少しずつ変わっていく。ティルトは計画を進めていく。ホリーの弟とギル。1985年11月13日 コロンビアのネバドデルルイス火山泥流災害。女の人の時間が増えるジミー。


 ティルトはどうしてベンジャミンを嫌いになったのか。どうしてセツを嫌いにならなかったのか。思い出すベンジャミン。アートのオレンジを潰したマスコミの人たちとベンジャミン。ベンジャミンが意識的に物をこわした最初の瞬間…。


 ジミーは綺麗な女の人のベンジャミンが自分であることをアートに伝え,女の人の姿でアートと一緒にソビエトへ渡る。セツも追いかける。1986年1月28日チャレンジャー号の爆発事故。ギル(ティルト)にとってのリタの価値。


 ティルトの計画に気がついたベンジャミン。セツをニューヨークに帰そうとするティルト,ベンジャミンをニューヨークに帰そうとするアート。キエフに向かうショナ。ギルに注釈するリタ。
 恋愛ってこの世で最悪な感情では?と思わされる巻。


 1986年4月2日から始まる巻。チェルノブイリの事故は1986年4月26日午前1時23分。その時刻に向かってベンジャミンもギルもアートもセツも動く。
 そして,何百年も昔にかなえられる筈だった人魚の夢は。
 平成4年 ララ9〜12月号掲載。


登場人物

人魚

ジミー(ベンジャミン) 主人公の少年または美少女。ジミーは本当は猫の名前。ティルトとセツとは三つ児で一緒に月から泳いできた。
ティルト ベンジャミンの兄弟。口が悪い。最初に孵化した。3人の中では体も大きく丈夫でリーダー格。もともと卵細胞を持っていない。
セツ ベンジャミンの兄弟。身体が弱く内気で優しい。
ショナ 14世紀生まれ。400光年離れたアスガルド星から帰ってきたマーメイド。ジミーたちの母親セイラの許嫁だったポントワの息子。昔からセイラの夢を見ていた。
ノエラ ショナをマーメイドだと気づきコミュニティに連れて行く。ショナが好き。
セイラ アンデルセンの『人魚姫』のモデル。人間に恋をし仲間の人魚たちを魔女狩りに売った。「足の先まで流れるハチミツ色の髪に砂糖菓子のような愛くるしい顔」だった。
グラン・マ 卵を生まない代わりに長生き。
アイーダ グラン・マの手伝いをしている。
シリル 人魚の女性。
ジュリ 人魚の女性。
サラ セイラの姉妹。ベンジャミンたちを守り育てた。
ミラルダ セイラの姉妹。ベンジャミンたちを守り育てた。

人間

アート ジミーを助けた保護者。ダンサーで父親はソ連人。
ホリー アートの元恋人でダンサー。
ギル・オウエン テレンス・オウエン財団の会長アルバート・オウエンの一人息子。1964年生まれ。突然月にいる夢を見るようになる。イエール大学の首席。再生不良性貧血症を患っている。
パメラ ギルの妹。
ミス・クロディ(リタ) パメラの家庭教師で6カ国語を操る。霊能力もある。身長190cm。ヤンという婚約者がいたが解消してギルに仕える。
アルテム・ザイコフ ソ連の有望な若いダンサー。17歳。お姉さんに見えるお兄さん。リムスキーの息子。
アレクセイ アルテムの三つ子の甥。将来アメリカへ行くのが夢。
コンスタンチン アルテムの三つ子の甥。
ウラジーミル アルテムの三つ子の甥。
アンナ アレクセイたち三つ子の母親でアルテムの異父姉。

花岡ちゃんの夏休み

本の概要

  • 花岡ちゃんの夏休み (ハヤカワ文庫JA) 
  • 著者 清原なつの
  • 出版 ハヤカワ文庫
  • 発売 2006/3/15

才女の誉れ高いメガネ女子大生、花岡数子が恋を知る夏を描いた表題作、恋のライバル出現の「早春物語」、花岡ちゃんが脇役の「アップルグリーンのカラーインクで」、花岡ちゃんによく似た宮嶋桃子登場の「青葉若葉のにおう中」、みやもり坂事件の「なだれのイエス」で、花岡ちゃんシリーズはコンプリート。他「胸さわぎの草むら」「グッド・バイバイ」と初期作品7篇を収録した傑作名作集。描き下ろしあとがきマンガ「みやもり坂の頃の事」

本の裏表紙紹介文

個別作品紹介

 表題作ほか,デビュー作の『グッド・バイバイ』を含む1976年~1981年『りぼん』掲載作品集。
 当時清原なつの氏は金沢大学薬学部在学中で,舞台は主に北陸地方だ。
 70年代後半の,まだ女性はさっさと結婚するのが当然で家庭には黒電話があった時代を背景に,我が道をゆく少々変わった人たちが登場する。
 登場人物たちはいずれも20歳前後。
 少女漫画っぽくないけれどやっぱり少女漫画な味わい深い世界。


花岡ちゃんの夏休み

 『りぼん』1977年8月号
 花岡ちゃんこと花岡数子さんは,知性を探究する大学生だ。嫁に行くことには興味が無いが母親が悲しむので結婚はしてやろうと思っている。面倒なので最初の見合い相手と…。
 しかし,本屋で同じ本に手を伸ばした簑島さんと知り合って…。
 本屋で同じ本に手を伸ばすというのは古典的な出会いで,メリル・ストリープ主演の『恋におちて』(1984)を思い出すが,こちらの方が先(1977)だ。

 なお,花岡ちゃんと簑島さんが手を伸ばした本,『ロバートブラウン物語』は実在する。
 昭和51年=1976年,奇しくも『花岡ちゃんの夏休み』の前年に発行されている。

 『ロバートブラウン物語』キリン・シーグラム株式会社著/昭和51年2月14日発行/限定版/A5判/150ページ/企画制作:博報堂

 偶然だったようで,枠外に下記のように記されていた。

『ロバートブラウン物語』を某ビール会社がS51年に限定版で出しておりました…。

p.179

早春物語

 『りぼん』1978年3月号
 花岡ちゃんと簑島さんが出会った夏から季節は移り早春。
 北陸の早春はまだ雪景色だ。
 美人のクラスメイト笹川華子さんが簑島さんの前に現れ,動揺する花岡ちゃん。
 自分の気持ちに苦悩する花岡ちゃん。

私の偉大なテーマはどこへいった
哲学はどこへいった
私はこのように低俗なジェラシーなんぞに
かかかずらわっている時間などないのじゃ

p.58

 随分と微笑ましい悩みだが,花岡ちゃんと似たようなタイプの少女だった私は,このようなジレンマには大変共感できる。


アップルグリーンのカラーインクで

 『りぼん』1977年お正月増刊号
 一浪して芸大に入った花岡ちゃんのお友達の美登利ちゃんと,美登利の幼なじみで花岡ちゃんと同じ大学に通う荻原くんの物語。
 花岡ちゃんが煙草を吸ってるのを見かけ,時代を感じた。
 そんな感じで,よく見るとあちこちに昭和が描かれている。


青葉若葉のにおう中

 『りぼん』1977年5月号
 花岡ちゃんにそっくりな宮嶋桃子さんと同級生の金之助くん,遠くから同じ大学へやってきた金之助の後輩聖子ちゃん。聖子ちゃんを愛している宮田くん。
 積み木の城はいつか壊さなければならないという物語。


なだれのイエス

 『りぼん』1981年3月号
 大学内のみやもり坂で雪崩に遭った簑島さんの話。騙されて花岡ちゃん…。
 この物語は苦手。黙っているなんてあんまりではないか?
 それは黙っていていいことではない…。


胸さわぎの草むら

 『りぼん』1979年7月号
 学生結婚でもうすぐ赤ちゃんが生まれる牧野三四郎&栄美夫妻とセイタカアワダチソウの精の物語。
 牧野富太郎夫妻がモデルという話を某所で見かけたが,モデルなのは名前と植物好きなところ?

 私にとっては清原なつの氏の最高峰。
 この作品が忘れられず,少女時代の記憶を頼りに大人になって再び清原なつの氏の漫画を探しだして読もうと思った。

 また,帰化植物について興味を抱いたきっかけが,この作品とユーミンの《ハルジョオン・ヒメジョオン》(1978)だった。

セイタカアワダチソウもそうなんだよ
生命をつなげていきたいんだ

p.217

もっと…
植物を愛してほしいんだ…
おねがいだから
ぼくたち…
こうでもしないと
生きてゆけない 

p.220

グッド・バイバイ

 『りぼん』1976年10月増刊号
 清原なつの氏デビュー作品。
 幼なじみのさとこさんと朗くん,そして病院の息子の江戸川くんの物語。さとこさんは優秀で朗くんは…。何もかも夢だったのか?
 朗くんのお母様が着物+割烹着なところに,思いっきり時代を感じる。読み終わってもいつまでも江戸川くんの笑顔が脳裏から離れない,どこか切ないハッピーエンドの物語。


みやもり坂の頃の事

 巻末おまけ描き下ろし。
 清原なつの氏が通った大学にあった「みやもり坂」の思い出話。
 『なだれのイエス』は私には好きになれない作品だが,著者にとってはとても思い入れのある作品であるようだ。
 科学者たる著者の素顔に,そして作品の背景にちょっと近づけて,この文庫を買うことに新しい価値が加わる描き下ろしだと思う。