イネという不思議な植物

本の概要

  • イネという不思議な植物 (ちくまプリマー新書)
  • 著者 稲垣栄洋
  • 出版 筑摩書房
  • 発売 2019/4/10

植物の常識に照らすと、生態が少し奇妙なイネ。だがそれゆえに、人に深くかかわりその生活や歴史までも動かしてきた。イネとは何か、なぜ人を魅了してやまないのだろう。その秘密にせまる。

「BOOK」データベース


 「ちくまプリマー新書」は2005年1月に創刊されたシリーズ。大人の学び直しや学生の学びに役立つテーマで,原稿用紙150枚程度のコンパクトな分量で読める。


著者

 この本の著者は雑草生態学専攻の農学博士で,本書以外に『生き物の死にざま』『面白くて眠れなくなる植物学』『植物はなぜ動かないのか』『雑草はなぜそこに生えているのか』ほか多数の著書がある。


イネとお米と日本文化!

米って?

 言うまでもなく,お米はイネの種子である。
 そして,種子まるごと胚芽と胚乳が玄米。
 白米は胚乳の部分だけを言う。
 イネは単子葉植物で,茎を伸ばさず葉を増やしていく。

 「煎餅とあられ」「お団子と餅」違いは何だろう。
 そう,原料となる米の種類が異なるのだ。
 煎餅とお団子は粳(うるち)米,あられと餅は糯(もち)米。
 粳に含まれるデンプンはアミロースとアミロペクチン。
 糯はアミロペクチンのみ。
 アミロペクチンは粘るので糯米を使った食べ物は粘るのだ。

 米は生では食べられない。
 アミロースやアミロペクチンの結合が緩んで柔らかくなって初めて食べられる。
 加熱し食べられる状態=糊化(こか)することをデンプンのα化と言う。
 保存食やアウトドア食に活用される「α米」はこの状態のお米だ。

 食文化と米を結びつけた話は,生活に密着していてすんなり頭に入る。

稲作と日本人

 イネ科植物が繁栄し始めたのは約3400万年前の新生代第三期。
 自然環境の厳しい土地でのことだった。
 イネ科植物は,茎や葉をケイ素で固め,成長点を地面の際の低い位置に持っていき,栄養価の少ない厳しい環境を逆手にとって,栄養の少ない葉を創り出して動物の食害から身を守った。

 稲作は,種子が地面に落ちない非脱粒性の突然変異の発見から始まった。
 何故なら,稲穂からパラパラと地面に落ちてしまった種籾を,拾って集めるなんて大変すぎるから。
 日本に伝わってきた稲作は,徐々に文化の中央に浸透し,日本の歴史のそこかしこに影響を及ぼしていった。
 水を引いて行う稲作は非常な重労働で,多くの人が力を合わせて行う必要があったのだ。

 例えば五節句。元々は稲作作業の節目に体に気を配り労る日だった。
 1月7日の人日に食べる七草は,冬から春に田んぼや畦に見られる植物だ。
 3月3日の上巳には,本格的な稲作作業が始まる前に薬湯を飲んで体力を付けた。
 5月5日の端午は田植えの季節。虫に刺されたり皮膚炎になりやすい田んぼの作業のため,抗菌作用のある菖蒲の薬湯を飲んで菖蒲湯に浸かって体を休めた。
 また7日7日の七夕は,別名ほおずきの節句。ほおずきの根は中絶薬で,この季節の妊娠は秋の稲刈りに障るため,ほおずきの根を服用したのだ。
 9月9日の重陽は,旧暦では10月。稲刈りの季節だ。強壮作用のある菊の花の酒を飲んだ。


 初歩的な生物学の知識を織り交ぜながら一般教養としてイネや稲作,米,さらには米にまつわる日本文化について詳しくなれる1冊だ。
 正直言うと,大学で生物系だった私には少々物足りなかったが。

アレックスと私

  • 書名 アレックスと私 (ハヤカワ文庫NF)
  • 著者 アイリーン M ペパーバーグ
  • 翻訳 佐柳 信男
  • 価格 Kindle 851円
       ハードカバー 1257円
       文庫 946円

アレックスのこと

 インコが,鳥が好きな人ならアレックスの名前を耳にしたことがあるかもしれない。
 アレックスが話題になっていたのはもう15年くらい昔のこと。
 日本語で「鳥頭」といえば3歩で恩を忘れるバカを指すし,英語でも「bird brain」は同じくバカとか間抜けという意味を持つ。
 鳥はバカな生物だと,人間はずっと決めつけてきたのだ。
 そんな人間の認識を覆したヨウムの名前。それがアレックスだ。

 アレックスは数や色の概念を理解し,自らの考察で零を発見し,自らの感性で新しい単語を作り,更に100語以上の英単語を使って人と意思疎通した。

 けれど,アレックスは特別賢いヨウムだったわけではない。
 アレックスはシカゴのペットショップで育てられていた8羽の雛の中から,ペットショップの人にランダムに選んでもらったヨウムだった。ただ,幼い頃から常に人と暮らし特別な訓練を施された,特別な環境を持ったヨウムだっただけだ。
 そういう環境の下でヨウムがどれほどの学習能力を発揮できるものであるか,人間は初めて知ることになった。

 しかし,2007年9月,アレックスは31歳の若さで突然逝ってしまった。
 50年というヨウムの寿命を考えるとあまりにも早い死で,これからアレックスの身の上に考えられたあらゆる可能性はここで潰えた。
 アレックスの死という悲しいニュースはインターネットを通じてあっという間に知れ渡り,おそらくアレックスを知る世界中の鳥愛好者が悲しんだと思う。そのニュースを知ったときのショックを,私は今も覚えている。


 人とコミュニケーションを取るために人間の言葉を喋り,色や数の概念を理解したヨウム,アレックス。まだまだ沢山の可能性を秘めていたのに,ある朝突然,逝ってしまったアレックス。

 博士とアレックスの最後の会話は,建物が消灯になる直前のいつもの会話だった。

 アレックスは私に「イイコデネ。アイ・ラブ・ユー」と言った。
 私は「アイ・ラブ・ユー・トゥー」と答えた。
 「アシタ クル?」と聞かれたので、「うん、明日来るよ」と返事した。

『アレックスと私』第8章

 本書はペパーバーグ博士による追悼手記だ。
 ペパーバーグ博士の気持ちがかなり落ち着いてから,当時を振り返りつつ書かれている。

 冒頭には,アレックスの訃報を伝えた数々のメディアの話や,アレックスを失った博士の気持ち。その後,迎えた時から最後の日までのことが淡々と綴られている。
 アレックスの訓練方法,一緒に訓練された後輩ヨウムたちのこと,アレックスと研究室をとりまく人間たちとの関係,アレックスの性格,アレックスと他のヨウムとの関係。また,女性科学者として経験した悔しい出来事や鳥類を過小評価する文化で鳥類の能力について研究する難しさ。


 頑ななまでに人間以外の動物の能力を過小評価し,更に哺乳類と比べて鳥を過小評価したがる学者達の姿勢は,とても科学的とは思えず不思議なほどだった。
 ペパーバーグ博士が身を置いていたのは,神が人間を万物の支配者として創造したとするキリスト教の影響で,科学者を含め皆が「人間は他の生物と根本的に違う」と信じて疑わない世界。特に言語は,他の動物と人間が違うことの証として譲れない一線で,そこへ切り込んでいく博士の歩んだ道は,本当に険しく苦しいものだったのだ。資金も乏しく,暖房の温度を14℃に設定し,豆腐ばかり食べて暮らした時期が続いたのだという。
 あんなにも有名になったアレックスを研究していた博士なのに,そんなにも厳しい立場にあったとは!


 鳥が賢いこと,特に長寿であるインコ・オウムの賢さは並大抵ではないと知っていた私も,この本を読み進み,アレックスの能力に驚嘆するばかりだった。
 アレックスが大好きで美味しいと思うリンゴのことを,同じく美味しく大好きな食べ物,バナナとチェリーの特長を備えた食べ物として「バナリー」と呼んだり,ケーキのことを「美味しいパン」と表現した話には目を見張った。

 また正しい答を言えずにいる後輩ヨウムに「このバカ鳥」と言ったり,悪戯して人間を怒らせたとき「アイムソーリー」と謝る話にも息をのんだ。そう言ったアレックスに反省の気持ちがあったかどうかまでは分からないが,アレックスは「アイムソーリー」が関係の修復に役立つ言葉である事を理解し,適切に使用したのだ。

 あぁ人間は,どうして他の動物たちをこんなにも侮っているのだろう? まず彼らを理解していない自分たちの無知さと向かい合わなければならないのではないか。


 巻末には,博士へのインタビュー及び,「よくある質問」への回答も載っている。

 ちなみに,アレックスの名前の由来をこの本で初めて知った。
 「Project ALEX: Avian Language Experiment」(鳥類言語実験)

 アレックスの名前は,迎えるずっと以前から「ALEX」と決まっていたのだった。
 


 翻訳書が文庫で気軽に読めるようになり,更にKindle化されたのは大変意義があり嬉しいことだ。
 ヨウムが,そして鳥という生物が如何に賢いか,人間が他の生物を如何に侮っているかがよく分かる本書が,これを機会に多くの人に読まれることを切に願う。


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