「空気」の研究

本の概要

  • 「空気」の研究 (文春文庫)
  • 著 者 山本 七平(やまもと しちへい)
  • 出 版 文藝春秋
  • 発 売 2018/12/4(文春文庫新装版)
  • 文庫版 1983/10(文春文庫)
  • 単行本 1977/04(文藝春秋刊)

日本において「空気」はある種の絶対権力を握っている…。著者の指摘から40年。現代の我々は、ますます「場の空気を読む」ことに汲々とし、誰でもないのに誰よりも強いこの妖怪を「忖度」して生きている。いまだに数多くのメディアに引用され論ぜられる名著。これぞ日本人論の原点にして決定版である。

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著者

 著者は大正10年生まれ。
 青山学院高等商業学部卒業後,すぐに陸軍に召集された。
 そこで砲兵将校として教育を受け,フィリピンへ赴き,九死に一生を得て帰国した。
 クリスチャンの家庭に生まれ,ギリシャ語・ラテン語・ヘブライ語に通じ,ユダヤ人についても造詣が深い。
 これらの経験や背景を総合し,相互に連鎖させ,展開させて多くの著書を遺している。

 展開分野は実に幅広い。
 日本人論・人生論・アメリカ人論・経営組織論。
 また,砲兵将校的技術観からの製鉄技術や戦法,地勢と気候を観察する視点。
 これらから歴史観・宗教観をまとめあげ,旧約聖書の人々の物語を再現し,日本社会を考察した。

 下記のほか,著書は多数。

  • 聖書の常識(講談社文庫)
  • なぜ日本は変われないのか : 日本型民主主義の構造(さくら舎)
  • 日本人とは何か。上下巻(PHP研究所)
  • 戦争責任は何処に誰にあるか(さくら舎)
  • 日本資本主義の精神なぜ、一生懸命働くのか(PHP文庫)
  • 日本はなぜ外交で負けるのか (さくら舎)
  • 山本七平のイエス伝: なぜイエスの名はこれほどにまで残ったのか(パンダ・パブリッシング)

決定権を持つのは規則ではなく空気!

日本には「抗空気罪」という罪があり、これに反すると最も軽くて「村八分」刑に処せられるからであって、これは軍人・非軍人、戦前・戦後に無関係のように思われる。

p.116

統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や論理的検証も、一切は無駄であって、そういうものをいかに精緻に組みたてておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが「空気」に決定されることになるかも知れぬ。とすると、われわれはまず、何よりも先に、この「空気」なるものの正体を把握しておかないと、将来なにが起るやら、皆目見当がつかないことになる。

p.130

われわれは常に、論理的判断の基準と、空気的判断の基準という、一種の二重基準のもとに生きているわけである。そしてわれわれが通常口にするのは論理的判断の基準だが、本当の決断の基本となっているのは、「空気が許さない」という空気的判断の基準である。

p.167


 本書は日本人が意識せずにまとっている「空気」について,多くの事例を挙げて考察し正体を暴く希有な書だ。
 「空気」というのは,「あの時の空気ではとてもそのようなことは言えなかった」などと言う時の「空気」である。

 決定権を持っているのは空気である故,誰も反論できないし責任もとれない。

 常々この「空気」というものを,非論理的で納得出来ないイヤなものだと嫌っていた私だが,この本を読むと,自分が疑いもなく「空気」をまとい「空気」に逆らえずに生きている平均的な日本人であることに気づかざるを得なかった。

 空気は毒にも薬にもなる。
 良い感じに働けば明治の文明開化のようになるし,負の連鎖が続くと太平洋戦争のようになる。
 空気には「水を差す」という対処法があるが,水を差すことに水を差すこともできる。

 日本人が空気に逆らえないのは,絶対的価値観を持っていないため。
 多神教で何にでも神を見いだしてきた日本人はゴムのように伸び縮みし動き回る指標をもっていて,すぐに空気に支配されてしまう。
 空気に支配されないためには,その正体を知らなければならない。

 空気の支配から逃れる方法はあるのか?
 難解ではあるが,空気というものに興味や疑問を感じている者なら読む価値がある本だと思う。

地名の楽しみ

本の概要

  • 地名の楽しみ(ちくまプリマー新書)
  • 著者 今尾恵介
  • 出版 筑摩書房
  • 発売 2016/1/10

由来を辿ればその土地の歴史や地形が見えてくる地名。古いものは古代から、人々の生活の近くにありその数、数千万から億単位ともいえる地名の多彩で豊かな世界を楽しもう。

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 「ちくまプリマー新書」は2005年1月に創刊されたシリーズ。大人の学び直しや学生の学びに役立つテーマで,原稿用紙150枚程度のコンパクトな分量で読める。


著者

 著者は地図研究家で,日本地図センター客員研究員・日本地図学会「地図と地名」専門部会主査を務める。著書は下記のほか多数。

  • 『地図マニア 空想の旅』(第2回斎藤茂太賞受賞)
  • 『今尾恵介責任編集 地図と鉄道』(第43回交通図書賞受賞)
  • 『日本200年地図』(監修・日本地図学会2019年学会賞受賞)
  • 『地図帳の深読み』
  • 『地形図でたどる日本の風景』
  • 『地名崩壊』
  • 『ゆかいな珍名踏切』

地名は過去への道標

 本書は,日本土地家屋調査士会連合会の機関誌『土地家屋調査士』に2012年から3年半ほど連載した内容を,近代以降の日本の地名の扱われ方,地名の構造などに重点を置いて加筆修正されたものだ。


 たとえば,河岸段丘は「ハケ」や「ママ」と呼ばれた。
 「タ」は「○○のある所」の意,「ハバ」は段差。
 このような古来からの呼び方を地形の成り立ちと共に解説し,その後,漢字の伝来と共に漢字があてられ,場合によってはぴったり表せる「国字」が作られ定着したことが説明される。

 よく知られる地形を表す国字に「峠」がある。
 「トウゲ」の言葉は,峠の神に手向ける「タムケ」が転じたもの。
 あるいは峠が稜線の鞍部であることから,撓んだところを超える「タワゴエ」が 転訛したという説があるそうだ。


 土地の記憶を伝えてきた地名だが,地名は明治以降数回行われた市町村大合併により多くが失われ,新たにされてきた。
 合併による新しい地名の命名法は様々で,代表例が数多く紹介されている。人々は農村らしさを嫌い。縁起の良い地名を求め,高くない「丘」や「台」も次々に誕生した。

 しかし,地名の命名はあくまで「相対的な価値判断」なのだ。狭い範囲での段差や窪みなどが基準になっていることもある。
 東日本大震災以降,地名と安全性を結びつけるメディア企画を見かけるが,安易に地名から決めつけるのは,非科学的かつ無責任なもので,不当に資産価値を落とすことに繋がりかねないということだ。
 安全性の確認には,地理的地学的理解が必須なのである。


 馴染みのない地名や言葉が多く取っつきにくい部分もあるかもしれないが,本書により今まで注意を払ったことがなかった地名や住所表示に意味を見いだす機会が増えたと思う。


 ところで,地名を「過去への道標」(Signposts to the Past)と呼んだのは英国の地名学者だそうだ。
 調べてみると,マーガレット・ジョイ・ゲリング(Margaret Joy Gelling,1924-11-29 ~ 2009-04-24)がその人で,イングランドの地名についての著書があった。この本も面白そうである。

Signposts to the Past: Place Names and the History of England (Everyman Paperbacks) ペーパーバック – 1981/5/1