ヨコハマ買い出し紀行

作品データ

  • 表題   ヨコハマ買い出し紀行
  • 著者   芦奈野ひとし(あしなの ひとし)
  • ジャンル 終末もの・心地よい破滅(cosy catastrophe)
  • 初出   『月刊アフタヌーン』(講談社)1994年~2006年
  • 出版社  講談社〈アフタヌーンKC〉
  • アニメ  OVA(1998年)

内容紹介

心地よい終末

 たまにむしょうに読み返したくなる物語だ。

 「終末もの」と聞いて,多くの人が想像するのはどんな世界だろうか。
 核戦争,バイオハザード,宇宙からの侵略,大規模火山活動による急激な気象変動など,様々な破滅の原因が考えられるだろう。
 『ヨコハマ買い出し紀行』の世界でこういったセンセーショナルな出来事が起こったかどうかは定かではない。ただ静かに穏やかに緩やかに海面が上昇し文明が衰退し,人々がいなくなってゆく様子が描かれている。
 そんな世界がこの物語の舞台だ。
 例えるなら,縁側で日光浴をしながらお茶を飲み小鳥を愛でて読書をし穏やかな日々を楽しんでいた老人が,いつのまにかいなくなっていたような…。

 ある人々は,こういう世界のことを「心地よい破滅」(cosy catastrophe)と呼ぶ。
 だが,この言葉は,もともと第二次大戦後の英国SFにおける破滅ものの典型を揶揄して用いられた言葉で,破滅の世界で主人公らは難から逃れ距離をおいて楽しい冒険などを繰り広げる物語のことらしい。本作『ヨコハマ買い出し紀行』をはじめ,『少女終末旅行』『けものフレンズ』など日本のサブカルにおいて「コージー・カタストロフィ」と呼ばれる人気作品とは微妙にニュアンスが異なっているとのことだ。
 が,言葉の意味なんて時と共に移り変わってゆくもの。別にこれらの作品を「cosy catastrophe」と呼んでも良いのではないかと思う。

 『ヨコハマ買い出し紀行』の世界は終末だが心地よいのだ。

ロボットの人

 『ヨコハマ買い出し紀行』の主人公は,ロボットの人,アルファさん。
 彼女が住む世界では,海面が上昇し,人類は緩やかな終わりを迎えようとしている。
 大都会だった以前の横浜は海の下。丘の上に,今のゆったりした横浜の街がある。

 そんな黄昏の世で,アルファさん,初瀬野アルファは,海辺のカフェ「カフェアルファ」を営んで,のんびりと時代を見続け生きている。物語のラスト,14巻の最後でこの時代のことを,アルファさんは下記のように語っている。

「のちに夕凪の時代と呼ばれるてろてろの時間」

 人は少なく,色々なものが静かに記憶の向こうへ消えてゆこうとしている。
 消え去ろうとしている人類に地球は何か思うところがあるのだろうか。世界には少し不思議な現象が起きている。昔からの人の行動の記憶を地面が再生しているかのように,「街灯の木」が生えてきたり,人の気配を発する「白い人型キノコ」が佇んでいたりする。
 そんな世の中で,アルファさんのような「ロボットの人」は,人間と一緒に仕事をし普通に暮らしている。
 アルファさんは,ロボットの人の先駆け「α型」ロボットなのだ。

 彼女はオーナーと一緒に暮らしていた家で,オーナーの留守宅を守りながらカフェを営んでいる。
 カフェに訪れる人と話したり,スクーターに乗って珈琲豆の買い出しに出かけたり,カメラを持ってちょっと遠くまで足を運んでみたり。

 『ヨコハマ買い出し紀行』は,アルファさんと一緒に日常を暮らす物語だ。

読者はきっと「カフェアルファ」の常連客

 『ヨコハマ買い出し紀行』に文字は少ない。
 絵を眺めて,夕凪の時代の空気を感じ,アルファさんと一緒に風に吹かれ,空を見上げながら珈琲を飲むような作品だ。
 4巻の第30話「カフェアルファ」で,カフェアルファを訪れる誰かの視点で書かれた物語がある。ここで話者は「どれだけ間があいても常連になれる店だ」と言うのだが,この言葉はこの物語そのものに思える。
 読者は物語の中の人物がカフェアルファを訪れるように,『ヨコハマ買い出し紀行』を読み返す。何年ぶりに読み返しても,変わらないアルファさんの笑顔に安心し,美味しく珈琲を飲んで夕凪の時代の風に吹かれ,またいつか読み直すだろうと思いながら現実の世界に帰るのだ。


登場人物

 人がいなくなっていく時代なので,登場人物はとても少ない。14巻に及ぶ作品なのに,出てくる人物はこの程度だ。

人間の人
 ・近所に住んでいるガソリンスタンドのおじさん
 ・おじさんの孫と思われるタカヒロ
 ・おじさんの若い頃からの友人で開業医を営む子海石先生
 ・タカヒロと同年代の女の子マッキこと真月
 ・カマスという魚と一緒に旅をする男性アヤセ
 ・入り江で魚を捕って食べて生きている謎の裸の女性ミサゴ
 ・運送会社でココネと一緒に働くシバちゃん
 ・ココネがよく行く「かんぱち辻の茶」のマスター

ロボットの人
 ・三浦半島でカフェアルファを営む初瀬野アルファ
 ・ムサシノの運送会社で働く鷹津ココネ
 ・額縁屋で働く丸子マルコ
 ・飛行機の操縦士ナイ
 ・飛行機ターポンに乗るアルファー室長こと子海石アルファ


カフェアルファの風見魚や背もたれに魚が描かれた椅子が可愛らしい。
おじさんにタカヒロ,子海石先生にミサゴが登場する。

時代の黄昏がこんなにゆったりのんびりと来るものだったなんて
私は多分この黄昏の世をずっと見ていくんだと思う

P.23

お届け物を携えてココネさんが初登場し,アルファさんの世界が少し広がる。
先生とおじさんの若い日の物語とその続編が素敵だ。

先輩がよく俺に見せたのは そんな『旬のもの』の風景だった
時代をよく表し 別に注目されず 2度と見られないもの

P.121

ココネちゃんが暮らすムサシノ高井戸周辺の暮らしや,永遠に空を行く飛行機ターポンのこと。
不思議な水神さまや昔の光をなぞるような植物のこと。
昔このあたりに住んでいたアヤセは,アルファさんのオーナーである初瀬野先生と現在も交流があるらしい。
アルファさんたちは,時代からこぼれ落ちた哀愁をいっぱいに感じて生きてゆく。

最近少し気楽になる方法を見つけました 
あまり気楽になろうとしないことです

P.47

マッキちゃんが初登場。
故郷の上を飛ぶターポンのアルファー室長の想い。
「極限の状況である目標に挑戦する時の人間の感覚さらには限界をこえる時の達成感」のデータをとろうと海の上を走った若き日の子海石先生のこと。
そしてカフェアルファを訪れる誰かの物語。

この海はこんなに気持ちいいのに
もうもどらないものまで、ほしがるのは
ぜいたくでしょうね

P.32

ココネちゃんの久し振りの配達の仕事は「アトリエ丸子」。丸子さん初登場。
アルファさんがココネちゃんの家を訪ねた日。
子海石先生の船が誕生してお別れした日のこと。
カマスたちが飛ぶ日のこと。アルファさんのカメラのこと。
そしてアルファさんの家とおじさん&タカヒロの家の見取り図。

ムサシノの夜は
遠くから来る山のにおいがします

P.56

アルファさんの散歩。
ターポンのアルファー室長が見下ろす下界は悪くなってくけれど,嫌な感じのする世界ではない。
アルファ型ロボットの記録を探すココネちゃん。
人もロボットも存在の奥底に音や光があるのではないかという物語。
タカヒロやマッキと一緒にいるアルファさんは,時々手が届かない時の向こうを見つめているようで切なげだ。

空気と地面の境目
私は空気中につきだした地面の出っぱりになる

P.5

マッキちゃんは タカヒロと
時間も体も いっしょの船に乗ってる
私は みんなの船を岸で見てるだけ
かもしれない

P.38

アルファさんの空を飛ぶ夢のこと。星が綺麗な夜と霜が綺麗な朝。
子海石先生とターポンのアルファー室長の首にお揃いでかかる「見て歩く者」のペンダント。
大切なカメラをなくしてしまった日のこと。
全カラーの第61話「紅の山」は何度も繰り返して見てしまうほど夏の日の夕立と夕焼けが美しい。
そしてやってきた台風のこと。

アルファさんの旅の巻。
巨大な柿や栗,鎌倉の食堂。初めて出会う男性ロボットのナイ。
ナイのカメラとアルファさんのカメラのこと。飛行機に乗るアルファさん。
道の記憶が形になったような街灯の木のこと。
日野から見るムサシノの原の野火のこと。

潮の香りを感じながら長旅を終え,ゆっくりと帰途につくアルファさん。
タカヒロはもうアルファさんより背が高くなっていた。
ココネちゃんと子海石先生が出会った日,えび茶色の髪と目をしたA7M1子海石アルファのこと。
アルファさんのDIYのこと。
カマスと天性の仲良しマッキちゃん。
雨音とアルファさん,缶ビールとアルファさん。

アルファさんは台風で壊れたカフェを延々とコツコツとDIYで修理。
タカヒロと一緒に丘の上で見上げたもの。
アルファさんのことが気になって気に入らない丸子さんのこと。
「かんぱち辻の茶」にてココネ&シバちゃん。ココネが見つけたレコードのこと。
パワーヒマワリが咲いた夏,そしてマッキとカマスの赤ちゃん。

時々 ものすごくこの光が見たくなる
でも たまにでいい

P.113

私たちは―
人が味わういろんな感触が積み重なったもの
アルファさん 私たち人の子なんですよ

P.84

やっと終わったカフェアルファの改装。
そこへやってきた丸子さんとココネちゃん。
水をさがすアルファさんと白いキノコみたいな何か。
6年間の北半球の飛行を終えて南半球へ向かうターポン。
アルファさんもアヤセも子海石先生も各々ターポンを見送る。
ロボットの人だけにわかる沖縄の黒砂糖の味のこと。
西へ発つタカヒロ。

甲州街道を外れ海のようなススキの原へ向かうココネちゃん。
ひだまりの中で思い出すオーナーとの日々。赤いピアスに髪のリボン,そしてオーナーが去った日のこと。
タカヒロを見上げた日。
マッキちゃんはアルファさんのところで何かやってみたいと思う。
流れていく時が,アルファさんは辛そうだ。
町で見かけた丸子さんのこと。

やること多すぎてさ
一生って一回だけじゃ 足りないもんなのよ たぶん
だから せめて ひとつふたつでも なにか…

P.86

いつの間にか,海辺の高台ではなく波打ち際になったカフェアルファ。
おじさんのガソリンスタンドはもう少し高いところにあるらしい。
将来のことを考え始めるマッキ。
倉庫に眠っていた模型飛行機の最後の飛行と,海の向こうの千葉を見ながらのアルファさんの飛行のこと。
流星雨の夜。
水の景色を見下ろす白いものと過ごすアヤセ,街灯が見せる九十九里浜の海岸線。
「アルファさんもでかくなってんだよなあ」と頭を撫でてくれるおじさんの優しさが胸にしみる。

今は 一人じゃない時の方が好き
なんて言うか
自分一人じゃ動かせない所 脳ミソにありますよね

P.155

なぜ 人間の生活の思い出が
こんなに特別あつかい されているんだろう
それとも 私達だけが
頭の中で勝手に 見ているんだろうか

P.128

マッキはムサシノ運送で5年間働き浜松のタカヒロのもとへ。
先生の目と足である「見て、歩き、よろこぶ者」はアルファさんと一緒に未来へ向かう。
「いつかまた」が叶うか分からない海水浴の日のこと。
北航路へ戻ったターポンから見下ろす青い灯。
第30話の続きの第135話「CAFE ALPHA」では,風景が随分と変わった道を久し振りにカフェアルファへ向かう常連さん。たぶんまた10年後もこの人はカフェアルファへ向かい,同じように読者もまたきっとこの本へ帰ると思わされる。
「みんなのふね」はマッキに出会った日に話した船の話の続き。

私の見てきたこと みんなのこと
ずっと 忘れないよ
お祭りのようだった世の中が
ゆっくりとおちついてきた
あのころのこと

P.149

 子海石先生から頂いたペンダントをつけ,オーナーが贈ってくれたカメラを持ち,アルファさんは,ロボットの人たちは,今日も夕凪の時代を見て歩き喜んでいることだろう。

裏世界ピクニック

作品データ

  • 表題   裏世界ピクニック
  • 著者   宮澤伊織(みやざわいおり)
  • ジャンル SF・ホラー
  • 出版社  早川書房(ハヤカワ文庫JA)
  • 初出   「くねくねハンティング」『S-Fマガジン』2016年8月号
  • コミカライズ 月刊少年ガンガン(ガンガンコミックス)
    裏世界ピクニック | ガンガンONLINE | SQUARE ENIX
  • アニメ  2021年1月~3月(全12話)

既刊(2020-07)

  1. 裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル (ハヤカワ文庫JA)
  2. 裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト (ハヤカワ文庫JA)
  3. 裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ (ハヤカワ文庫JA)
  4. 裏世界ピクニック4 裏世界夜行 (ハヤカワ文庫JA)
  5. 裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル (ハヤカワ文庫JA)
  6. 裏世界ピクニック6 Tは寺生まれのT (ハヤカワ文庫JA)  
  7. 裏世界ピクニック7 月の葬送 (ハヤカワ文庫JA)

あらすじ&感想

 『裏世界ピクニック』を一言で言うなら「二人の女子大学生が怪異の世界で恐怖と向き合う物語」だと思う。

 この物語を何かのカテゴリーに分類するのは難しい。ハヤカワ文庫だし…ということで無理矢理SFに分類しているが,本当のところSFではない。日本十進分類法の文学(9類)であることは間違いないが,SFでなければファンタジーでもないしラノベでもない。
 ネット版オカルト説話集。よく知っている本で一番似ていると思ったのは柳田国男の『遠野物語』だ。


 「ネットロア」という言葉を知っているだろうか。
 インターネット・フォークロア(都市伝説)が略された語だ。
 従来なら口承で広まっていた伝説や噂話などで,ネットに起源が求められ,主にネットで流布されているものがそう呼ばれる。

 「くねくね」「八尺様」「時空のおっさん」「きさらぎ駅」「姦姦蛇螺」「ヤマノケ」「コトリバコ」…。
 そういう誰かにとっては確かに存在するが,見ない者,見ようとしない者にとっては存在しない何か。
 誰かが認識し語ることによって存在を与えられる現象。
 ネットロアからすくいだされたそれらの現象が,二人の女子大学生によって具現化されていく物語が『裏世界ピクニック』だ。

 遠野物語が怖いように,裏世界ピクニックも怖い。怖い話は最後まで聞かないと怖くて止められないように,裏世界ピクニックも止められない。怖い物見たさに思わずページをめくり続ける。
 そしてサブカル物語の皮を被って考察された,恐怖というものの実態と向き合うことになる。


 そう,人間の恐怖耐性はセロトニントランスポーター遺伝子により遺伝で決まっているらしい。知らなかった。

ともかく怖さの耐性は、人によってけっこう違う。これは純粋に肉体的な問題で、脳の奥深くにある扁桃体から出る恐怖の信号を、前頭葉がどれだけ抑制するかに左右される。その人が怖がりかそうでないかを決定づけるのは遺伝子だ。セロトニントランスポーター遺伝子の活性化配列が長いと、神経細胞で生成されるセロトニンが多くなり、不安傾向が低くなる。つまり、あまり怖がらない

裏世界ピクニック

 現在インターネット怪談は瀕死に近い状況らしい。
 「インターネット怪談の死」によると,インターネット怪談の傑作が生まれるには「その場限りの付き合いが作れる匿名性があって、嘘だと思いつつもノれる雰囲気があって、そこそこの人数が活発に活動している場所」が必要だが,現在のSNS中心のネットにそんな場所はなく,従って新しい物語も生まれないという。

インターネット怪談の死 | はてな匿名ダイアリー

 そんな時代にネットロアを語り聞かせてくれる『裏世界ピクニック』は,とても貴重な作品ではないだろうか。


裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル

 ネットロアおたくの主人公,大学2年生の紙越空魚(かみこしそらを)は,裏世界で銃を使いこなす金髪美人,仁科鳥子(にしなとりこ)に出会う。

 鳥子は裏世界で行方知れずになった,鳥子の家庭教師でもあった女性,閏間冴月(うるまさつき)を捜して裏世界を探検していた。空魚は鳥子を通じて裏世界研究者である小桜(こざくら)と知り合い,裏世界探検でお金を稼げることを知る。
 裏世界の存在との格闘の末に得た空魚の「裏世界の存在を見る目」と鳥子の「裏世界の存在に触れる手」を武器に,二人は裏世界の探検を繰り返していく。

 くねくね・八尺様・きさらぎ駅など,裏世界の存在は人間に語られてきた文脈に則って現れること,裏世界に行くと認知のプロセスが変わり文字が読めなくなること,空魚はネットロアの知識を生かし考察し,急場を切り抜けてゆく。


裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト

 再びの「きさらぎ駅」で米軍の皆様を救出し,流れで沖縄でリゾートをすることになった二人。
 「リゾートバイト」の怪談をなぞり,腕が6本下半身は蛇の女「姦姦蛇螺(かんかんだら)」と遭遇し,表世界でも「二本足の猫の忍者」や島根県の実話怪談「コトリバコ」に遭遇。
 冴月が所属していたDS(ダークサイエンス)研究奨励会を訪れるが,ここでは裏世界のことを,UBL=ウルトラブルー・ランドスケープと呼んでおり,巻末の参考文献によると,この「青」にも意味があり,「玄関のドアスコープの向こうが青かった」という『FKB怪幽録 奇奇耳草紙』の体験談と,ネット怪談の「青い服の男は危険」というが基になっているとのことだ。


裏世界ピクニック3 ヤマノケハイ

 裏世界での乗り物を手に入れた二人は,行動範囲を広げていく。ぐるぐる回りながら時空を移動する展望台でのことや,空魚の後輩カラテカちゃんこと瀬戸茜理(せとあかり)の友人の市川夏妃(いちかわなつき)の前に現れた猿のような怪異。

 山手線の駅でいきなり現れた鳥子を探し回っていた中年女性に,閏間冴月を崇拝し声で人を操る少女,閏巳るな。この二人が現れ,物語は動いて行く。
 サンヌキカノの伝説では,猿に似た生き物に「サンヌキカノというのが来るからこれを見せろ。自分で取ったと言えば向こうもくれるから,後は庭に埋めてしまえ」と言われるそうだ。
 また,「自己責任系の怪談」とは「読めば感染する怪談」とのことだ。


裏世界ピクニック4 裏世界夜行

 裏世界のターゲットが空魚になり,百合色が強くなった巻。

 閏巳るなカルト組織の施設の後片付けでの「くだん」との出会いを皮切りに,裏世界は空魚に干渉し始める。「くだん」は人の顔と牛の体を持つ怪異で,西日本で多く伝えられネットロアは少ないらしい。
 空魚は行く先々で面倒事に巻き込まれ,部屋に帰れなくなったり,温泉で逃げ回ったり大変そう。
 サンヌキカノ解決の報酬として市川夏妃に依頼していた AP-1改造が終わり,二人は裏世界の夜を初体験する。行動範囲を広げるためには夜を過ごすことは必須だった。予行練習の日に現れた「テントの周りを回る足音」を,よくある山岳怪談と斬り捨てられる空魚は筋金入りだ。
 本番の夜行決行はクリスマスイブからクリスマスにかけての夜。空魚はここで因縁の「赤い人」と対峙する。「クリスマス街道」の誕生と,二人のマークと素敵なナイフ。物語の行く先はまだ見えない。


怪奇現象というのは悪意を持った人間と同じで、こちらが受け身に回った途端にかさにかかってくる傾向がある。それに振り回されないためには、こっちから攻めていかなければならない。相手の出方を待っていてはあちらの思う壺だ。イニシアチブを取らないとだめなの

裏世界ピクニック4 裏世界夜行 (ハヤカワ文庫JA)

裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル

 読む私も怖い話になれてしまったのか,今まで読んだ話に比べると怖さを感じなかった。残念!

 ファイル16『ポンティアナック・ホテル』はラブホ女子会(世の中にはそんなものがあるのか?)に現れた現象のこと。
 ファイル17『斜め鏡に過去を視る』は,中間領域に入り込んだ空魚が表世界の鳥子と行動しながら出口をさがす。他人の目で自分を見たらどう見えるのだろうかと考えさせられる物語だった。
 ファイル18『マヨイガにふたりきり』は,『遠野物語』に出てくるマヨイガが裏世界にもあったという物語。このシリーズを読みながら『遠野物語』を思い出して読み返した直後だったのでマヨイガについてよく覚えていて面白かった。
 ファイル19『八尺様リバイバル』は,表題作でもあるせいか,この巻の中心的ストーリーだったと思えた。以前,ファイル2で出会い,八尺様との遭遇で見失った肋戸に絡む物語。ブルーの世界や八尺様の精神干渉,謎の子供に謎の葉書。肋戸が無事にみつかることを願っているのだが?

 物語はまだまだ続いていくようだ。


裏世界ピクニック6 Tは寺生まれのT

 著者あとがきによると,この6巻は「一冊丸ごとひとつのファイルとなる「劇場版」」だそうで,「「有名人」であるTさんに登場してもらうことで、いつもと少し毛色の違うお祭り感を出したかったので、あえて原則に背い」て,「作り話と明言された話は原則として取り扱わないことにしているが、(略)初めての例外となった」とのこと。

 読み応えもありあまり百合百合していないのもよかったが,回収されずに終わったことが幾つか気になっている。あと,1巻~3巻あたりまであった怖さがだんだん薄れているようで残念。


裏世界ピクニック7 月の葬送

 「月」とは冴月。いよいよヤバイ感じで目の前に現れる彼女をついに排除する決意を固めた空魚。彼女の大学のゼミ(文化人類学)の話は面白かった。登場する阿部川教授は著者の恩師である阿部年晴先生だとのこと。るなの声と鳥子の手,空魚の目と知識を駆使して葬送が行われた。
 物語のキーパーソンだった冴月がいなくなった世界で物語の方向性はどうなっていくのか?

「大人ってのはな、ガキのいる前じゃ泣かないんだよ」

 怖がりだが小桜はカッコイイ。


裏世界ピクニック8

 副題『共犯者の終り』から察することができるように,この巻は丸々全巻が空魚と鳥子の関係についての物語になる。途中少しばかり空魚が1人でDS研に行って汀と話したり,新キャラの辻とお茶したりするが,あとは空魚が友人と恋人の違いに悩んで考え,鳥子との今後を考える。途中の空魚の考察,特に紅森との会話はとても面白かった。紅森は人の恋バナを食べて生きていそうな子だが意外と理屈っぽくしっかり物事を見て考えるタイプだとわかった。


結婚とか、同棲とか、出産とかもそうじゃん。自動的にひと繋がりのものだと思い込んでるけど、実はそう思い込んでいるものっていっぱいあるんだろうなって。同一視しておいた方が便利なこともいっぱいあるけど、切り離せないと思い込んでることですごく苦しむ人も多いんだと思ったの。

P.31 紅森

 辻の裏世界への考察も興味深かった。

UBLでは、人間と人間じゃなくて、人間とUBLの向こう側の何かとの〝合意〟が行われている気がするんだよ。その合意現実が、UBLという形を取ってるんじゃないかと思うんだよね……

P.57 辻

 怖い話があまり出てこないのが残念だった。この巻はムジナくらい。

 最後の鳥子とのいちゃいちゃは正直とても退屈で後半は読み飛ばした。2人の関係が落ち着くところに落ち着いてしまったのも,正直つまらないと思った。


メディアミックス

 逞しい二人の女子大学生が,今後どのように裏世界を歩き,どういう結末へ向かってゆくのか楽しみだ。
 コミック版も読んでいるが,原作の雰囲気が損なわれることなく視覚で世界を知ることができ,原作から入った私も楽しみに読んでいる。